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冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』
第二話「ユキの幻」⑴
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雪が降ってもおかしくないほど、冷え込んだ夜。
閉店後のLAMPに、見知った客がやって来た。
「こんばんは、添野さん」
現れたのは、秋に知り合って以来、すっかりLAMPの常連になった伊調だった。
冬になっても変わらず、大好きなイチョウの葉を意識し、全身黄色い衣服で身を包んでいる。黄色い毛皮の帽子に、イチョウのブローチをつけた黄色いマフラー、黄色い手袋、黄色いコート、タータンチェックの黄色いロングスカート、黄色い紐が編み込まれたコゲ茶色のブーツ……それぞれ微妙に色合いが違っているせいか、不思議と全体的にまとまって見えた。
「いらっしゃいませ、伊調さん。どうぞ、お好きな席へ」
由良は閉店後にも関わらず、にこやかに伊調を迎え入れた。
伊調だけではない。その後も数人の女性客がLAMPを訪れ、ワクワクした様子で店内へ入っていった。
中には未成年である女子高生二人組の客もおり、母親らしき中年の女性が付き添っていた。
「楽しみだね、ヒュッゲ!」
「ね! 加藤ちゃんのお母さんが一緒に参加してくれて助かったよー。未成年は親同伴じゃないと参加出来ないんだもん」
「私も一緒に来れて良かったわ。今夜は思いっきり羽根が伸ばせそう」
ヒュッゲとは、デンマーク語で「居心地がいい空間」や「楽しい時間」のことを指す、まったりとした時間を過ごす習慣のことである。
LAMPでも女性限定の予約制で、ヒュッゲを楽しむイベントを開催することになった。
店内は照明が落とされ、代わりにカラフルな色のアロマキャンドルやオシャレな間接照明で暖かく照らされている。ゆったりとくつろげるよう、一部の机と椅子を退けてカーペットを敷き、ビーズクッションやハンモックを設置した。
「私、読み溜めてた小説、何冊か持ってきたんだー。加藤ちゃんは?」
「私はお菓子、持ってきたよ。手作りのミルクマカロン」
「美味しそー! 絶対、ここのカフェオレと合うじゃん! すみません、カフェオレ二つ下さい!」
「かしこまりました」
店内のスピーカーからピアノの音が静かに流れる中、参加者達は思い思いに夜を過ごす。
持ってきた本を読んだり、注文した飲み物を飲んだり、他の客に邪魔にならないよう、小声で会話したり……各々、充実したヒュッゲを過ごしていた。
由良と中林も客達をもてなしつつ、時折音楽に耳を傾けたり、アロマキャンドルの香りに癒されたりして、普段の忙しない店内とは異なる、ゆったりとした時間を体感していた。
「こういうLAMPも、なんかいいですね。本音を言えばお客さん側に回りたかったですけど、これなら仕事をしながらでも癒されそうです」
「そうね。うっかり寝そうになるわ」
ふと、中林はここにはいない常連客のことを思い出した。
「そういえば紅葉谷さん、ヒュッゲに来られなくて残念でしたね」
「仕方ないわよ。防犯上の理由で、女性限定って決めたんだから。〆切で忙しいって言ってたし、ちょうどいいんじゃない?」
紅葉谷も伊調と同じ秋頃に常連になった男性客で、かつては名のある賞にノミネートされたこともある作家だった。
紆余曲折あって仕事に復帰したものの、毎日多忙な日々を送っているらしく、ほとんど部屋から出なくなってしまった。ここのところ、LAMPにも顔を出していない。
「次は男性限定ヒュッゲ、やりますかね?」
「んー……面白そうだけど、紅葉谷さんくらいしか来なさそうじゃない? どっちかと言うと、カップル限定の方が参加者増えそう」
「確かに! クリスマスやバレンタインにピッタリかも!」
新たに浮上したプランに、中林の表情がパッと明るくなる。彼女は何か新しいことをやるとなると、途端にやる気が上がるのだった。
