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秋編②『金貨六枚分のきらめき』
第四話「イチョウ色の約束」⑷
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由良は玉堂に伊調の作品が飾ってある場所まで連れて行ってもらった。
場所だけ教えてもらっても良かったが、また展示室から出られなくなると困るし、先に行った中林と紅葉谷を心配させたくはなかった。
「あ、添野さん! お待ちしておりました!」
伊調が描いた絵の前には、伊調本人と見知らぬ男性が立っていた。伊調と親しげに話している様子からして、彼女の知り合いかもしれない。
男性は四十代前半くらいの落ち着いた雰囲気の人物で、ベージュの中折れ帽子を被り、スーツの胸元にはイチョウのペンダントをつけていた。同じようにイチョウのブローチを身につけている伊調と並ぶと、絵になった。
「では、私はこれで」
「えぇ。また近々お会いしましょうね」
男性はにこやかに会釈し、出口がある方へ去っていく。
伊調も男性が見えなくなるまで手を振り、見送った。いつになく嬉しそうだった。
「じゃあね、由良ちゃん。珠緒から連絡があったら、たまには実家に顔を出すよう言っておいてくれるかい?」
「分かりました」
玉堂も由良を無事に送り届け、去って行こうとする。
由良はそのまま別れようとして、「あ」と玉堂に聞こうと思っていたことを思い出した。
「玉堂さん、一つ確認したいことが」
「どうしたんだい? 改まって」
由良は伊調に聞こえないよう、声をひそめて尋ねた。
「玉堂さんって、うちのおじいちゃんからタマって呼ばれてたんですか?」
「ひぇッ! な、何でそのことを……!」
途端に、玉堂の顔は真っ赤になる。明らかに動揺していた。
由良は絵が動いていたことは伏せ、答えた。
「玉堂さんが描かれた絵を見ているうちに、おじいちゃんがそう呼んでいたのを思い出したんです。本当だったんですね」
「……当時は、近所に住んでいた黒猫と同じくらい髪が黒くてね。その猫がタマという名前だったものだから、蛍太郎がからかってつけたんだ。まさか、つい最近まで使っていたなんて……」
玉堂は憔悴しきった様子で、よろよろと展示室を後にした。
由良は「悪いことしちゃったかも」と罪悪感を抱きつつも、伊調に向き直った。
「伊調さん、遅くなってすみません。中林さんと紅葉谷さんは来られましたか?」
「つい三十分ほど前に。由良さんが戻られるまで、画廊の売店でお待ちになっているそうです。由良さんにとっては懐かしい風景ばかりでしょうから、ゆっくり見てきて下さいとおっしゃっておられました」
「……ありがたいけど、今回ばかりは心配して欲しかったなぁ」
「? 何かあったんですか?」
「いえ、もう大丈夫です……たぶん」
由良は伊調が描いた作品に目をやった。
「そちらが、伊調さんが描かれた作品ですね?」
「えぇ。私にとって特別な思い出の場所を描かせていただきました」
伊調は由良が見やすいよう、絵の前から退く。
田舎の、古いバス停の絵だった。無人で、錆びたトタン屋根の下に木製のベンチがポツンと置かれている。空は何処までも青く澄み切り、遠景には紅葉した山々が連なっていた。
そんな寂れた景色を彩るかのように、バス停のそばには大きなイチョウの木が立っていた。黄葉し、空を、地面を、葉の黄色で埋め尽くしている。絵の具に金粉を混ぜているのか、実際にキラキラと輝いていた。
額縁の下に掲げられたネームプレートには「約束」とタイトルが印字されていた。
「このバス停って、もしかして山吹ノ影ですか? 以前、伊調さんが探していたイチョウが植わっていたという……」
「そうです。ちゃんと黄福寺のイチョウを元に描いたんですよ。もしも添野さん達にイチョウの場所を教えていただけていなかったら、この絵は永久に完成しなかったかもしれません。だからどうしてもこの絵をお見せして、お礼が言いたかったんです。あの時は本当にお世話になりました」
伊調は微笑み、由良に頭を下げた。
