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秋編②『金貨六枚分のきらめき』
第三話「金を継ぐ」⑶
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茅田が帰った後、由良のスマホに電話がかかってきた。
「はい、もしもし?」
「添野様ですか? 漆原工房の者ですが」
電話の相手は由良が金継ぎを依頼した業者だった。中年くらいの男性で、どことなく声が緊張していた。
「添野様が配送された食器が、先程こちらに届きました。これより修復作業に入らせて頂きます」
「そうですか。わざわざご連絡頂き、ありがとうございます。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」
由良は食器が無事に工房に着いたと知り、ホッと胸を撫で下ろす。
漆原工房は洋燈町から遠く離れた山手にある。そのため金継ぎを依頼する際は、客自らが食器を梱包し、発送しなくてはならなかった。
由良も茅田を金粉蒔きに誘った翌日に、修復を依頼した食器をまとめて工房に発送していたのだが、連絡があるまで「配送中に事故にでも遭ったらどうしよう?」「梱包がズレて、もっと割れたら悲惨だな」と、気が気でなかった。
「……時に、添野様。一つ個人的にお尋ねしたいことがあるのですが」
「な、何でしょう?」
これで連絡は終わりかと思いきや、業者の男は改まって切り出してきた。由良も緊張の面持ちで、身構える。
業者の男は「間違っていたらすみません」と断ったのち、由良に尋ねた。
「お身内に添野蛍太郎さんという方はいらっしゃいませんか? そちらのお店の近くにある洋燈商店街で懐虫電燈という名前の喫茶店を経営なさっている方なのですが」
「……えぇ、私の祖父です」
由良は男が祖父を知っているとは思っておらず、面食らう。
祖父のことを聞いた男も、
「なんと! お孫さんでしたか!」
と声を上げ、驚いていた。
「祖父とお知り合いなんですか?」
「知り合いというか、一方的に知っているというか……懐虫電燈さんは、以前私が勤めていた美麗漆器のお得意様でしたから」
「美麗漆器?!」
今度は由良が声を上げた。
美麗漆器といえば、唯一無二とも言える美麗なデザインの漆器を数多く販売していたメーカーで、由良のお気に入りでもあった。
(確かに、懐虫電燈で使っていた食器も凝ったデザインの物が多かったけど……まさか、あれが美麗漆器だったなんて……!)
知られざる祖父との共通点に、由良は思わずニヤつく。業者の男からこの話を聞いたのが電話で良かったと、つくづく思った。
「当時私は駆け出しの職人で、懐虫電燈さんがオープンした際に商品の搬入を手伝わせてもらったんですよ。最初は『何で職人の自分が運ばなくちゃならないんだ?』と不満でしたが、添野様のお祖父様が私が作った器を大層褒めて下さいまして、来て良かったなと思いましたよ。その上、あのような貴重なものまでくださって……」
業者の男は由良がニヤついているとも知らず、雄弁に思い出を語っていたが、途中でハッと口を閉ざした。
「あのような貴重なもの? 何のことです?」
「いや、あの……」
由良は不審に思い、問い詰める。
業者の男は話そうかどうか迷っているようだったが、
「漆原さん、ちょっといいですか?」
「あ、あぁ。今行くよ」
遠くから誰かに呼ばれ、早々に話を切り上げてしまった。
「では、修復が終わったらまたご連絡致します。どうかお祖父様によろしくお伝え下さい」
「あ、ちょっと……!」
由良は大事なことを話そうと、引き留める。
しかし通話は無情にも、業者の男の手によって切られてしまった。
「……おじいちゃんが亡くなったこと、言いそびれちゃったな」
業者の男から電話があった、数日後。
由良は仕事を終え、茅田と共に自宅の風呂場で金継ぎの仕上げ作業をしていた。濡らした綿棒で余分な金粉を取り除いたのち、乾いた金粉の上に透明度の高い透漆を塗り、ティッシュで押さえるようにして拭き取ることで、金粉を定着させる。漆がティッシュにつかなくなったら一晩乾かし、完成となる。
最後の工程とあって、由良も茅田も黙々と作業を進めていた。
「よし、終わったー!」
「あとは乾くのを待つだけですね」
ようやく最後の器を仕上げた直後、由良の上着のポケットに入れていたスマホからコール音が聞こえてきた。どうやら電話がかかってきたらしい。
「漆原工房さんからかも。ちょっと出てくるね」
「じゃあ私、後片付けしておきますね」
「お願い」
ゴム手袋を外し、ゴミ袋に捨てる。
奇妙なことに、スマホの画面に表示されていた着信先は文字化けを起こしていた。よく目を凝らすと、懐虫電燈とも読める。
「……まさか、ね」
不気味に思いながらも、念のため出てみた。
「もしもし?」
「出るのが遅い」
電話の相手は渡来屋だった。
「なんだ、貴方だったの。名前が文字化けしていて分からなかったわ」
「そうか。では、次からは文字化けしていてもすぐに出るということだな?」
「用件がないなら、切ってもいい?」
「俺が手ずから電話をかけてやっているというのに、用件がないわけなかろうが」
渡来屋は偉そうな口ぶりで、由良に言った。
「三、四日前から、懐虫電燈の前で騒いでいる〈探し人〉がいる。鬱陶しいから、追っ払いに来い」
「何で私が?」
「お前が導いたんだ、責任を取れ」
それに、と渡来屋は付け足した。
「あいつを追い払えば、お前が持っている二枚のコインの正体が分かるぞ」
「っ?! 何でそのこと知って……?!」
由良はコインのことを問い詰めようとしたが、一方的に電話を切られた。
