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冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』
第一話「酔客のコイブミ」⑶
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懐かしい名前に、由良は思わず息を呑んだ。
「そうか……貴方は、おじいちゃんのお客さんだったんですね」
「?」
男性は言われている意味が分からないのか、不思議そうに首を傾げる。
よく見れば、男性の服装は何処か古めかしいデザインだった。
「少し待っていて下さい。今、手紙を持ってきますから」
「えっ、あるんですか?!」
あれだけ探してもなかった物が、急にあると言われ、男性は混乱する。
「えぇ。祖父は物持ちが良かったもので」
由良は男性を店で待たせ、二階にある自室へと向かった。
やがて、由良は大きな段ボール箱を抱え、店に戻ってきた。
「お待たせしました。たぶん、この中にあると思います」
テーブルの上に置き、箱を開く。
中には大量の手紙が何枚かに分けてヒモで束ねられ、箱いっぱいに詰まっていた。
「こ、これは?」
「落とし物です。『純喫茶 懐虫電燈』の。本当はもっといっぱいあったんですけど、祖父が亡くなるギリギリまで持ち主を探して、ここまで数を減らしてくれました。当時を知らない私が持ち主を探し当てるのは難しいし、かと言って破棄するのは心苦しいしで、なんとなく保管していたのです。見つかって良かった」
由良はヒモを外し、一枚一枚丁寧に手紙を確認する。男性は他の人の手紙に手を触れるわけにはいかず、静かに由良の手元を見守っていた。
いくつかの束を確認した頃、一枚の封筒が目の前に現れ、男性は思わず「あっ!」と指差した。
「これです! これ!」
それは男性が話していた封筒とは、若干異なっていた。
過ぎた時間の分だけ黄ばんだ、無地の白い封筒に、これまた色あせた樹氷の切手が貼られていた。澄み切っていた青空はかすかに青みを帯びているだけで、ほとんど封筒の色と変わらなくなっていた。樹氷も、かつては純白だったはずが、今はうっすら黄みがかっている。
唯一、当時と変わらなかったのは、黒いインクで書かれた名前だった。
宛名は雪山行雄、差出人は氷室霧花。万年筆を使い、書き殴るように記されている。これを書いた人物は、よほど感情が昂っていたのだろうと窺い知れた。
「良かったー! 見つからないと思ってましたよ!」
男性は嬉しそうに顔を綻ばせる。その喜びようを見るに、彼の目には当時のものと変わらない姿の封筒が見えているのかもしれないと由良は思った。
男性は手紙を受け取り、封筒を開く。封は既に、ペーパーナイフで丁寧に切られていた。手紙の中身は既に読んだと言っていたから、男性が自分で開けたのだろう。
しかし中を見た瞬間、男性の笑顔が固まった。
「……ない」
「え?」
男性は封筒の口を開いたまま、由良に中を見せる。
確かに、封筒の中はカラだった。手紙どころか、紙片すら見当たらない。
「嘘……」
由良は封筒の中を確認し、青ざめた。
「他の封筒の中に紛れ込んでるのかもしれません。手分けして探しましょう」
「わ、分かりました」
由良の承諾を得、男性も他の封筒の中身を確かめる。
日付が変わった頃にようやく、全ての手紙を確認し終えたが、紛れ込んではいなかった。段ボール箱の隙間なども見たが、挟まってはいなかった。
「そんな……肝心の手紙がないなんて」
男性は残念そうに、肩を落とす。
由良も「このままでは彼が店に居着いてしまう」と危惧した。
祖父が残した手紙の中から封筒が見つかった以上、男性が〈探し人〉だということは確定している。
おそらく彼は、今日LAMPで手紙を落としたのではなく、もっと前に喫茶 懐虫電燈で手紙を落としていたのだろう。店を間違えたのは、彼の主人がLAMPに対し、懐虫電燈の面影を見たからかもしれない。
〈探し人〉は心の落とし物が見つかるまで、消えることはない。祖父の客を無碍に扱いたくはなかったが、このまま店に居つかれると仕事にならない。出来れば、なんとかして手紙を見つけたかった。
(懐虫電燈の残りの荷物は全部、珠緒が引き取ってるはず。もしかしたら店にも手紙が残ってるのかも)
由良は珠緒に連絡を取ろうと、ポケットからスマホを取り出す。
と言うのも、珠緒が洋燈商店街で営んでいる骨董屋玉虫匣の建物は元々、純喫茶 懐虫電燈を買い取り、改装したもので、当時店内に残っていた調度品や家具なども一緒に売り払われていた。もしかしたら他にも手紙の落とし物があって、玉虫匣に引き取られたのかもしれない。
由良が珠緒に電話をかけようとしたその時、男性が由良のスマホを見て、「あっ!」と声を上げた。
「思い出した! 手紙の在り処!」
「本当ですか? 何処です?」
由良は手を止め、尋ねる。
