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夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』
第二話「ジューンブライド・ビー玉の約束」⑴
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あいにくの雨にも関わらず、休日のLAMPには多くの客が詰めかけていた。
特にいつにも増して若い女性が多く、揃って同じドリンクを注文していた。
「アジサイラムネのローズ、下さい」
「私はバタフライピーとラベンダーをお願いします」
「かしこまりました!」
中林は二人組の女性客からの注文を受け、業務用冷蔵庫の扉を開いた。業務用冷蔵庫がある厨房はカウンターとの境を壁で仕切られており、客席からは見えないようになっていた。
冷蔵庫の中には透き通ったピンク、青、紫の色の瓶ラムネが所狭しと並べられていた。表面には黒い線でアジサイのイラストが描かれており、瓶に差し込む光の具合で何通りの色にも見えた。
「はぁ……何回見ても、綺麗な色。私も早く飲みたいなぁ」
「いいから早く持って行きなさい」
ラムネを見てうっとりする中林を、由良がカウンターから厨房を覗き込み、注意する。
中林は「今持って行こうと思ってたんですぅ」と注文された三種のラムネを手に取ると、カウンター席に座っていた先程の客の前へ運んだ。
アジサイラムネとは、LAMPと洋燈商店街にある小規模飲料メーカーが共同開発した新商品である。「大人の女性が思わず手に取りたくなるようなラムネを」との注文を受け、由良が主導になって製作した。
味はローズ、バタフライピー、ラベンダーの三種類あり、全てアジサイの色を模している。その美しさと華やかさから、狙い通りたちまち若い女性の間で話題となり、写真撮影も兼ねてLAMPを訪れるようになった。
「お待たせしました! アジサイラムネのローズ、ラベンダー、バタフライピーでございます」
「わぁ、すっごい綺麗!」
「写真と全く一緒!」
二人組の女性客はラムネを目にした途端、嬉しそうに声を上げた。
そしてすかさずスマホを向け、ラムネの写真を撮り始めた。三種類のラムネをカウンターに並べ、色んな角度から撮ったり、ラムネを持って撮ったりしていた。
やがて二人は撮影会を終えると、写真をSNSに投稿し、ようやくラムネの栓を開けた。従来のものとは違い、プラスチックの栓であるため、ひねるだけで簡単に開けられた。
「どれから飲む?」
「迷っちゃうねー」
どのラムネから飲むか二人が悩んでいると、
「私にもこれ、くれるかしら?」
と、陶器のように白くて細い手が二人の間に割って入り、ローズのアジサイラムネを指差した。薄い水色のネイルに、青と紫の花びらのアジサイが描かれていた。
二人組の女性客はギョッとして振り返る。由良も手の先を目でたどると、そこにはLAMPの常連になりつつある女優、扇華恋が立っていた。
「えっ、扇華恋?!」
「本物?!」
案の定、二人組の女性客は動揺し、扇の手を避けるように仰反る。他の客達も扇に気づき、ざわついていた。
扇は「これ幸い」とばかりに、二人の席の間に立ち、カウンターに肘をつく。お気に入りの席を二人に座られて、内心よく思っていなかったらしい。
「ローズですね。お席についてお待ち下さい」
由良は慣れた様子で、扇に別の席を勧める。
しかし扇は「ここがいいのよ」と退こうとしなかった。
「カウンター席なら、他にも空いているじゃないですか。今日は特に目立つ格好しているんですから自重して下さい」
「そう? そんなに目立った格好じゃないと思うけど」
扇は眉をひそめ、着ている服を確認する。
今日の扇はアップにした髪にアジサイのコサージュをつけ、純白のウェディングドレスを身にまとっていた。引き裾の長いロングトレーンドレスで、カウンターの前を白く埋め尽くしている。
扇は日頃からドレッシーな格好をしている人ではあったが、まさかウェディングドレスで来るとは由良も思ってもいなかった。
「扇さんの感覚じゃそうかもしれませんけど、ウェディングドレスなんて目立つに決まってるじゃないですか。衣装か何かですか?」
「ウェディングドレス? これが?」
扇は意味が分からない、とばかりに首を傾げる。
その反応を見て、由良は予感がした。二人組の女性客に扇の格好がどう見えるか尋ねようとしたが、既に窓際の席へ避難していた。
「ちょいと中林さんや」
「何ですかな? 店長さんや」
由良は扇にラムネを持ってきた中林を呼び止め、こっそり尋ねた。