由良も「いいわね、それ」と中林の意見に賛同する。
客達がヒュッゲに癒される中、二人の店員は次なるヒュッゲに向け、白熱した企画会議を静かに展開させていった。
閉店後のLAMPに、見知った客がやって来た。
「こんばんは、添野さん」
現れたのは、秋に知り合って以来、すっかりLAMPの常連になった伊調だった。
冬になっても変わらず、大好きなイチョウの葉を意識し、全身黄色い衣服で身を包んでいる。黄色い毛皮の帽子に、イチョウのブローチをつけた黄色いマフラー、黄色い手袋、黄色いコート、タータンチェックの黄色いロングスカート、黄色い紐が編み込まれたコゲ茶色のブーツ……それぞれ微妙に色合いが違っているせいか、不思議と全体的にまとまって見えた。
「いらっしゃいませ、伊調さん。どうぞ、お好きな席へ」
由良は閉店後にも関わらず、にこやかに伊調を迎え入れた。
伊調だけではない。その後も数人の女性客がLAMPを訪れ、ワクワクした様子で店内へ入っていった。
中には未成年である女子高生二人組の客もおり、母親らしき中年の女性が付き添っていた。
「楽しみだね、ヒュッゲ!」
「ね! 加藤ちゃんのお母さんが一緒に参加してくれて助かったよー。未成年は親同伴じゃないと参加出来ないんだもん」
「私も一緒に来れて良かったわ。今夜は思いっきり羽根が伸ばせそう」
ヒュッゲとは、デンマーク語で「居心地がいい空間」や「楽しい時間」のことを指す、まったりとした時間を過ごす習慣のことである。
LAMPでも女性限定の予約制で、ヒュッゲを楽しむイベントを開催することになった。
店内は照明が落とされ、代わりにカラフルな色のアロマキャンドルやオシャレな間接照明で暖かく照らされている。ゆったりとくつろげるよう、一部の机と椅子を退けてカーペットを敷き、ビーズクッションやハンモックを設置した。
「私、読み溜めてた小説、何冊か持ってきたんだー。加藤ちゃんは?」
「私はお菓子、持ってきたよ。手作りのミルクマカロン」
「美味しそー! 絶対、ここのカフェオレと合うじゃん! すみません、カフェオレ二つ下さい!」
「かしこまりました」
店内のスピーカーからピアノの音が静かに流れる中、参加者達は思い思いに夜を過ごす。
持ってきた本を読んだり、注文した飲み物を飲んだり、他の客に邪魔にならないよう、小声で会話したり……各々、充実したヒュッゲを過ごしていた。
由良と中林も客達をもてなしつつ、時折音楽に耳を傾けたり、アロマキャンドルの香りに癒されたりして、普段の忙しない店内とは異なる、ゆったりとした時間を体感していた。
「こういうLAMPも、なんかいいですね。本音を言えばお客さん側に回りたかったですけど、これなら仕事をしながらでも癒されそうです」
「そうね。うっかり寝そうになるわ」
ふと、中林はここにはいない常連客のことを思い出した。
「そういえば紅葉谷さん、ヒュッゲに来られなくて残念でしたね」
「仕方ないわよ。防犯上の理由で、女性限定って決めたんだから。〆切で忙しいって言ってたし、ちょうどいいんじゃない?」
紅葉谷も伊調と同じ秋頃に常連になった男性客で、かつては名のある賞にノミネートされたこともある作家だった。
紆余曲折あって仕事に復帰したものの、毎日多忙な日々を送っているらしく、ほとんど部屋から出なくなってしまった。ここのところ、LAMPにも顔を出していない。
「次は男性限定ヒュッゲ、やりますかね?」
「んー……面白そうだけど、紅葉谷さんくらいしか来なさそうじゃない? どっちかと言うと、カップル限定の方が参加者増えそう」
「確かに! クリスマスやバレンタインにピッタリかも!」
新たに浮上したプランに、中林の表情がパッと明るくなる。彼女は何か新しいことをやるとなると、途端にやる気が上がるのだった。
由良も「いいわね、それ」と中林の意見に賛同する。
客達がヒュッゲに癒される中、二人の店員は次なるヒュッゲに向け、白熱した企画会議を静かに展開させていった。
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