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秋編②『金貨六枚分のきらめき』
第五話「最後の金貨の行方」⑶
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渡来屋は由良の祖父母の金貨が墓に埋められるまでの経緯を、淡々と語った。
「お前の祖母が死んだ時、懐虫電燈の経営はあまり芳しくなかった。洋燈駅の改修をキッカケに駅周辺が再開発され、多数の商業施設が出来たことで、洋燈商店街全体の客足が減りつつあったからだ。金に困ったお前の祖父は経営悪化を防ぐため、己が持っている記念硬貨と死ぬ前に妻から譲り受けた記念硬貨を売ってしまおうと考えた」
だが、と渡来屋は目を細めた。
「結局、お前の祖父は金貨を二枚とも売らなかった。そもそも記念硬貨などというガラにもない代物を作って配ったのも、懐虫電燈を開店するためにかかった苦労や世話になった連中が、自分にとって金貨にも等しい尊い存在であると忘れないため……いくら店を存続させるために使うとはいえ、それをカネに変えるなど出来るはずもない。むしろ、金貨を売って資金にするという愚かな考えに一瞬でも至った己を恥じ、自らを含めた誰の手にも金貨が渡らぬよう、密かにお前の祖母の骨壷へと封じた。大切な思い出を永遠に守るためにな。嘘だと思うなら、墓を掘り返してみればいい。確認したら、ちゃんと埋め直しておけよ? お前の両親にバレたら面倒だからな」
「……言われなくても、元に戻しますよ。あの人達は懐虫電燈に対して、何の思い入れもありませんからね。金貨なんて見つけたら、その足で売りに行くに決まってる」
由良は吐き捨てるように言った。
渡来屋の話は荒唐無稽なものだったが、嘘をついているようには思えなかった。でなければ、中林をわざわざ追い出す意味がない。
「中林さんに私の奇行を見せつけて追い出そうとしたのは、金貨の場所を知られないためですか? 私がうっかり話の内容を口に出してしまわないように」
「そうだ。あのお嬢さんは見るからに口が軽そうだったからな……席を外してもらった」
「口が軽いかはともかく、少なくとも日向子と真冬さんにはバラすでしょうね。最悪、次の定休日に四人で実家の墓へ確かめに行ってたかも」
「うげっ。ぜっっっったいに言うなよ」
渡来屋は顔をしかめ、由良に念を押す。
「なら言わなきゃいいのに」と由良は思った。
(まぁ、私が来たから話してくれたんでしょうけど。相変わらず、律儀なんだか意地悪なんだか分からない人)
「そういう貴方はどうやって金貨の在処を知ったんです? ううん、金貨の在処だけじゃない……おじいちゃんが金貨を作った理由とか、懐虫電燈の経営が落ち込んでたとか、おじいちゃんしか知らないことばかり知ってる。さては、懐虫電燈に盗聴器でも仕掛けていたんじゃないでしょうね?」
疑いの目を向ける由良に、渡来屋はニヤニヤと笑いながら答えた。
「そんなもの使わなくたって、お前のじいさんのことなら何でも知っているさ。懐虫電燈の記念硬貨の使い道とか、な」
「使い道?」
渡来屋は由良のもとへ近づき、ドアを開く。
由良は営業妨害していたことも忘れ、渡来屋の邪魔にならないようドアの前から退いた。
「ついて来い。金貨が消える前に、いいものを聴かせてやる」
そのまま渡来屋は屋根裏部屋を出て、階段を下りて行く。
由良も慌てて彼の後を追った。
二人分の靴音が階段に響く。
渡来屋が向かったのは、二階の旧遊戯室だった。由良も後に続く。
部屋の角まで歩き、目当てのものを見つけると、渡来屋はコートのすそをひるがえし、振り返った。
「これを使う」
「それって……蓄音機?」
他の骨董品に埋もれるように置かれていたそれは、古い蓄音機だった。由良にとっては懐かしい代物で、祖父が仕事で忙しい時によく一人で聴いていた。
ほこりこそ積もっているが、サビや傷などの劣化は見られない。これも玉蟲匣の商品の一つらしく、そばにサインペンで書いた値札が置いてあった。
「タマの孫め。二束三文で売りやがって」
渡来屋は値札に書かれた値段を見て、不満そうに舌打ちする。
由良も値札を見て、同じように顔をしかめた。
「……本当だ。私でも買えるじゃない。あの子、人の思い出の品をなんだと思ってるのよ」
「買っとけ、買っとけ。この蓄音機は世界に一つしかない貴重な代物なんだからな」
「何でそう言い切れるの?」
「既存の蓄音機を、お前の祖父が改造したものだからさ」
渡来屋は懐から記念硬貨を一枚、取り出す。由良が金貨の在処を知ってしまったせいか、薄っすら透けていた。
「この金貨をだな、」
「うん」
渡来屋は記念硬貨を手に、蓄音機の側面を指差した。影になっていて見えづらいが、硬貨がちょうど一枚入るくらいの、横に長い穴が空いている。日常的に見るもので例えるならば、自動販売機の硬貨投入口に似ていた。
由良は以前からその穴の存在は知っていたが、どのように利用するのかは知らなかった。
