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夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』
第一話「雨は嫌い」⑶
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「アジサイって、個人でも栽培出来るんですね。公園にしか植えられているものだと思っていましたよ」
〈探し人〉の女性は屋上の庭を見て、感心した。表情には現れていないが、いくらかアジサイに興味を持ったらしい。
由良はアジサイを通して雨を好きになってもらおうと、ここぞとばかりに力説した。
「綺麗ですよね、アジサイ。特に雨の日は花や葉が濡れて、一層艶やかに見えますし。種類によりますが、意外と手入れは難しくないんですよ。虫もつきにくいですし、切り花にすれば室内でも楽しめます。お客様も育ててみてはいかがですか?」
「……確かに綺麗ですけど、遠慮しておきます」
女性は申し訳なさそうに言った。
「私、重度の花粉症なんです。花に近づくだけで、くしゃみと鼻水が止まらなくなってしまうんですよ」
「……そうなんですか。残念です」
(この作戦はダメ、と)
由良は「アジサイから雨を好きになってもらおう作戦」を諦め、次なる作戦に向けて動いた。
「少々準備して参りますので、こちらの椅子に座ってお待ち下さい」
「は、はぁ」
由良は女性をプラスチックチェアに座らせ、階段を下りていった。
由良は二階の自宅からありったけの"雨を楽しむグッズ"を旅行用のリュックカバンに詰め、屋上へと戻った。
女性は大人しくプラスチックチェアに座り、外の景色を眺めて待っていた。「戻ったらいなくなっているかもしれない」という由良の淡い期待は、簡単に裏切られた。
「お待たせしました」
「ずいぶん大荷物ですね」
女性は振り返り、由良の大荷物を見て驚く。
由良は「気がついたら増えていました」と苦笑いした。空いているプラスチックチェアの上にリュックを下ろし、ひと息つく。
「雨には雨にしか出来ない楽しみがありますからね。まずはこれです」
そう言って由良がリュックの中から取り出したのは、シャボン玉を作る際に使うプラスチックの吹き棒と、シャボン玉液が入った蛍光色の小さなボトルだった。百均で売っているような安っぽいものだ。由良と〈探し人〉の女性の、二人分用意してある。
由良は何食わぬ顔で「どうぞ」と女性に吹き棒とボトルを一つずつ差し出した。女性は訝しげに眉をひそめながらも、シャボン玉セットを受け取った。
「これ……シャボン玉を作る道具ですよね? まさか、これからシャボン玉を作って遊ぼうって言うんじゃ……」
「えぇ、そのまさかです」
由良は吹き棒とボトルを持ったまま、塔屋から非常階段へ出た。
吹き棒の先をボトルの中のシャボン玉液につけ、液がついていない方を口に咥える。そして空き地の上空に狙いを定めると、吹き棒に勢いよく息を吹き込んだ。
「ふーっ!」
薄っすら虹色味を帯びた無数のシャボン玉達が吹き棒の先で一瞬で膨らみ、飛び立っていく。シャボン玉は降りしきる雨をもろともせず、ゆっくりと浮遊しながら空の彼方へ飛び去っていった。
「不思議ね。どうして割れないの?」
その光景を塔屋の中から見ていた〈探し人〉の女性は、驚きのあまり椅子から立ち上がった。わずかでも衝撃を加えれば割れてしまうシャボン玉が雨の中を進むとは、思ってもいなかったのだ。
由良はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、女性を振り返った。
「シャボン玉って、意外と雨の日の方が割れにくくて、沢山飛ぶんです。晴れの日よりも雨の日の方が湿度が高いですからね。まぁ、これ全部うちの従業員からの受け売りなんですけど」
ちなみに由良の家にシャボン玉セットを置いていったのも、その従業員こと、中林である。
本当に雨でもシャボン玉が飛ぶのか試したいからと、先週シャボン玉セットを手に由良の家へ押しかけ、丸一日由良を付き合わせたのだ。最終的にシャボン玉が飛ぶと分かると、中林は「残りは添野さんにあげます」とシャボン玉セットを二つずつ、由良の部屋の置いて行った。
「お客様もやってみません? やってみると、案外楽しいですよ。庭だとアジサイにシャボン玉がくっついてしまうかもしれないので、こちらに来て吹いて下さい」
「……」
