41 / 314
冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』
第一話「酔客のコイブミ」⑵
しおりを挟む
「そんなに大切な手紙なのに、どうして失くしてしまったんです?」
由良は思わず、踏み込んだ質問をした。手紙の差し出し人が女性と知り、つい気になってしまったのだ。
すぐに「店員として、やってはいけない行動」だと気づき、「申し訳ありません。忘れて下さい」と男性に謝った。
(完っ全に、日向子と中林さんの影響を受けてるな……)
諸悪の根源である二人のゴシップ好きが、頭の中で「おいで、おいで」と手招きしてくる。
由良はかぶりを振り、二人を頭の中から追い出した。
すると男性は笑って言った。
「構いませんよ。私も同じことを思っていましたから」
その顔は、笑っているのにどこか寂しげだった。
男性は由良と一緒に店内を捜索しながら、手紙を受け取ってから手放すまでの経緯を話した。
「あの手紙は付き合ってる彼女から送られた、別れの手紙だったんです。今朝、ポストに投函されていて……昨日、出張前の最後のデートをしたばかりだったので、すごくショックでした。何が気に食わなかったのか、どうしたら彼女に許してもらえるのか……この店で考えるうちに、酒がどんどん進んで、次第に酔いが回って行きました。店を追い出された後も、フラフラになりながら、何軒か居酒屋をハシゴしました。そして気がついたら、手紙を何処かに置いてきたまま、自宅の玄関で寝ていたんです」
「……それ、彼女さんが聞いたら、絶対に怒られますよ」
あまりの身勝手さに、由良は顔をしかめる。
男性も「面目ない」と申し訳なさそうに肩を落とした。
「他に行った店は全て回りましたが、見つかりませんでした。だから絶対、ここにあるはずなんです!」
男性は手紙が入るかどうかも怪しい、ほんの少しの隙間をも覗きこみ、手紙を探す。完全にLAMPに手紙が落ちていると確信を持って、探しているらしかった。
由良も男性の気持ちを汲み、客が入れないカウンターの中やバックヤード、持ち主の分からない落とし物が集められた段ボール箱の中、果ては今日のゴミを集めた袋の中などを隈なく探した。
しかしいくら探しても、それらしい手紙は見つからなかった。そもそも手紙の落とし物が、一通もなかった。
「スマホでのメッセージのやり取りが主流になって、わざわざ手紙を送る機会が減ったからなんでしょうね。万が一、コーヒーなんかで手紙が汚れたら困るし」
由良は何気なくこぼした独り言に、ハッとした。
LAMPは女性客が大半で、男性客は比較的少ない。
ましてや、一人で来店する客など、常連の某チリアクタ賞作家くらいしか思いつかない。いくら店が多忙でも、どんな客だったか記憶には残っているはずだ。
だが、由良は男性が来店していたことを知らなかった。先程、店の前で会ったのが初対面だった。
しかも男性は「店から追い出された」と言っていたが、由良も他の従業員もそんな失礼なことは今までしたことがない。ありがたいことに、そのような実力行使に出ざるを得ない場面には一度も遭遇したことがなかった。
(もしかしてあのお客さん、〈探し人〉?)