「こちらこそ、伊調さんの思い出の場所をこの目で見ることが出来て光栄です。こんなに美しいバス停、なかなかありませんよ。実際に見られなくて惜しいくらい」
「でしょう? 私も描いて初めて、彼が〈探し人〉になってまでこのイチョウを探していた気持ちが分かりました」
伊調の言う「彼」とは、彼女に山吹ノ影にあったイチョウを探すよう頼んだ〈探し人〉のことだろう。由良も伊調の〈心の落とし物〉として現れた彼を見たことがあるので、顔は知っていた。
「ところで伊調さん、先程の男性とはお知り合いですか? ずいぶん親しげでしたけど」
ふと、由良は絵の前で伊調と親しげに話していた男性のことを思い出した。
何故今思い出したのか不思議だったが、伊調の答えを聞いて納得がいった。
「いいえ、ご本人とは初対面です。あの方は、私に『山吹ノ影停留所にあったイチョウを探して欲しい』と頼まれた〈探し人〉の主ですよ」
「……え」
由良は驚きのあまり、言葉を失った。言われてみれば、面影が残っていた気がする。
伊調は由良の反応が期待通りのものだったのか、「うふふ」と嬉しそうに笑っていた。
「相手は伊調さんのこと、ご存じだったんですか?」
「残念ながら、そうではなかったみたいですね。仕事の合間に偶然、画廊へ立ち寄って下さったそうで……私の絵を見て、大層懐かしんでおられました。山吹ノ影のイチョウが黄福寺へ移されたとお伝えしたら、ぜひ伺いたいとおっしゃっていたので、今度のお休みに案内することになったんですよ。あぁ、楽しみだわ」
男性のことを語る時の伊調の頬は、薔薇色に赤らんでいた。
自分と会った記憶が相手に無くとも、伊調の想いは揺らがないらしい。
「そんな偶然、あるんですねぇ」
「あら。添野さんだって、大勢の〈探し人〉さんのご本人さんと再会されていらっしゃるじゃないですか」
「まぁ……そうですけど」
(なんなら、さっきも会ったし。おかげで、一番知りたかった謎は解けたけど、また新たな謎が生まれちゃったんだよなぁ)
由良は玉堂から聞いた話を思い出し、苦笑する。
いっそ、祖父の〈探し人〉でも現れてくれればいいのに、と思った。
(残念だけど、無理ね。お祖父ちゃんはとっくに死んでるんだから。私が自力で金貨を探さないと……)
『金貨六枚分のきらめき』第四話「イチョウ色の約束」終わり
場所だけ教えてもらっても良かったが、また展示室から出られなくなると困るし、先に行った中林と紅葉谷を心配させたくはなかった。
「あ、添野さん! お待ちしておりました!」
伊調が描いた絵の前には、伊調本人と見知らぬ男性が立っていた。伊調と親しげに話している様子からして、彼女の知り合いかもしれない。
男性は四十代前半くらいの落ち着いた雰囲気の人物で、ベージュの中折れ帽子を被り、スーツの胸元にはイチョウのペンダントをつけていた。同じようにイチョウのブローチを身につけている伊調と並ぶと、絵になった。
「では、私はこれで」
「えぇ。また近々お会いしましょうね」
男性はにこやかに会釈し、出口がある方へ去っていく。
伊調も男性が見えなくなるまで手を振り、見送った。いつになく嬉しそうだった。
「じゃあね、由良ちゃん。珠緒から連絡があったら、たまには実家に顔を出すよう言っておいてくれるかい?」
「分かりました」
玉堂も由良を無事に送り届け、去って行こうとする。
由良はそのまま別れようとして、「あ」と玉堂に聞こうと思っていたことを思い出した。
「玉堂さん、一つ確認したいことが」
「どうしたんだい? 改まって」
由良は伊調に聞こえないよう、声をひそめて尋ねた。
「玉堂さんって、うちのおじいちゃんからタマって呼ばれてたんですか?」
「ひぇッ! な、何でそのことを……!」
途端に、玉堂の顔は真っ赤になる。明らかに動揺していた。
由良は絵が動いていたことは伏せ、答えた。
「玉堂さんが描かれた絵を見ているうちに、おじいちゃんがそう呼んでいたのを思い出したんです。本当だったんですね」
「……当時は、近所に住んでいた黒猫と同じくらい髪が黒くてね。その猫がタマという名前だったものだから、蛍太郎がからかってつけたんだ。まさか、つい最近まで使っていたなんて……」
玉堂は憔悴しきった様子で、よろよろと展示室を後にした。
