58 / 314
冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』
第五話「真冬の寂しがり屋」⑵
しおりを挟む
由良は女子高生から話を聞くため、「雪が本降りになってきたから」と彼女をLAMPへ招いた。
よくよく見ると、彼女は最近LAMPへ頻繁に通いに来ている常連客だった。特別親しいわけではないが、初回のヒュッゲに参加したり、中林と商品について語り合ったりしているのを、由良は覚えていた。
(学校帰りにLAMPに寄ってるって言ってたけど、こんな遠い駅から通っていたのね)
由良はアクセントにコーヒーがほんの少し入っているココアに、雪だるまの形を象った特注のマシュマロを浮かべ、カウンター席に座っている女子高生の前に出した。
「どうぞ」
女子高生は雪だるまのマシュマロを見るなり、喜びの声を上げた。
「わぁ、雪ちゃんだ! 可愛い!」
「……雪ちゃん?」
既視感のある呼び方に、由良は眉をひそめる。
以前、女子高生と同じように、雪だるまのことを「雪ちゃん」と呼ぶ少女に会ったことがある。結局、その少女は〈探し人〉だったのだが、少女の本体らしき人物とは、未だに会えていなかった。
「雪だるま、お好きなんですか?」
「もっちろん! 雪ちゃんはですねぇ、白くて、まん丸で……冷たいのに、温かいんです! 昔はよく、お父さんに作ってもらっていました。自分で作ろうとしたこともあったんですけど、なかなか上手く作れなかったんですよねー。さすがに今はプロ級の腕前ですが」
女子高生はあの少女と同じように瞳をキラキラさせ、雪だるまについて語った。すかさずスマホのカメラを向け、ココアを激写する。
特徴的な雪だるまの表現、昔は父親に作ってもらっており、自分では上手く作れなかったという過去……間違いなく、あの少女は彼女の過去の姿だった。しかし念のため、由良は女子高生の名前を確認した。
「そう言えば、お名前は何て仰るんでしたっけ?」
「雪ちゃんのですか?」
「いえ、貴方の」
女子高生は不思議そうに目をパチクリさせ、答えた。
「私は玉置真冬と言います。洋燈高校に通っている、高校一年生です!」
「……真冬さん、ですか。素敵なお名前ですね」
「よく言われますー。冬生まれにピッタリだねって!」
女子高生、もとい真冬は、まふゆによく似た顔で笑った。
「それで、どうしてこんな夜遅くに駅で寝ていらっしゃったんです? 親御さんが心配しますよ」
すると途端に、真冬はシュンと元気を無くした。
「親はいません。この近くのアパートで、一人暮らししてるんです」
話によると、真冬は親の仕事の都合で、小学校卒業を機に県外へ引っ越したのだという。
生まれ育った洋燈町を離れ、仲の良かった友達と別れるのは、大変寂しかった。新しい土地に馴染み、中学で友達が出来ても、「高校は洋燈町の高校に進学して、一人暮らしする!」と決めていた。
「それで今年、念願叶って洋燈高校に進学し、一人暮らしを始めました。本当は洋燈町に住みたかったんですけど、何処も家賃が高くて、予算オーバーでした。まぁ、毎日洋燈町に行けるので、住めなくてもいいんですけどね。問題は、自分が重度の寂しがり屋だと忘れていたことでした」
「……そんな大事なこと、忘れるもんなんですか?」
「忘れるもんなんです。いわゆる、ヒトリグラシーズ=ハイというやつですね」
真冬は神妙な顔で頷いた。
「一人暮らしへの期待とワクワク感でテンションが上がって、肝心なミスに気づかないんですよ。しかも私の場合、それに気づいたのは冬を目前にした十一月の末でした」
「遅っ」
十一月の末、真冬は学校から雪ヶ原にある自宅へ帰るため、一人電車に揺られていた。高校の友人は洋燈町に住んでいるため、駅までしか一緒に帰れなかった。
その日は秋にしては風が冷たく、冬の訪れを感じる日だった。真冬もその変化には気づいていたが、「もう冬かぁ」と思うくらいで、特段気にしてはいなかった。
しかし、雪ヶ原の駅に降り立った時、一際冷たい夜風が彼女に吹きつけた。一瞬にして体温を奪い、身を凍らせるような風、帰り道は暗く、果てのない闇が広がっているように見えた。
「私は寂しさと恐怖で足がすくみそうになりながらも、必死で風の中を走りました。走って、走って……やっとの思いでアパートの部屋のドアを開けると、部屋は外よりもっと暗くて、冷え切っていました。その瞬間、私は猛烈に心細くなり、自分が寂しがり屋であることを自覚したのです」
