心の落とし物

緋色刹那

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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』

第一話「サクラ咲く喫茶店」⑴

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 冬が終わり、表の街路樹が色鮮やかな新芽を芽吹かせた春の始め。
 由良は客足が落ち着いたのを見計らい、カウンター席に座って紅茶を嗜んでいた。客席側に体を向け、何かを見上げてホッと息をつく。
 紅茶の香りに混じり、ふんわりとした甘い匂いが店内に漂っていた。
「それ、桜紅茶ですか?」
 カウンターで店番をしていた中林は思わず鼻をひくつかせ、尋ねる。
 由良は振り返り、ニッと微笑んだ。
「そっ。せっかくこんなだから、楽しもうと思って。ほら、カップも桜でしょう? 去年のオータムフェスで見つけたのよ」
 そう言って由良が見せたのは、カップの表面と持ち手に桜の花びらが舞っている白磁のティーカップだった。飲み口や花びらのふちには金箔があしらわれており、高級感がある。
 カップの内側は花びらと同じ鮮やかな桜色にムラなく塗られ、中に注がれた紅茶がピンクがかって見えた。
「桜紅茶と言っても香りがつけてあるだけで、お茶の色は桜色じゃないなんてもったいないじゃない? でもこのティーカップに注げば、桜色の紅茶に見えるのよ」
「へぇー! まるで、桜紅茶のために作られたみたいですね。お客さんにも喜んでもらえそう」
「中林さんも飲む? 午後になったらまた忙しくなるだろうし、今のうちに休憩しましょう?」
「やった! ちょうど私も飲んでみたいと思ってたんですよねー、桜紅茶!」
 中林は待ってましたとばかりに由良と同じカップを棚から取り出し、桜紅茶を注いで隣の席に腰を下ろした。由良にならい、客席の方を向いて座った。
「はぁ、いい香り……本物の桜も早く咲くといいですね」
「来週には満開になるそうよ。花見がてら、洋燈公園にキッチンカーで出張しましょうか?」
「いいですね、それ! 桜を見ながらお仕事できるなんて最高! きっと、お客さんも喜びますよ!」
「……その割には見えてないのね」
「? 何がです?」
 由良は客席の天井を指し示した。いつもと変わらず、豆電球を模した照明が垂れ下がっている。
「天井がどうかしたんですか?」
「桜」
「桜?」
 由良は頷いた。
「私の目には、そこに桜があるように見える」
 どっしりとした太い幹、四方八方へ伸びた枝、天井を覆い尽くさんばかりに咲きほこる満開の花、優雅に舞い散り、空中で何度もひるがえりつつ、フローリングの床へ緩やかに着地する花びら……なんとも立派で美しい桜の木がLAMPの床を突き破り、堂々と生えていた。
 エアコンの風に揺られ、サワサワと音を立ててそよいでいる。散った花びらが由良のティーカップの中へ落ち、川面のように紅茶の上に浮かんだ。
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