由良は「悪いことしちゃったかも」と罪悪感を抱きつつも、伊調に向き直った。
「伊調さん、遅くなってすみません。中林さんと紅葉谷さんは来られましたか?」
「つい三十分ほど前に。由良さんが戻られるまで、画廊の売店でお待ちになっているそうです。由良さんにとっては懐かしい風景ばかりでしょうから、ゆっくり見てきて下さいとおっしゃっておられました」
「……ありがたいけど、今回ばかりは心配して欲しかったなぁ」
「? 何かあったんですか?」
「いえ、もう大丈夫です……たぶん」
由良は伊調が描いた作品に目をやった。
「そちらが、伊調さんが描かれた作品ですね?」
「えぇ。私にとって特別な思い出の場所を描かせていただきました」
伊調は由良が見やすいよう、絵の前から退く。
田舎の、古いバス停の絵だった。無人で、錆びたトタン屋根の下に木製のベンチがポツンと置かれている。空は何処までも青く澄み切り、遠景には紅葉した山々が連なっていた。
そんな寂れた景色を彩るかのように、バス停のそばには大きなイチョウの木が立っていた。黄葉し、空を、地面を、葉の黄色で埋め尽くしている。絵の具に金粉を混ぜているのか、実際にキラキラと輝いていた。
額縁の下に掲げられたネームプレートには「約束」とタイトルが印字されていた。
「このバス停って、もしかして山吹ノ影ですか? 以前、伊調さんが探していたイチョウが植わっていたという……」
「そうです。ちゃんと黄福寺のイチョウを元に描いたんですよ。もしも添野さん達にイチョウの場所を教えていただけていなかったら、この絵は永久に完成しなかったかもしれません。だからどうしてもこの絵をお見せして、お礼が言いたかったんです。あの時は本当にお世話になりました」
伊調は微笑み、由良に頭を下げた。
「こちらこそ、伊調さんの思い出の場所をこの目で見ることが出来て光栄です。こんなに美しいバス停、なかなかありませんよ。実際に見られなくて惜しいくらい」
「でしょう? 私も描いて初めて、彼が〈探し人〉になってまでこのイチョウを探していた気持ちが分かりました」
伊調の言う「彼」とは、彼女に山吹ノ影にあったイチョウを探すよう頼んだ〈探し人〉のことだろう。由良も伊調の〈心の落とし物〉として現れた彼を見たことがあるので、顔は知っていた。
「ところで伊調さん、先程の男性とはお知り合いですか? ずいぶん親しげでしたけど」
ふと、由良は絵の前で伊調と親しげに話していた男性のことを思い出した。
何故今思い出したのか不思議だったが、伊調の答えを聞いて納得がいった。
「いいえ、ご本人とは初対面です。あの方は、私に『山吹ノ影停留所にあったイチョウを探して欲しい』と頼まれた〈探し人〉の主ですよ」
「……え」
由良は驚きのあまり、言葉を失った。言われてみれば、面影が残っていた気がする。
伊調は由良の反応が期待通りのものだったのか、「うふふ」と嬉しそうに笑っていた。
「相手は伊調さんのこと、ご存じだったんですか?」
「残念ながら、そうではなかったみたいですね。仕事の合間に偶然、画廊へ立ち寄って下さったそうで……私の絵を見て、大層懐かしんでおられました。山吹ノ影のイチョウが黄福寺へ移されたとお伝えしたら、ぜひ伺いたいとおっしゃっていたので、今度のお休みに案内することになったんですよ。あぁ、楽しみだわ」
男性のことを語る時の伊調の頬は、薔薇色に赤らんでいた。
自分と会った記憶が相手に無くとも、伊調の想いは揺らがないらしい。
「そんな偶然、あるんですねぇ」
「あら。添野さんだって、大勢の〈探し人〉さんのご本人さんと再会されていらっしゃるじゃないですか」
「まぁ……そうですけど」
(なんなら、さっきも会ったし。おかげで、一番知りたかった謎は解けたけど、また新たな謎が生まれちゃったんだよなぁ)
由良は玉堂から聞いた話を思い出し、苦笑する。
いっそ、祖父の〈探し人〉でも現れてくれればいいのに、と思った。
(残念だけど、無理ね。お祖父ちゃんはとっくに死んでるんだから。私が自力で金貨を探さないと……)
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