よくよく見ると、彼女は最近LAMPへ頻繁に通いに来ている常連客だった。特別親しいわけではないが、初回のヒュッゲに参加したり、中林と商品について語り合ったりしているのを、由良は覚えていた。
(学校帰りにLAMPに寄ってるって言ってたけど、こんな遠い駅から通っていたのね)
由良はアクセントにコーヒーがほんの少し入っているココアに、雪だるまの形を象った特注のマシュマロを浮かべ、カウンター席に座っている女子高生の前に出した。
「どうぞ」
女子高生は雪だるまのマシュマロを見るなり、喜びの声を上げた。
「わぁ、雪ちゃんだ! 可愛い!」
「……雪ちゃん?」
既視感のある呼び方に、由良は眉をひそめる。
以前、女子高生と同じように、雪だるまのことを「雪ちゃん」と呼ぶ少女に会ったことがある。結局、その少女は〈探し人〉だったのだが、少女の本体らしき人物とは、未だに会えていなかった。
「雪だるま、お好きなんですか?」
「もっちろん! 雪ちゃんはですねぇ、白くて、まん丸で……冷たいのに、温かいんです! 昔はよく、お父さんに作ってもらっていました。自分で作ろうとしたこともあったんですけど、なかなか上手く作れなかったんですよねー。さすがに今はプロ級の腕前ですが」
女子高生はあの少女と同じように瞳をキラキラさせ、雪だるまについて語った。すかさずスマホのカメラを向け、ココアを激写する。
特徴的な雪だるまの表現、昔は父親に作ってもらっており、自分では上手く作れなかったという過去……間違いなく、あの少女は彼女の過去の姿だった。しかし念のため、由良は女子高生の名前を確認した。
「そう言えば、お名前は何て仰るんでしたっけ?」
「雪ちゃんのですか?」
「いえ、貴方の」
女子高生は不思議そうに目をパチクリさせ、答えた。
「私は玉置真冬と言います。洋燈高校に通っている、高校一年生です!」
「……真冬さん、ですか。素敵なお名前ですね」
「よく言われますー。冬生まれにピッタリだねって!」
女子高生、もとい真冬は、まふゆによく似た顔で笑った。
「それで、どうしてこんな夜遅くに駅で寝ていらっしゃったんです? 親御さんが心配しますよ」
すると途端に、真冬はシュンと元気を無くした。
「親はいません。この近くのアパートで、一人暮らししてるんです」
話によると、真冬は親の仕事の都合で、小学校卒業を機に県外へ引っ越したのだという。
生まれ育った洋燈町を離れ、仲の良かった友達と別れるのは、大変寂しかった。新しい土地に馴染み、中学で友達が出来ても、「高校は洋燈町の高校に進学して、一人暮らしする!」と決めていた。
「それで今年、念願叶って洋燈高校に進学し、一人暮らしを始めました。本当は洋燈町に住みたかったんですけど、何処も家賃が高くて、予算オーバーでした。まぁ、毎日洋燈町に行けるので、住めなくてもいいんですけどね。問題は、自分が重度の寂しがり屋だと忘れていたことでした」
「……そんな大事なこと、忘れるもんなんですか?」
「忘れるもんなんです。いわゆる、ヒトリグラシーズ=ハイというやつですね」
真冬は神妙な顔で頷いた。
「一人暮らしへの期待とワクワク感でテンションが上がって、肝心なミスに気づかないんですよ。しかも私の場合、それに気づいたのは冬を目前にした十一月の末でした」
「遅っ」
十一月の末、真冬は学校から雪ヶ原にある自宅へ帰るため、一人電車に揺られていた。高校の友人は洋燈町に住んでいるため、駅までしか一緒に帰れなかった。
その日は秋にしては風が冷たく、冬の訪れを感じる日だった。真冬もその変化には気づいていたが、「もう冬かぁ」と思うくらいで、特段気にしてはいなかった。
しかし、雪ヶ原の駅に降り立った時、一際冷たい夜風が彼女に吹きつけた。一瞬にして体温を奪い、身を凍らせるような風、帰り道は暗く、果てのない闇が広がっているように見えた。
「私は寂しさと恐怖で足がすくみそうになりながらも、必死で風の中を走りました。走って、走って……やっとの思いでアパートの部屋のドアを開けると、部屋は外よりもっと暗くて、冷え切っていました。その瞬間、私は猛烈に心細くなり、自分が寂しがり屋であることを自覚したのです」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる