心の落とし物

緋色刹那

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秋編②『金貨六枚分のきらめき』

第四話「イチョウ色の約束」⑵

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 由良達は壁に目を凝らし、伊調が描いた作品を探す。絵の他にも写真や工芸品なども飾られていた。
 いずれの作品も洋燈町にあるイチョウがモデルで、洋燈町で生まれ育った由良にとっては懐かしいものばかりだった。見覚えのある景色を見つけては立ち止まり、熱心に見入る。
 次第に中林や紅葉谷との距離は広がり、遂には二人を見失ってしまった。
「あれ? 中林さんと紅葉谷さん、先行っちゃったのかな?」
 その時、ヒヨドリの鳴き声と共に、何処からか風が吹き込んできた。通路からかと思いきや、壁紙に描かれたイチョウの木と木の間が風の出どころだった。
 壁紙のイチョウの木は風で揺れ、由良の頭上に大量の葉を降り注ぐ。本物の葉ではなく、天井を照らしていたイチョウの葉の形の照明である。展示されていた絵の中のイチョウの木も、同様に風で揺れていた。
 ヒヨドリの鳴き声も、イチョウの木にとまっているヒヨドリの写真から聞こえた。写真の中のヒヨドリはせわしなく首を動かし、周囲を警戒していた。
「絵が動くなんて、すごい演出……と言いたいところだけど、なんか違和感あるな」
 由良は思い切って、目の前に舞い落ちてきた葉を空中でつかんでみた。
 不思議なことに葉には実体があり、黄色いセロファンで作ったかのように透き通り、表面がつるつるしていた。
「……最新のプロジェクションマッピングは、実際につかめるのかしら?」
 由良は「そんなわけがない」と頭では理解しつつも、自問自答してみる。係員に確認しようにも、周囲には誰もいなかった。
 来た道を引き返してもみたが、地上へ続く階段は消え、代わりにイチョウの壁紙が張られた壁が立ちはだかっていた。
「これじゃイチョウの散歩道じゃなくて、イチョウの迷路じゃない」
 由良は壁に手を当て、深くため息をついた。

「……。……」
「ん?」
 ふいに、遠くから人の声がした。
 由良は壁の向こうからかと思い、耳を当ててみる。が、声は壁からではなく、壁の反対方向……展示室の奥から聞こえた。
「誰かいるの?」
 由良は声を頼りに、イチョウの森を進む。
 ヒヨドリの写真を通り過ぎ、さらに奥へと進むと、壁に一枚の絵が飾られていた。
「……この絵、洋燈神社だ」
 それは洋燈商店街の奥にある、洋燈神社の絵だった。淡い色づかいで、御神木である大きなイチョウの木と鳥居が描かれている。
 その木の真下に、二人の若い青年が向かい合って立っていた。一人は中性的な顔立ちの黒髪の美青年で、もう一人は凝った仕立てのスーツを着ている。後者の青年はこちらに背を向けて立っているため、顔は見えない。
 由良は絵に近づき、耳を澄ます。するとイチョウの葉ずれの音に混じって、絵の中から二人の会話が聞こえてきた。
「そういうわけだから、お前も協力してくれないか? タマ」
 どうやらスーツを着た青年が、黒髪の青年に何か頼み事をしていたらしい。
 黒髪の青年は「分かったよ」と観念した様子で微笑んだ。
「僕から父さんに買い付けへ同行させてもらえるよう、頼んでみる。一緒にいい店を作ろうじゃないか」
「ありがとう。お前のような頼もしい親友がいてくれて、助かるよ」
 二人は固く握手を交わす。
 額縁の外にいる由良の存在には気づいていないようだった。
「せっかく神社に来たんだ、ついでに願掛けしていこう。財布は、と……」
 スーツの青年がポケットから財布を取り出そうとしたそのはずみに、同じポケットに入っていた金貨が一枚落ちた。
 金貨は石畳の参道へ落下し、風に吹かれてコロコロと転がってくる。そのまま鳥居を越え、額縁を越えて、由良の目の前に転がり落ちた。
「おっと」
 由良は絵の下へ両手を差し出し、金貨を受け止める。絵の中の二人は金貨がポケットから落ちたことに気づかず、参拝している。
 由良は手を開き、金貨を確認した。最近作られたものなのか、汚れも劣化もなく、照明を反射してピカピカと輝いている。五百円玉よりも二回り大きな金貨で、表面には見慣れた建物が彫られていた。
「これ、懐虫電燈?」
 それはかつて由良の祖父が営んでいた喫茶店、懐虫電燈だった。玉蟲匣に改修する前の、由良にとっては懐かしい姿が彫られている。裏にも漢字で「懐虫電燈」と、はっきり彫ってあった。
 由良は金貨を見て懐かしく思うと同時に、既視感を抱いた。
(この大きさ、建物の絵、四文字の漢字って、もしかして……)
「〈心の落とし物〉からもらったコインと、同じもの?」
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