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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
第四話「夜桜周遊」⑴
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その日は生憎の雨だった。この調子なら、桜は今日のうちに散ってしまうだろう。
「そういえば、ちゃんとお花見してなかったっけ」
由良は窓の向こうで雨に煙る街を眺め、呟いた。
LAMPの店内に現れた〈心の落とし物〉の桜や、洋燈公園に咲く桜は散々見た。しかしいずれも見たのは仕事中で、桜だけをじっくりと眺めていたわけではなかった。
「ま、いっか。どうせ来年も咲くんだし」
由良はさして残念がるそぶりも見せず、仕事に戻った。
店が終わった頃には、雨はやんでいた。雨に濡れた路面が、街灯に照らされて黒々とてかっている。
「まるで川が流れているみたいだ」
などと思いつつ、表に出していた看板を回収しに由良が外へ出ると、一艘の屋形船が大通りに浮かんでいた。
「……」
一旦ドアを閉め、再度開く。屋形船は由良の存在に気づいたのか、こちらへ舵を取り、着実に近づいていた。
川のようだと思っていた大通りは本当に川に変化し、チャプチャプと音を立てて波打っている。指を入れると、何の抵抗もなく沈んだ。
「嘘ぉ……」
由良が驚いている間に、屋形船は船体を歩道へつけた。
前半分に屋根のないタイプの船で、桜色の光が灯された提灯が屋根のフチを囲うように吊るされている。屋内は畳ばりの宴会場になっていたが、中には誰もいなかった。
唯一の船員は、屋根のない前方に立った着物の女性だった。
妖艶な美女で、白粉をつけているのかと思うほど肌が白く、唇には真っ赤な口紅を塗っている。薄紅色の桜の木が刺繍された、紫がかった黒地の着物を纏い、靴底の厚いぽっくりを履いていた。頭には桜の花のカンザシを挿しており、夜風が吹くたびに揺れた。
その髪色は特徴的で、いつぞやの扇と同じ鮮やかな桜色だった。暗いトーンの着物の色と相反し、よく似合っていた。
女性は由良を見つけるとニッコリ微笑み、屈んで手を差し伸べた。
「一緒に夜桜を見に行きませんか? 昼の桜とは様子が違って、綺麗ですよ」
「あ……はい」
由良は呆気に取られ、訳も分からず頷いた。
そのまま手を取ろうと手を伸ばしたが、店をそのままにしていたのを思い出し、「ちょっと待っていて下さい」と看板を手に、急いでLAMPへ戻った。
看板は店に入ってすぐの入口に、エプロンは脱いでカウンターに置く。持って帰ろうと思っていた余りの商品がカウンターに置いたままだったので、持って行くことにした。
戸締りを済ませ、表へ出る。着物の美女は船に乗ったまま律儀に待っており、興味深そうにLAMPを見上げていた。
「では、参りましょう」
着物の美女は由良の手を取り、屋形船へと引き上げる。
船は由良が乗ると同時に出港し、ゆっくりと進み始めた。歩道が遠ざかっていくに連れ、由良はだんだん不安になってきた。
「どうぞ。お掛けになって」
「あの、貴方は一体……?」
着物の女性に勧められるまま、畳の上に敷かれた座布団に腰を下ろす。女性の着物と同じ、色鮮やかな桜が刺繍された、紫がかった黒い生地を使った座布団だった。
女性も優美な所作で座布団へ腰を下ろすと、妖艶に微笑み、名乗った。
「私は桜世。この町では"桜花妖"と名乗った方が分かりやすいかしら?」
「桜花妖……って、あの民話の?」
桜世は「えぇ」と頷いた。
「アレは私がもてなした誰かが書き残した伝承です。桜の精霊、というのは少々語弊があるけれど」
「桜の精霊でないのならば、貴方は何者なんです? 何故、赤の他人である私を花見に誘い、船に乗せたの?」
