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夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』
第一話「雨は嫌い」⑴
しおりを挟む帰りたくありません、と女性は言った。店の奥の席に腰を下ろしたまま、動こうとしない。
LAMPの店内は薄暗く、彼女の他に客はいない。六月になったと同時に梅雨に入り、店の外では朝から大粒の雨が降りしきっていた。
なおも居座り続けようとする女性に、由良は眉をひそめて言った。
「いや、今日定休日なんですけど。どっから入ってきたんですか、貴方」
由良は明日の仕込みをするため、休日を返上してLAMPに来た。
店の裏にある従業員用入り口から入ったが、鍵はかかったままだった。記憶が正しければ、表のドアと窓の鍵も、しっかり閉まっているか確認してから帰宅したはずだ。
にも関わらず、女性は由良が来るより先にLAMPにいた。
その奇行とは裏腹に、気難しそうな会社員の女性だった。フチの太い眼鏡をかけ、シワ一つないスーツを身に纏っている。髪は肩につかないほどの長さで切り揃え、乱れないよう整髪料でがっちりと固めていた。
女性は由良の質問に対し、悪びれもなく答えた。
「気がついたらここにいました」
「気がついたらって……さては貴方、〈探し人〉ですね」
今度は女性の方が眉をひそめた。
「何ですか、それは。私はただ、雨がやむまでここにいたいだけです。可能であれば、梅雨が明けるまで」
「今年は長梅雨になるそうですけど、本気ですか?」
「もちろん」
女性の目は真剣だった。
「……雨はお嫌いで?」
「えぇ、大嫌い」
女性はわずらわしそうに髪の毛先をつまみ、即答した。
「髪は湿気でうねるし、眼鏡のレンズに水滴がつくたびに拭かないといけないし、どんなに気をつけてもスーツも靴も濡れるし、大事な書類や電子機器を全力で死守しないといけないし、移動するたびに傘を開くのが面倒だし、水溜りという名のトラップはそこかしこに潜んでるし、すれ違い様に車に水を引っかけられるし、洗濯物は乾かないし、蛙の鳴き声がうるさいし、なんか変な臭いするし……」
いかに雨が嫌いか、くどくどと語る。
由良にもところどころ共感出来る点はあったが、彼女ほど雨が嫌いではなかった。むしろ、晴れや曇りの日にはない特別感があって、好きだった。
「めちゃくちゃ嫌われていらっしゃいますね」
「とにかく、雨の日は外に出たくないの。会社にも買い物にも行きたくない。出来ることなら、ずっと部屋に閉じこもっていたいわ」
女性は頬杖をつき、窓から視線を背ける。雨が降っている景色すらも、視界に入れたくないらしい。
由良は女性の処遇を決めかね、頭を悩ませた。
(……このまま放置していても、いずれ晴れれば消えるでしょう。だけど、それじゃ彼女の悩みが解決したことにはならない。また雨が降れば、〈探し人〉が抜け出てしまう)
長時間〈探し人〉が体の外に出ていると、〈探し人〉の主の体に悪影響を及ぼしてしまう。かつての紅葉谷のように、意識を失ったまま眠り続けるとも限らない。
由良は悩んだ末、バックルームへと続くドアを開き、女を招いた。
「どうぞ、ついて来て下さい。特別にLAMPの"庭"へ招待致します」
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