「ここに入れる」
渡来屋はジュースでも買うように、記念硬貨を蓄音機の側面の穴に入れた。
するとレコードをセットしていないはずの蓄音機が、ひとりでに曲を奏で始めた。
「お前の祖母が死んだ時、懐虫電燈の経営はあまり芳しくなかった。洋燈駅の改修をキッカケに駅周辺が再開発され、多数の商業施設が出来たことで、洋燈商店街全体の客足が減りつつあったからだ。金に困ったお前の祖父は経営悪化を防ぐため、己が持っている記念硬貨と死ぬ前に妻から譲り受けた記念硬貨を売ってしまおうと考えた」
だが、と渡来屋は目を細めた。
「結局、お前の祖父は金貨を二枚とも売らなかった。そもそも記念硬貨などというガラにもない代物を作って配ったのも、懐虫電燈を開店するためにかかった苦労や世話になった連中が、自分にとって金貨にも等しい尊い存在であると忘れないため……いくら店を存続させるために使うとはいえ、それをカネに変えるなど出来るはずもない。むしろ、金貨を売って資金にするという愚かな考えに一瞬でも至った己を恥じ、自らを含めた誰の手にも金貨が渡らぬよう、密かにお前の祖母の骨壷へと封じた。大切な思い出を永遠に守るためにな。嘘だと思うなら、墓を掘り返してみればいい。確認したら、ちゃんと埋め直しておけよ? お前の両親にバレたら面倒だからな」
「……言われなくても、元に戻しますよ。あの人達は懐虫電燈に対して、何の思い入れもありませんからね。金貨なんて見つけたら、その足で売りに行くに決まってる」
由良は吐き捨てるように言った。
渡来屋の話は荒唐無稽なものだったが、嘘をついているようには思えなかった。でなければ、中林をわざわざ追い出す意味がない。
「中林さんに私の奇行を見せつけて追い出そうとしたのは、金貨の場所を知られないためですか? 私がうっかり話の内容を口に出してしまわないように」
「そうだ。あのお嬢さんは見るからに口が軽そうだったからな……席を外してもらった」
「口が軽いかはともかく、少なくとも日向子と真冬さんにはバラすでしょうね。最悪、次の定休日に四人で実家の墓へ確かめに行ってたかも」
「うげっ。ぜっっっったいに言うなよ」
渡来屋は顔をしかめ、由良に念を押す。
「なら言わなきゃいいのに」と由良は思った。
(まぁ、私が来たから話してくれたんでしょうけど。相変わらず、律儀なんだか意地悪なんだか分からない人)
「そういう貴方はどうやって金貨の在処を知ったんです? ううん、金貨の在処だけじゃない……おじいちゃんが金貨を作った理由とか、懐虫電燈の経営が落ち込んでたとか、おじいちゃんしか知らないことばかり知ってる。さては、懐虫電燈に盗聴器でも仕掛けていたんじゃないでしょうね?」
疑いの目を向ける由良に、渡来屋はニヤニヤと笑いながら答えた。
「そんなもの使わなくたって、お前のじいさんのことなら何でも知っているさ。懐虫電燈の記念硬貨の使い道とか、な」
「使い道?」
渡来屋は由良のもとへ近づき、ドアを開く。
由良は営業妨害していたことも忘れ、渡来屋の邪魔にならないようドアの前から退いた。
「ついて来い。金貨が消える前に、いいものを聴かせてやる」
そのまま渡来屋は屋根裏部屋を出て、階段を下りて行く。
由良も慌てて彼の後を追った。
二人分の靴音が階段に響く。
渡来屋が向かったのは、二階の旧遊戯室だった。由良も後に続く。
部屋の角まで歩き、目当てのものを見つけると、渡来屋はコートのすそをひるがえし、振り返った。
「これを使う」
「それって……蓄音機?」
他の骨董品に埋もれるように置かれていたそれは、古い蓄音機だった。由良にとっては懐かしい代物で、祖父が仕事で忙しい時によく一人で聴いていた。
ほこりこそ積もっているが、サビや傷などの劣化は見られない。これも玉蟲匣の商品の一つらしく、そばにサインペンで書いた値札が置いてあった。
「タマの孫め。二束三文で売りやがって」
渡来屋は値札に書かれた値段を見て、不満そうに舌打ちする。
由良も値札を見て、同じように顔をしかめた。
「……本当だ。私でも買えるじゃない。あの子、人の思い出の品をなんだと思ってるのよ」
「買っとけ、買っとけ。この蓄音機は世界に一つしかない貴重な代物なんだからな」
「何でそう言い切れるの?」
「既存の蓄音機を、お前の祖父が改造したものだからさ」
渡来屋は懐から記念硬貨を一枚、取り出す。由良が金貨の在処を知ってしまったせいか、薄っすら透けていた。
「この金貨をだな、」
「うん」
渡来屋は記念硬貨を手に、蓄音機の側面を指差した。影になっていて見えづらいが、硬貨がちょうど一枚入るくらいの、横に長い穴が空いている。日常的に見るもので例えるならば、自動販売機の硬貨投入口に似ていた。
由良は以前からその穴の存在は知っていたが、どのように利用するのかは知らなかった。
「ここに入れる」
渡来屋はジュースでも買うように、記念硬貨を蓄音機の側面の穴に入れた。
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