女性は「フフッ」と妖艶に笑い、言った。
「それをお教えするのは、最後のお楽しみとしましょう。せっかくの夢が、覚めてしまいますから」
「そういえば、ちゃんとお花見してなかったっけ」
由良は窓の向こうで雨に煙る街を眺め、呟いた。
LAMPの店内に現れた〈心の落とし物〉の桜や、洋燈公園に咲く桜は散々見た。しかしいずれも見たのは仕事中で、桜だけをじっくりと眺めていたわけではなかった。
「ま、いっか。どうせ来年も咲くんだし」
由良はさして残念がるそぶりも見せず、仕事に戻った。
店が終わった頃には、雨はやんでいた。雨に濡れた路面が、街灯に照らされて黒々とてかっている。
「まるで川が流れているみたいだ」
などと思いつつ、表に出していた看板を回収しに由良が外へ出ると、一艘の屋形船が大通りに浮かんでいた。
「……」
一旦ドアを閉め、再度開く。屋形船は由良の存在に気づいたのか、こちらへ舵を取り、着実に近づいていた。
川のようだと思っていた大通りは本当に川に変化し、チャプチャプと音を立てて波打っている。指を入れると、何の抵抗もなく沈んだ。
「嘘ぉ……」
由良が驚いている間に、屋形船は船体を歩道へつけた。
前半分に屋根のないタイプの船で、桜色の光が灯された提灯が屋根のフチを囲うように吊るされている。屋内は畳ばりの宴会場になっていたが、中には誰もいなかった。
唯一の船員は、屋根のない前方に立った着物の女性だった。
妖艶な美女で、白粉をつけているのかと思うほど肌が白く、唇には真っ赤な口紅を塗っている。薄紅色の桜の木が刺繍された、紫がかった黒地の着物を纏い、靴底の厚いぽっくりを履いていた。頭には桜の花のカンザシを挿しており、夜風が吹くたびに揺れた。
その髪色は特徴的で、いつぞやの扇と同じ鮮やかな桜色だった。暗いトーンの着物の色と相反し、よく似合っていた。
女性は由良を見つけるとニッコリ微笑み、屈んで手を差し伸べた。
「一緒に夜桜を見に行きませんか? 昼の桜とは様子が違って、綺麗ですよ」
「あ……はい」
由良は呆気に取られ、訳も分からず頷いた。
そのまま手を取ろうと手を伸ばしたが、店をそのままにしていたのを思い出し、「ちょっと待っていて下さい」と看板を手に、急いでLAMPへ戻った。
看板は店に入ってすぐの入口に、エプロンは脱いでカウンターに置く。持って帰ろうと思っていた余りの商品がカウンターに置いたままだったので、持って行くことにした。
戸締りを済ませ、表へ出る。着物の美女は船に乗ったまま律儀に待っており、興味深そうにLAMPを見上げていた。
「では、参りましょう」
着物の美女は由良の手を取り、屋形船へと引き上げる。
船は由良が乗ると同時に出港し、ゆっくりと進み始めた。歩道が遠ざかっていくに連れ、由良はだんだん不安になってきた。
「どうぞ。お掛けになって」
「あの、貴方は一体……?」
着物の女性に勧められるまま、畳の上に敷かれた座布団に腰を下ろす。女性の着物と同じ、色鮮やかな桜が刺繍された、紫がかった黒い生地を使った座布団だった。
女性も優美な所作で座布団へ腰を下ろすと、妖艶に微笑み、名乗った。
「私は桜世。この町では"桜花妖"と名乗った方が分かりやすいかしら?」
「桜花妖……って、あの民話の?」
桜世は「えぇ」と頷いた。
「アレは私がもてなした誰かが書き残した伝承です。桜の精霊、というのは少々語弊があるけれど」
「桜の精霊でないのならば、貴方は何者なんです? 何故、赤の他人である私を花見に誘い、船に乗せたの?」
女性は「フフッ」と妖艶に笑い、言った。
「それをお教えするのは、最後のお楽しみとしましょう。せっかくの夢が、覚めてしまいますから」
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