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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
第二話「女優髪、恋色」⑵
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翌日の昼下がり、今度は日向子から電話がかかってきた。
「急でゴメン! 今から一時間、お店貸し切ってもいい?!」
「いいけど、また誰かの取材?」
日向子は急な取材が入ると、たびたびLAMPを取材場所として利用することがある。知り合いの由良が営んでいる店であるため、外部へ情報を漏らされる心配がないからだ。
特に店を貸切にさせる際は、大物相手の取材が多かった。
「そうなの! 本当は社内で取材をする予定だったんだけど、LAMPのことを話したら、"そこじゃないと取材は受けない"って、ごねられちゃって。なんか、前からLAMPに行きたかったみたいよ?」
「はぁ……期待に応えられるよう頑張ります」
由良は敢えて相手の素性は聞かず、電話を切った。
誰が来ようが、関係ない。普段通りでいる方が相手も気が楽だろうと思った。
「今日は中林さんも真冬さんもいなくて、良かったわ。誰が来るかは知らないけど、あの二人の口を塞ぐのは不可能だもの」
幸い、中林はキッチンカーで出張、真冬は友達とお花見をしに洋燈公園へ行っているため、戻って来る心配はなかった。
数分後、日向子が二人の女性を連れてLAMPにやって来た。
一人はマネージャーらしい地味な女性で、もう一人はつばの広い黒の女優帽を目深に被り、体のラインが分かる大人っぽい桜色のワンピースをまとった派手な女性だった。特に後者は顔こそ見えていないものの、均整のとれた美しい体をしており、いかにも業界人といった風格だった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
由良が席をすすめても、女優帽を被った女性はなかなか座ろうとはせず、店内を見回した。まるで美術館にでも来たかのように、壁に飾られている桜の一輪挿しや天井から吊り下がっている照明などを鑑賞している。
日向子とマネージャーらしき女性も彼女に付き合い、立ったまま待っていた。
「ご注文はいかがしましょうか?」
由良がマネージャーらしき女性に尋ねると、女性が口を開くより先に、女優帽の彼女が窓際の椅子に腰を下ろしつつ答えた。
「私、桜紅茶。ホットで。あと、桜のカステラも頂戴」
「じゃあ、私達はコーヒーで」
続けて日向子が注文すると「ダメよ」と女優帽の彼女に却下された。
「近くにコーヒーなんてあったら、紅茶の香りを楽しめないじゃない。貴方達も同じものにしなさい」
「は、はぁ」
日向子は由良にだけ見えるように顔をしかめつつ、「桜紅茶、二つ追加で」と注文を変更した。
(……日向子も大変ね。いつものあの子なら何を言われても絶対、自分の意見を曲げないのに)
由良は心の中で日向子を労った。
と同時に、女優帽の彼女の言い分も分からないでもなかった。コーヒーは匂いが強い……桜紅茶の柔らかな香りをかき消し、店内を瞬く間にコーヒーでいっぱいにしてしまう。
(まさか、貸切にしたのって桜紅茶の香りを楽しむため? いや……まさかね)
由良は桜紅茶を作りに、キッチンへ戻った。
一方、日向子はマネージャーらしき女性と共に女優帽の彼女の対面の席に座り、取材を始めた。
「では早速、インタビューを始めさせて頂きます」
「手短にお願いね。余った時間で紅茶とカステラを楽しみたいから」
女優帽の彼女は帽子を脱ぎ、日向子に釘を刺した。
その顔を目にした瞬間、由良は「あっ」と思わず声を漏らした。彼女は紅葉谷が脚本を務めた映画「桜花妖」の主演女優、扇華恋だった。
ただ、彼女の髪は映画のポスターのような黒ではなく、鮮やかな桜色をしていた。長さも、肩につかないほど短く切っており、ポスターの印象とは全く異なっていた。
(……紅葉谷さん、せっかく褒めてたのに残念ね。聞いたら、腰抜かすんじゃないかしら)
ふいに、扇と目があった。扇は日向子からの質問に答えつつ、ジッと由良を観察していた。
やがて何かをつかんだのか、満足げに薄く笑むと、再び日向子に視線を向け、残りの質問に答えていった。
(……早く注文の品を持って来いって意味か?)
