心の落とし物

緋色刹那

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秋編②『金貨六枚分のきらめき』

第一話「仮装行列」⑴

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「由良さん、見て下さい! 棚田ですよ、棚田!」
 中林は瞳をキラキラさせ、助手席から身を乗り出した。
 彼女が指差した先には、山を切り崩して作られた棚田が連なっていた。夕日で黄金に色づいた稲穂が広がり、秋らしい美しい景観を作り出している。
「運転中なんだから、よそ見するわけにはいかないでしょ?」
 車を運転している由良は困った様子で、眉をしかめる。
 二人を乗せた黄色の軽自動車は黄金の棚田を横目に、細い農道を颯爽と走り抜けて行った。

 ススキが白金の穂を天高く伸ばした秋の頃、由良と中林は定休日を利用し、一泊二日の小旅行へ出かけた。取材を兼ねているため、一応仕事である。
 二人が泊まるのは古民家を改装した民宿で、温泉もあった。
 季節ごとに自然を生かしたイベントを開催しており、今の時期はお月見や稲刈り体験を催している。特にお月見は棚田と満月を一緒に撮影できるとあって、若い客にも人気だった。
「少しの間、車を停めればいいじゃないですか! 次にここへ来るのは夜で、明日には朝早く村を出て行かなくちゃいけないんですから。明るい時間帯の棚田をゆっくり眺められるのは、今がラストチャンスなんですよ?」
「停めないってば。他の車が来たら、邪魔になるでしょうが」
 その時、二人の子供が車の前へ飛び出してきた。二人とも仮装しており、一人はカボチャをくり抜いて作ったジャックオーランタンを、もう一人は両目の部分に穴を開けた白いシーツを頭から被っている。
 二人はかけっこに夢中で、由良達を乗せた車に気づいていなかった。
「危なっ」
 由良はとっさにブレーキを踏む。
 隣で中林が「ぐぇっ」と潰れたカエルのような声を上げた。
 幸い、車は子供達にぶつかる前に止まった。子供達はこちらに見向きもせず、稲刈り前の田んぼへ走り去っていった。
「急に止まらないで下さいよ、由良さぁん」
「ったく……この辺に住んでる子達かしら? 村で見かけたら、注意しておかないと」
 由良はスマホで棚田を撮影したのち、再び車を走らせた。
「あっ、ズルい! 私も写真撮りたいです!」
「早く行かないと、チェックイン間に合わないわよ」

 日没直前、由良と中林は民宿「稲村いなむらの家」に到着した。
 和装をまとった妙齢の女性が車の音を聞きつけ、民宿から出てくる。
「添野様、中林様、お待ちしておりました。私は稲村の家の女将をしております、稲村米子よねこと申します」
 女将は二人を迎え入れ、部屋へと案内した。
 平日なため、休日ほど客は多くない。近くを散策しているのか、温泉に入っているのか、民宿内は静まり返っていた。
「こちらになります」
「わぁ! 田んぼ、きれい! 遠くに棚田も見える! すごーい!」
 案内されたのは、民宿の二階にある畳張りの和室だった。開け放たれた大きな障子窓からは、来る途中にも見た村の景色が一望できる。
 中林は子供のように瞳を輝かせ、障子窓へと駆け寄った。街中では滅多に見ない田んぼに、興奮しているらしい。
 由良も中林の隣に並び、下を覗いた。すると、先程車の前に飛び出してきた子供達が民宿の前で追いかけっこしていた。
「あっ」
 思わず声をもらす。
 隣にいた中林が「どうかしました?」と尋ねてきた。
「あそこにさっき、車の前に飛び出してきた子達が……」
「子供?」
 中林は視線を落とし、首を傾げた。
「誰もいませんよ」
「え」
 由良は青ざめる。まさかここまで来て、〈心の落とし物〉ないし〈探し人〉と出くわすとは。
「どうかなさいましたか?」
 女将は二人の異変を察し、障子窓に近づいてくる。
 すると子供達は女将から逃げるように、その場から走り去っていった。
「いえ、なんでもありません。あまりにも田んぼが綺麗だったので、思わず見惚れてしまいました」
 由良は苦し紛れに、誤魔化す。
 女将は褒められて嬉しいのか「そうでしょう、そうでしょう」と、由良の嘘に気づかず、朗らかに頷いた。
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