男性は店の隅に置かれた、モダンなゴミ箱を指差し、言った。
「捨てたんですよ! 懐虫電燈のご主人に助言されて、駅のゴミ箱にヒョイっと!」
「そうか……貴方は、おじいちゃんのお客さんだったんですね」
「?」
男性は言われている意味が分からないのか、不思議そうに首を傾げる。
よく見れば、男性の服装は何処か古めかしいデザインだった。
「少し待っていて下さい。今、手紙を持ってきますから」
「えっ、あるんですか?!」
あれだけ探してもなかった物が、急にあると言われ、男性は混乱する。
「えぇ。祖父は物持ちが良かったもので」
由良は男性を店で待たせ、二階にある自室へと向かった。
やがて、由良は大きな段ボール箱を抱え、店に戻ってきた。
「お待たせしました。たぶん、この中にあると思います」
テーブルの上に置き、箱を開く。
中には大量の手紙が何枚かに分けてヒモで束ねられ、箱いっぱいに詰まっていた。
「こ、これは?」
「落とし物です。『純喫茶 懐虫電燈』の。本当はもっといっぱいあったんですけど、祖父が亡くなるギリギリまで持ち主を探して、ここまで数を減らしてくれました。当時を知らない私が持ち主を探し当てるのは難しいし、かと言って破棄するのは心苦しいしで、なんとなく保管していたのです。見つかって良かった」
由良はヒモを外し、一枚一枚丁寧に手紙を確認する。男性は他の人の手紙に手を触れるわけにはいかず、静かに由良の手元を見守っていた。
いくつかの束を確認した頃、一枚の封筒が目の前に現れ、男性は思わず「あっ!」と指差した。
「これです! これ!」
それは男性が話していた封筒とは、若干異なっていた。
過ぎた時間の分だけ黄ばんだ、無地の白い封筒に、これまた色あせた樹氷の切手が貼られていた。澄み切っていた青空はかすかに青みを帯びているだけで、ほとんど封筒の色と変わらなくなっていた。樹氷も、かつては純白だったはずが、今はうっすら黄みがかっている。
唯一、当時と変わらなかったのは、黒いインクで書かれた名前だった。
宛名は雪山行雄、差出人は氷室霧花。万年筆を使い、書き殴るように記されている。これを書いた人物は、よほど感情が昂っていたのだろうと窺い知れた。
「良かったー! 見つからないと思ってましたよ!」
男性は嬉しそうに顔を綻ばせる。その喜びようを見るに、彼の目には当時のものと変わらない姿の封筒が見えているのかもしれないと由良は思った。
男性は手紙を受け取り、封筒を開く。封は既に、ペーパーナイフで丁寧に切られていた。手紙の中身は既に読んだと言っていたから、男性が自分で開けたのだろう。
しかし中を見た瞬間、男性の笑顔が固まった。
「……ない」
「え?」
男性は封筒の口を開いたまま、由良に中を見せる。
確かに、封筒の中はカラだった。手紙どころか、紙片すら見当たらない。
「嘘……」
由良は封筒の中を確認し、青ざめた。
「他の封筒の中に紛れ込んでるのかもしれません。手分けして探しましょう」
「わ、分かりました」
由良の承諾を得、男性も他の封筒の中身を確かめる。
日付が変わった頃にようやく、全ての手紙を確認し終えたが、紛れ込んではいなかった。段ボール箱の隙間なども見たが、挟まってはいなかった。
「そんな……肝心の手紙がないなんて」
男性は残念そうに、肩を落とす。
由良も「このままでは彼が店に居着いてしまう」と危惧した。
祖父が残した手紙の中から封筒が見つかった以上、男性が〈探し人〉だということは確定している。
おそらく彼は、今日LAMPで手紙を落としたのではなく、もっと前に喫茶 懐虫電燈で手紙を落としていたのだろう。店を間違えたのは、彼の主人がLAMPに対し、懐虫電燈の面影を見たからかもしれない。
〈探し人〉は心の落とし物が見つかるまで、消えることはない。祖父の客を無碍に扱いたくはなかったが、このまま店に居つかれると仕事にならない。出来れば、なんとかして手紙を見つけたかった。
(懐虫電燈の残りの荷物は全部、珠緒が引き取ってるはず。もしかしたら店にも手紙が残ってるのかも)
由良は珠緒に連絡を取ろうと、ポケットからスマホを取り出す。
と言うのも、珠緒が洋燈商店街で営んでいる骨董屋玉虫匣の建物は元々、純喫茶 懐虫電燈を買い取り、改装したもので、当時店内に残っていた調度品や家具なども一緒に売り払われていた。もしかしたら他にも手紙の落とし物があって、玉虫匣に引き取られたのかもしれない。
由良が珠緒に電話をかけようとしたその時、男性が由良のスマホを見て、「あっ!」と声を上げた。
「思い出した! 手紙の在り処!」
「本当ですか? 何処です?」
由良は手を止め、尋ねる。
男性は店の隅に置かれた、モダンなゴミ箱を指差し、言った。
「捨てたんですよ! 懐虫電燈のご主人に助言されて、駅のゴミ箱にヒョイっと!」
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