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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
1年前の春(夜)
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LAMPが開店する一年前の春の夜。
その日も由良はくたくたになって洋燈町へ戻ってきた。既に日付が変わっており、由良の他に人の姿はない。
駅から大通りを抜け、ようやく住んでいるアパートの前まで来ると「もし」と何処からか声をかけられた。艶のある、女性の声だった。
「誰?」
声の主を探し、周囲を見回す。本音を言えば早く帰りたかったが、相手が何か困っているのならば、無視するのはマズい。自宅のすぐ近くであるし、後から恨まれるかもしれない。
するとアパートの前に流れている小川に、見慣れぬ屋形船が止まっているのに気がついた。桜色の光が灯された提灯が屋根のフチを囲うように吊るされており、夜闇の中でもハッキリとその姿を捉えることが出来た。
船の前半分には屋根がなく、声の主と思われる着物姿の女性はそこに立っていた。
妖艶な美女で、白粉をつけているのかと思うほど肌が白く、唇には真っ赤な口紅を塗っている。薄紅色の桜の木が刺繍された、紫がかった黒地の着物を纏い、靴底の厚いぽっくりを履いていた。頭には桜の花のカンザシを挿しており、夜風が吹くたびに揺れていた。
特徴的だったのはその髪の色で、カンザシの桜と同じ、鮮やかな桜色だった。暗いトーンの着物の色と相反し、よく似合っている。
女性は由良と目が合うと微笑み、船へ手招きした。
「一緒に夜桜を見に行かない? 昼の桜とは印象が違って、綺麗よ」
「……遠慮します。明日も仕事があるので」
由良は女性を胡散臭そうに見、踵を返した。変わった営業もあるものだ、と呆れていた。
そのまま日向子の家へ泊まり、翌朝には女性と会ったことを忘れた。それ以来、桜色の髪をした女達に会うことはなかった。
その日も由良はくたくたになって洋燈町へ戻ってきた。既に日付が変わっており、由良の他に人の姿はない。
駅から大通りを抜け、ようやく住んでいるアパートの前まで来ると「もし」と何処からか声をかけられた。艶のある、女性の声だった。
「誰?」
声の主を探し、周囲を見回す。本音を言えば早く帰りたかったが、相手が何か困っているのならば、無視するのはマズい。自宅のすぐ近くであるし、後から恨まれるかもしれない。
するとアパートの前に流れている小川に、見慣れぬ屋形船が止まっているのに気がついた。桜色の光が灯された提灯が屋根のフチを囲うように吊るされており、夜闇の中でもハッキリとその姿を捉えることが出来た。
船の前半分には屋根がなく、声の主と思われる着物姿の女性はそこに立っていた。
妖艶な美女で、白粉をつけているのかと思うほど肌が白く、唇には真っ赤な口紅を塗っている。薄紅色の桜の木が刺繍された、紫がかった黒地の着物を纏い、靴底の厚いぽっくりを履いていた。頭には桜の花のカンザシを挿しており、夜風が吹くたびに揺れていた。
特徴的だったのはその髪の色で、カンザシの桜と同じ、鮮やかな桜色だった。暗いトーンの着物の色と相反し、よく似合っている。
女性は由良と目が合うと微笑み、船へ手招きした。
「一緒に夜桜を見に行かない? 昼の桜とは印象が違って、綺麗よ」
「……遠慮します。明日も仕事があるので」
由良は女性を胡散臭そうに見、踵を返した。変わった営業もあるものだ、と呆れていた。
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