由良は扇の真意をつかめぬまま、注文された商品を作り、テーブルへ運んでいった。
「急でゴメン! 今から一時間、お店貸し切ってもいい?!」
「いいけど、また誰かの取材?」
日向子は急な取材が入ると、たびたびLAMPを取材場所として利用することがある。知り合いの由良が営んでいる店であるため、外部へ情報を漏らされる心配がないからだ。
特に店を貸切にさせる際は、大物相手の取材が多かった。
「そうなの! 本当は社内で取材をする予定だったんだけど、LAMPのことを話したら、"そこじゃないと取材は受けない"って、ごねられちゃって。なんか、前からLAMPに行きたかったみたいよ?」
「はぁ……期待に応えられるよう頑張ります」
由良は敢えて相手の素性は聞かず、電話を切った。
誰が来ようが、関係ない。普段通りでいる方が相手も気が楽だろうと思った。
「今日は中林さんも真冬さんもいなくて、良かったわ。誰が来るかは知らないけど、あの二人の口を塞ぐのは不可能だもの」
幸い、中林はキッチンカーで出張、真冬は友達とお花見をしに洋燈公園へ行っているため、戻って来る心配はなかった。
数分後、日向子が二人の女性を連れてLAMPにやって来た。
一人はマネージャーらしい地味な女性で、もう一人はつばの広い黒の女優帽を目深に被り、体のラインが分かる大人っぽい桜色のワンピースをまとった派手な女性だった。特に後者は顔こそ見えていないものの、均整のとれた美しい体をしており、いかにも業界人といった風格だった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
由良が席をすすめても、女優帽を被った女性はなかなか座ろうとはせず、店内を見回した。まるで美術館にでも来たかのように、壁に飾られている桜の一輪挿しや天井から吊り下がっている照明などを鑑賞している。
日向子とマネージャーらしき女性も彼女に付き合い、立ったまま待っていた。
「ご注文はいかがしましょうか?」
由良がマネージャーらしき女性に尋ねると、女性が口を開くより先に、女優帽の彼女が窓際の椅子に腰を下ろしつつ答えた。
「私、桜紅茶。ホットで。あと、桜のカステラも頂戴」
「じゃあ、私達はコーヒーで」
続けて日向子が注文すると「ダメよ」と女優帽の彼女に却下された。
「近くにコーヒーなんてあったら、紅茶の香りを楽しめないじゃない。貴方達も同じものにしなさい」
「は、はぁ」
日向子は由良にだけ見えるように顔をしかめつつ、「桜紅茶、二つ追加で」と注文を変更した。
(……日向子も大変ね。いつものあの子なら何を言われても絶対、自分の意見を曲げないのに)
由良は心の中で日向子を労った。
と同時に、女優帽の彼女の言い分も分からないでもなかった。コーヒーは匂いが強い……桜紅茶の柔らかな香りをかき消し、店内を瞬く間にコーヒーでいっぱいにしてしまう。
(まさか、貸切にしたのって桜紅茶の香りを楽しむため? いや……まさかね)
由良は桜紅茶を作りに、キッチンへ戻った。
一方、日向子はマネージャーらしき女性と共に女優帽の彼女の対面の席に座り、取材を始めた。
「では早速、インタビューを始めさせて頂きます」
「手短にお願いね。余った時間で紅茶とカステラを楽しみたいから」
女優帽の彼女は帽子を脱ぎ、日向子に釘を刺した。
その顔を目にした瞬間、由良は「あっ」と思わず声を漏らした。彼女は紅葉谷が脚本を務めた映画「桜花妖」の主演女優、扇華恋だった。
ただ、彼女の髪は映画のポスターのような黒ではなく、鮮やかな桜色をしていた。長さも、肩につかないほど短く切っており、ポスターの印象とは全く異なっていた。
(……紅葉谷さん、せっかく褒めてたのに残念ね。聞いたら、腰抜かすんじゃないかしら)
ふいに、扇と目があった。扇は日向子からの質問に答えつつ、ジッと由良を観察していた。
やがて何かをつかんだのか、満足げに薄く笑むと、再び日向子に視線を向け、残りの質問に答えていった。
(……早く注文の品を持って来いって意味か?)
由良は扇の真意をつかめぬまま、注文された商品を作り、テーブルへ運んでいった。
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