女性は黙って由良の隣に立つと、シャボン玉液をつけた吹き棒を咥え、ゆっくりと息を吹き込んで膨らませた。
大きく膨らんだシャボン玉はふよふよ揺れつつ、重力に逆らって灰色の空へと上昇して行った。
〈探し人〉の女性は屋上の庭を見て、感心した。表情には現れていないが、いくらかアジサイに興味を持ったらしい。
由良はアジサイを通して雨を好きになってもらおうと、ここぞとばかりに力説した。
「綺麗ですよね、アジサイ。特に雨の日は花や葉が濡れて、一層艶やかに見えますし。種類によりますが、意外と手入れは難しくないんですよ。虫もつきにくいですし、切り花にすれば室内でも楽しめます。お客様も育ててみてはいかがですか?」
「……確かに綺麗ですけど、遠慮しておきます」
女性は申し訳なさそうに言った。
「私、重度の花粉症なんです。花に近づくだけで、くしゃみと鼻水が止まらなくなってしまうんですよ」
「……そうなんですか。残念です」
(この作戦はダメ、と)
由良は「アジサイから雨を好きになってもらおう作戦」を諦め、次なる作戦に向けて動いた。
「少々準備して参りますので、こちらの椅子に座ってお待ち下さい」
「は、はぁ」
由良は女性をプラスチックチェアに座らせ、階段を下りていった。
由良は二階の自宅からありったけの"雨を楽しむグッズ"を旅行用のリュックカバンに詰め、屋上へと戻った。
女性は大人しくプラスチックチェアに座り、外の景色を眺めて待っていた。「戻ったらいなくなっているかもしれない」という由良の淡い期待は、簡単に裏切られた。
「お待たせしました」
「ずいぶん大荷物ですね」
女性は振り返り、由良の大荷物を見て驚く。
由良は「気がついたら増えていました」と苦笑いした。空いているプラスチックチェアの上にリュックを下ろし、ひと息つく。
「雨には雨にしか出来ない楽しみがありますからね。まずはこれです」
そう言って由良がリュックの中から取り出したのは、シャボン玉を作る際に使うプラスチックの吹き棒と、シャボン玉液が入った蛍光色の小さなボトルだった。百均で売っているような安っぽいものだ。由良と〈探し人〉の女性の、二人分用意してある。
由良は何食わぬ顔で「どうぞ」と女性に吹き棒とボトルを一つずつ差し出した。女性は訝しげに眉をひそめながらも、シャボン玉セットを受け取った。
「これ……シャボン玉を作る道具ですよね? まさか、これからシャボン玉を作って遊ぼうって言うんじゃ……」
「えぇ、そのまさかです」
由良は吹き棒とボトルを持ったまま、塔屋から非常階段へ出た。
吹き棒の先をボトルの中のシャボン玉液につけ、液がついていない方を口に咥える。そして空き地の上空に狙いを定めると、吹き棒に勢いよく息を吹き込んだ。
「ふーっ!」
薄っすら虹色味を帯びた無数のシャボン玉達が吹き棒の先で一瞬で膨らみ、飛び立っていく。シャボン玉は降りしきる雨をもろともせず、ゆっくりと浮遊しながら空の彼方へ飛び去っていった。
「不思議ね。どうして割れないの?」
その光景を塔屋の中から見ていた〈探し人〉の女性は、驚きのあまり椅子から立ち上がった。わずかでも衝撃を加えれば割れてしまうシャボン玉が雨の中を進むとは、思ってもいなかったのだ。
由良はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、女性を振り返った。
「シャボン玉って、意外と雨の日の方が割れにくくて、沢山飛ぶんです。晴れの日よりも雨の日の方が湿度が高いですからね。まぁ、これ全部うちの従業員からの受け売りなんですけど」
ちなみに由良の家にシャボン玉セットを置いていったのも、その従業員こと、中林である。
本当に雨でもシャボン玉が飛ぶのか試したいからと、先週シャボン玉セットを手に由良の家へ押しかけ、丸一日由良を付き合わせたのだ。最終的にシャボン玉が飛ぶと分かると、中林は「残りは添野さんにあげます」とシャボン玉セットを二つずつ、由良の部屋の置いて行った。
「お客様もやってみません? やってみると、案外楽しいですよ。庭だとアジサイにシャボン玉がくっついてしまうかもしれないので、こちらに来て吹いて下さい」
「……」
女性は黙って由良の隣に立つと、シャボン玉液をつけた吹き棒を咥え、ゆっくりと息を吹き込んで膨らませた。
大きく膨らんだシャボン玉はふよふよ揺れつつ、重力に逆らって灰色の空へと上昇して行った。
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