心の落とし物

緋色刹那

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冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』

第一話「酔客のコイブミ」⑵

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「そんなに大切な手紙なのに、どうして失くしてしまったんです?」
 由良は思わず、踏み込んだ質問をした。手紙の差し出し人が女性と知り、つい気になってしまったのだ。
 すぐに「店員として、やってはいけない行動」だと気づき、「申し訳ありません。忘れて下さい」と男性に謝った。
(完っ全に、日向子と中林さんの影響を受けてるな……)
 諸悪の根源である二人のゴシップ好きが、頭の中で「おいで、おいで」と手招きしてくる。
 由良はかぶりを振り、二人を頭の中から追い出した。
 すると男性は笑って言った。
「構いませんよ。私も同じことを思っていましたから」
 その顔は、笑っているのにどこか寂しげだった。

 男性は由良と一緒に店内を捜索しながら、手紙を受け取ってから手放すまでの経緯を話した。
「あの手紙は付き合ってる彼女から送られた、別れの手紙だったんです。今朝、ポストに投函されていて……昨日、出張前の最後のデートをしたばかりだったので、すごくショックでした。何が気に食わなかったのか、どうしたら彼女に許してもらえるのか……この店で考えるうちに、酒がどんどん進んで、次第に酔いが回って行きました。店を追い出された後も、フラフラになりながら、何軒か居酒屋をハシゴしました。そして気がついたら、手紙を何処かに置いてきたまま、自宅の玄関で寝ていたんです」
「……それ、彼女さんが聞いたら、絶対に怒られますよ」
 あまりの身勝手さに、由良は顔をしかめる。
 男性も「面目ない」と申し訳なさそうに肩を落とした。
「他に行った店は全て回りましたが、見つかりませんでした。だから絶対、ここにあるはずなんです!」
 男性は手紙が入るかどうかも怪しい、ほんの少しの隙間をも覗きこみ、手紙を探す。完全にLAMPに手紙が落ちていると確信を持って、探しているらしかった。
 由良も男性の気持ちを汲み、客が入れないカウンターの中やバックヤード、持ち主の分からない落とし物が集められた段ボール箱の中、果ては今日のゴミを集めた袋の中などを隈なく探した。
 しかしいくら探しても、それらしい手紙は見つからなかった。そもそも手紙の落とし物が、一通もなかった。
「スマホでのメッセージのやり取りが主流になって、わざわざ手紙を送る機会が減ったからなんでしょうね。万が一、コーヒーなんかで手紙が汚れたら困るし」
 由良は何気なくこぼした独り言に、ハッとした。
 LAMPは女性客が大半で、男性客は比較的少ない。
 ましてや、一人で来店する客など、常連の某チリアクタ賞作家くらいしか思いつかない。いくら店が多忙でも、どんな客だったか記憶には残っているはずだ。
 だが、由良は男性が来店していたことを知らなかった。先程、店の前で会ったのが初対面だった。
 しかも男性は「店から追い出された」と言っていたが、由良も他の従業員もそんな失礼なことは今までしたことがない。ありがたいことに、そのような実力行使に出ざるを得ない場面には一度も遭遇したことがなかった。
(もしかしてあのお客さん、〈探し人〉?)
 由良はバックヤードから顔を出し、男性の様子を窺う。
 男性は「無いなぁ」と床に這いつくばり、必死に手紙を探していた。由良の目には、普通の人間と変わらないように見えた。
(……いや、きっと店を間違えてるだけよ。この一帯は駅が近いからか、似たような飲食店が密集してるし)
 由良はそう自分に言い聞かせ、男性の元へ歩み寄った。

「お客様。つかぬことをお聞きしますが、当店の名前をご存知ですか?」
「店の名前……ですか?」
 男性は虚をつかれたような表情を浮かべ、顔を上げた。
「もちろん、知っていますよ。今日来たばかりなのに、忘れるはずないじゃないですか」
 男性は立ち上がると、堂々とある店の名前を口にした。
「『純喫茶 懐虫電燈』ですよね? あっ、冬の間は"純"が取れて、『喫茶 懐虫電燈』になるんでしたっけ?」
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