通話履歴からリダイヤルしようとしたが、渡来屋がかけてきた電話番号は履歴に残っていなかった。
「はい、もしもし?」
「添野様ですか? 漆原工房の者ですが」
電話の相手は由良が金継ぎを依頼した業者だった。中年くらいの男性で、どことなく声が緊張していた。
「添野様が配送された食器が、先程こちらに届きました。これより修復作業に入らせて頂きます」
「そうですか。わざわざご連絡頂き、ありがとうございます。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」
由良は食器が無事に工房に着いたと知り、ホッと胸を撫で下ろす。
漆原工房は洋燈町から遠く離れた山手にある。そのため金継ぎを依頼する際は、客自らが食器を梱包し、発送しなくてはならなかった。
由良も茅田を金粉蒔きに誘った翌日に、修復を依頼した食器をまとめて工房に発送していたのだが、連絡があるまで「配送中に事故にでも遭ったらどうしよう?」「梱包がズレて、もっと割れたら悲惨だな」と、気が気でなかった。
「……時に、添野様。一つ個人的にお尋ねしたいことがあるのですが」
「な、何でしょう?」
これで連絡は終わりかと思いきや、業者の男は改まって切り出してきた。由良も緊張の面持ちで、身構える。
業者の男は「間違っていたらすみません」と断ったのち、由良に尋ねた。
「お身内に添野蛍太郎さんという方はいらっしゃいませんか? そちらのお店の近くにある洋燈商店街で懐虫電燈という名前の喫茶店を経営なさっている方なのですが」
「……えぇ、私の祖父です」
由良は男が祖父を知っているとは思っておらず、面食らう。
祖父のことを聞いた男も、
「なんと! お孫さんでしたか!」
と声を上げ、驚いていた。
「祖父とお知り合いなんですか?」
「知り合いというか、一方的に知っているというか……懐虫電燈さんは、以前私が勤めていた美麗漆器のお得意様でしたから」
「美麗漆器?!」
今度は由良が声を上げた。
美麗漆器といえば、唯一無二とも言える美麗なデザインの漆器を数多く販売していたメーカーで、由良のお気に入りでもあった。
(確かに、懐虫電燈で使っていた食器も凝ったデザインの物が多かったけど……まさか、あれが美麗漆器だったなんて……!)
知られざる祖父との共通点に、由良は思わずニヤつく。業者の男からこの話を聞いたのが電話で良かったと、つくづく思った。
「当時私は駆け出しの職人で、懐虫電燈さんがオープンした際に商品の搬入を手伝わせてもらったんですよ。最初は『何で職人の自分が運ばなくちゃならないんだ?』と不満でしたが、添野様のお祖父様が私が作った器を大層褒めて下さいまして、来て良かったなと思いましたよ。その上、あのような貴重なものまでくださって……」
業者の男は由良がニヤついているとも知らず、雄弁に思い出を語っていたが、途中でハッと口を閉ざした。
「あのような貴重なもの? 何のことです?」
「いや、あの……」
由良は不審に思い、問い詰める。
業者の男は話そうかどうか迷っているようだったが、
「漆原さん、ちょっといいですか?」
「あ、あぁ。今行くよ」
遠くから誰かに呼ばれ、早々に話を切り上げてしまった。
「では、修復が終わったらまたご連絡致します。どうかお祖父様によろしくお伝え下さい」
「あ、ちょっと……!」
由良は大事なことを話そうと、引き留める。
しかし通話は無情にも、業者の男の手によって切られてしまった。
「……おじいちゃんが亡くなったこと、言いそびれちゃったな」
業者の男から電話があった、数日後。
由良は仕事を終え、茅田と共に自宅の風呂場で金継ぎの仕上げ作業をしていた。濡らした綿棒で余分な金粉を取り除いたのち、乾いた金粉の上に透明度の高い透漆を塗り、ティッシュで押さえるようにして拭き取ることで、金粉を定着させる。漆がティッシュにつかなくなったら一晩乾かし、完成となる。
最後の工程とあって、由良も茅田も黙々と作業を進めていた。
「よし、終わったー!」
「あとは乾くのを待つだけですね」
ようやく最後の器を仕上げた直後、由良の上着のポケットに入れていたスマホからコール音が聞こえてきた。どうやら電話がかかってきたらしい。
「漆原工房さんからかも。ちょっと出てくるね」
「じゃあ私、後片付けしておきますね」
「お願い」
ゴム手袋を外し、ゴミ袋に捨てる。
奇妙なことに、スマホの画面に表示されていた着信先は文字化けを起こしていた。よく目を凝らすと、懐虫電燈とも読める。
「……まさか、ね」
不気味に思いながらも、念のため出てみた。
「もしもし?」
「出るのが遅い」
電話の相手は渡来屋だった。
「なんだ、貴方だったの。名前が文字化けしていて分からなかったわ」
「そうか。では、次からは文字化けしていてもすぐに出るということだな?」
「用件がないなら、切ってもいい?」
「俺が手ずから電話をかけてやっているというのに、用件がないわけなかろうが」
渡来屋は偉そうな口ぶりで、由良に言った。
「三、四日前から、懐虫電燈の前で騒いでいる〈探し人〉がいる。鬱陶しいから、追っ払いに来い」
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「お前が導いたんだ、責任を取れ」
それに、と渡来屋は付け足した。
「あいつを追い払えば、お前が持っている二枚のコインの正体が分かるぞ」
「っ?! 何でそのこと知って……?!」
由良はコインのことを問い詰めようとしたが、一方的に電話を切られた。
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