「今日の扇さん、どんな格好してる?」
「どんなって……黒のオールインワンのセットアップですよ。扇さんってスカートのイメージが強いですけど、パンツも似合うんですね」
特にいつにも増して若い女性が多く、揃って同じドリンクを注文していた。
「アジサイラムネのローズ、下さい」
「私はバタフライピーとラベンダーをお願いします」
「かしこまりました!」
中林は二人組の女性客からの注文を受け、業務用冷蔵庫の扉を開いた。業務用冷蔵庫がある厨房はカウンターとの境を壁で仕切られており、客席からは見えないようになっていた。
冷蔵庫の中には透き通ったピンク、青、紫の色の瓶ラムネが所狭しと並べられていた。表面には黒い線でアジサイのイラストが描かれており、瓶に差し込む光の具合で何通りの色にも見えた。
「はぁ……何回見ても、綺麗な色。私も早く飲みたいなぁ」
「いいから早く持って行きなさい」
ラムネを見てうっとりする中林を、由良がカウンターから厨房を覗き込み、注意する。
中林は「今持って行こうと思ってたんですぅ」と注文された三種のラムネを手に取ると、カウンター席に座っていた先程の客の前へ運んだ。
アジサイラムネとは、LAMPと洋燈商店街にある小規模飲料メーカーが共同開発した新商品である。「大人の女性が思わず手に取りたくなるようなラムネを」との注文を受け、由良が主導になって製作した。
味はローズ、バタフライピー、ラベンダーの三種類あり、全てアジサイの色を模している。その美しさと華やかさから、狙い通りたちまち若い女性の間で話題となり、写真撮影も兼ねてLAMPを訪れるようになった。
「お待たせしました! アジサイラムネのローズ、ラベンダー、バタフライピーでございます」
「わぁ、すっごい綺麗!」
「写真と全く一緒!」
二人組の女性客はラムネを目にした途端、嬉しそうに声を上げた。
そしてすかさずスマホを向け、ラムネの写真を撮り始めた。三種類のラムネをカウンターに並べ、色んな角度から撮ったり、ラムネを持って撮ったりしていた。
やがて二人は撮影会を終えると、写真をSNSに投稿し、ようやくラムネの栓を開けた。従来のものとは違い、プラスチックの栓であるため、ひねるだけで簡単に開けられた。
「どれから飲む?」
「迷っちゃうねー」
どのラムネから飲むか二人が悩んでいると、
「私にもこれ、くれるかしら?」
と、陶器のように白くて細い手が二人の間に割って入り、ローズのアジサイラムネを指差した。薄い水色のネイルに、青と紫の花びらのアジサイが描かれていた。
二人組の女性客はギョッとして振り返る。由良も手の先を目でたどると、そこにはLAMPの常連になりつつある女優、扇華恋が立っていた。
「えっ、扇華恋?!」
「本物?!」
案の定、二人組の女性客は動揺し、扇の手を避けるように仰反る。他の客達も扇に気づき、ざわついていた。
扇は「これ幸い」とばかりに、二人の席の間に立ち、カウンターに肘をつく。お気に入りの席を二人に座られて、内心よく思っていなかったらしい。
「ローズですね。お席についてお待ち下さい」
由良は慣れた様子で、扇に別の席を勧める。
しかし扇は「ここがいいのよ」と退こうとしなかった。
「カウンター席なら、他にも空いているじゃないですか。今日は特に目立つ格好しているんですから自重して下さい」
「そう? そんなに目立った格好じゃないと思うけど」
扇は眉をひそめ、着ている服を確認する。
今日の扇はアップにした髪にアジサイのコサージュをつけ、純白のウェディングドレスを身にまとっていた。引き裾の長いロングトレーンドレスで、カウンターの前を白く埋め尽くしている。
扇は日頃からドレッシーな格好をしている人ではあったが、まさかウェディングドレスで来るとは由良も思ってもいなかった。
「扇さんの感覚じゃそうかもしれませんけど、ウェディングドレスなんて目立つに決まってるじゃないですか。衣装か何かですか?」
「ウェディングドレス? これが?」
扇は意味が分からない、とばかりに首を傾げる。
その反応を見て、由良は予感がした。二人組の女性客に扇の格好がどう見えるか尋ねようとしたが、既に窓際の席へ避難していた。
「ちょいと中林さんや」
「何ですかな? 店長さんや」
由良は扇にラムネを持ってきた中林を呼び止め、こっそり尋ねた。
「今日の扇さん、どんな格好してる?」
「どんなって……黒のオールインワンのセットアップですよ。扇さんってスカートのイメージが強いですけど、パンツも似合うんですね」
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