心の落とし物

緋色刹那

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秋編②『金貨六枚分のきらめき』

第四話「イチョウ色の約束」⑴

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 由良が漆原工房に金継ぎを依頼した一ヶ月後。
 依頼していた全ての食器の修復が完了し、LAMPに戻って来た。
「すごい! 本当に直ってる!」
 茅田は自らが割ってしまった皿の梱包を解き、その出来に感動する。三つに割れた皿は、金継ぎによって元の一枚の皿に直っていた。それどころか由良の狙い通り、破片同士を繋いでいる三本の金の筋が地の黒に映え、元のものよりも味のある一枚へと生まれ変わっていた。
「同じ金同士、私達で金継ぎしたカップと合いそうですね」
「いいなー。私も金継ぎしてみたかった!」
 中林も梱包を解くのを手伝いながら、唇を尖らせる。茅田から金継ぎをした話を聞いて以来、ずっと羨ましがっていた。
 二人のやり取りをカウンターから見ていた由良は、いたずらっ子のように笑って言った。
「実はその皿、まだ完成じゃないのよ」
「え?」
「どゆことですか?」
 茅田と中林は驚き、呆然とする。
 そこへ顔馴染みの客がLAMPに現れた。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、伊調さん。お待ちしておりましたよ」
 伊調は秋の風と共に、LAMPの玄関をくぐる。
 今日も伊調は大好きなイチョウの木を意識したコーディネートで、イチョウ色のダッフルコートにこげ茶色のプリーツスカート、こげ茶色のタイツ、留め具がイチョウの葉になっている黄色いショートブーツを身にまとっていた。複雑に編み込んだ髪はイチョウの葉が連なったバレッタで留め、耳にはイチョウの葉のピアスまでつけている。その上、両手で持っている茶色い革の手提げバッグには、本物のイチョウの葉をキーホルダーにしてつけていた。
 これだけ派手な格好にも関わらず、不思議と悪目立ちせず、むしろ似合っていた。
「そちらの皿が、例の?」
 伊調は茅田が割った皿に目を留める。
 由良は「えぇ」と頷いた。
「先日、お願いさせて頂いた皿です。素人感覚ですが、金継ぎで出来た三本の筋が木の枝のように見えるでしょう?」
「確かに。地の色が黒なのも相まって、葉の金が映えそうですね。早く描きたいです」
「……木の枝?」
「……早く描きたい?」
 由良と伊調が盛り上がる横で、中林と茅田は首を傾げる。
 事情を知らない二人に、由良は説明した。
「伊調さんに頼んでおいたのよ。金継ぎした食器に蒔絵を描いてもらえませんか、って。特に茅田さんが割った皿は割れの筋が木の枝みたいに見えるし、蒔絵にはうってつけだと思ったの」
「私も、いつか蒔絵をやってみたいと思っていたので楽しみです。久々の絵の仕事でもありますし」
「相変わらず、本業の方は厳しいですか?」
「えぇ、まぁ……でも来週、画家として展覧会に参加するんですよ」
 そう言うと伊調は革の手提げバッグから展覧会のチケットを数枚、由良に渡した。中林と茅田にも、チケットを一枚ずつ渡す。
 美しい金色のイチョウの大木が描かれたチケットで、「洋燈町のイチョウ展」と題し、展示期間や場所、伊調をはじめとする参加アーティストの名前などが書かれていた。
きんのアリの画廊という、洋燈商店街の中にある画廊で開催するんです。お時間が合えば、ぜひお越しになって下さい。残りのチケットは、興味のある方にお渡しして下さって構いませんから」
「いいんですか? チケット、こんなに頂いちゃって」
 戸惑う由良に、伊調は「えぇ」と微笑み、頷いた。
「どうか招待させて下さい。今回展示させて頂く作品は、このお店に来なければ描けなかったものですから」

 金のアリの巣画廊とはその名の通り、アリの巣のような構造をした画廊である。
 展示室の大半が地下にあり、いくつもの部屋が通路や階段を介して連なっていた。
「すごい、すごい! これはもはや、イチョウの森ですよ!」
 階段を降り、「洋燈町のイチョウ展」へと足を踏み入れた中林は歓声を上げる。
「……本当ね。地下じゃないみたい」
 中林に続いて階段を降りた由良も驚き、周囲を見回した。
 会場は地下とは思えぬほど明るく、日差しにも似た柔らかな照明が、展示品を優しく照らしていた。
 「洋燈町のイチョウ展」という名前に相応しく、黄色い葉が鮮やかなイチョウの森の写真が壁紙として貼られ、天井と床にはイチョウの葉が幾重にも重なって見える、黄色の照明が当てられていた。同じ照明でも、天井に当たっている方は木漏れ日、床に当たっている方は落ち葉のようだった。
「なんでも、この空間自体も『イチョウの散歩道』という名の作品だそうですよ。背景と同化していて、絵を見つけるのに苦労しそうですねぇ。ま、それも狙いの一つなのでしょうが」
 そのあとを、紅葉谷がパンフレットを読みながらついて来る。
 茅田は大学の講義があるため、今日は不在だった。
「紅葉谷さん、危ないですからパンフレットを見ながら歩かないで下さい」
「いやぁ、すみません。展覧会なんて久しぶりに来たものですから、浮き足立ってしまいました」
 紅葉谷はにへらと笑い、パンフレットを懐へと仕舞う。
 平日ともあり客は少なかったが、美術関係と思われる眼光の鋭い人達がチラホラ目についた。
「それで? なぜ、僕も伊調さんが描かれた絵を観に来る必要があったんです?」
 紅葉谷に展覧会のチケットを渡したのは、他ならぬ由良だった。
 先日、伊調から今回の展覧会で出品する絵を描くまでに至った経緯を聞いたところ、「これは紅葉谷さんにも来てもらわなくては」と思い立ち、展覧会に誘ったのだ。もっとも、一緒に回る羽目になるとは思わなかったが。
「作品をご覧になれば、きっと訳がお分かりになりますよ」
「へぇ。楽しみだなぁ」
「伊調さん、どんな絵を描かれるんでしょうね?」
 由良達は他のアーティストが製作した作品を観賞しつつ、伊調が描いた絵を探した。
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