由良はバックヤードから顔を出し、男性の様子を窺う。
男性は「無いなぁ」と床に這いつくばり、必死に手紙を探していた。由良の目には、普通の人間と変わらないように見えた。
(……いや、きっと店を間違えてるだけよ。この一帯は駅が近いからか、似たような飲食店が密集してるし)
由良はそう自分に言い聞かせ、男性の元へ歩み寄った。
「お客様。つかぬことをお聞きしますが、当店の名前をご存知ですか?」
「店の名前……ですか?」
男性は虚をつかれたような表情を浮かべ、顔を上げた。
「もちろん、知っていますよ。今日来たばかりなのに、忘れるはずないじゃないですか」
男性は立ち上がると、堂々とある店の名前を口にした。
「『純喫茶 懐虫電燈』ですよね? あっ、冬の間は"純"が取れて、『喫茶 懐虫電燈』になるんでしたっけ?」
由良は思わず、踏み込んだ質問をした。手紙の差し出し人が女性と知り、つい気になってしまったのだ。
すぐに「店員として、やってはいけない行動」だと気づき、「申し訳ありません。忘れて下さい」と男性に謝った。
(完っ全に、日向子と中林さんの影響を受けてるな……)
諸悪の根源である二人のゴシップ好きが、頭の中で「おいで、おいで」と手招きしてくる。
由良はかぶりを振り、二人を頭の中から追い出した。
すると男性は笑って言った。
「構いませんよ。私も同じことを思っていましたから」
その顔は、笑っているのにどこか寂しげだった。
男性は由良と一緒に店内を捜索しながら、手紙を受け取ってから手放すまでの経緯を話した。
「あの手紙は付き合ってる彼女から送られた、別れの手紙だったんです。今朝、ポストに投函されていて……昨日、出張前の最後のデートをしたばかりだったので、すごくショックでした。何が気に食わなかったのか、どうしたら彼女に許してもらえるのか……この店で考えるうちに、酒がどんどん進んで、次第に酔いが回って行きました。店を追い出された後も、フラフラになりながら、何軒か居酒屋をハシゴしました。そして気がついたら、手紙を何処かに置いてきたまま、自宅の玄関で寝ていたんです」
「……それ、彼女さんが聞いたら、絶対に怒られますよ」
あまりの身勝手さに、由良は顔をしかめる。
男性も「面目ない」と申し訳なさそうに肩を落とした。
「他に行った店は全て回りましたが、見つかりませんでした。だから絶対、ここにあるはずなんです!」
男性は手紙が入るかどうかも怪しい、ほんの少しの隙間をも覗きこみ、手紙を探す。完全にLAMPに手紙が落ちていると確信を持って、探しているらしかった。
由良も男性の気持ちを汲み、客が入れないカウンターの中やバックヤード、持ち主の分からない落とし物が集められた段ボール箱の中、果ては今日のゴミを集めた袋の中などを隈なく探した。
しかしいくら探しても、それらしい手紙は見つからなかった。そもそも手紙の落とし物が、一通もなかった。
「スマホでのメッセージのやり取りが主流になって、わざわざ手紙を送る機会が減ったからなんでしょうね。万が一、コーヒーなんかで手紙が汚れたら困るし」
由良は何気なくこぼした独り言に、ハッとした。
LAMPは女性客が大半で、男性客は比較的少ない。
ましてや、一人で来店する客など、常連の某チリアクタ賞作家くらいしか思いつかない。いくら店が多忙でも、どんな客だったか記憶には残っているはずだ。
だが、由良は男性が来店していたことを知らなかった。先程、店の前で会ったのが初対面だった。
しかも男性は「店から追い出された」と言っていたが、由良も他の従業員もそんな失礼なことは今までしたことがない。ありがたいことに、そのような実力行使に出ざるを得ない場面には一度も遭遇したことがなかった。
(もしかしてあのお客さん、〈探し人〉?)
由良はバックヤードから顔を出し、男性の様子を窺う。
男性は「無いなぁ」と床に這いつくばり、必死に手紙を探していた。由良の目には、普通の人間と変わらないように見えた。
(……いや、きっと店を間違えてるだけよ。この一帯は駅が近いからか、似たような飲食店が密集してるし)
由良はそう自分に言い聞かせ、男性の元へ歩み寄った。
「お客様。つかぬことをお聞きしますが、当店の名前をご存知ですか?」
「店の名前……ですか?」
男性は虚をつかれたような表情を浮かべ、顔を上げた。
「もちろん、知っていますよ。今日来たばかりなのに、忘れるはずないじゃないですか」
男性は立ち上がると、堂々とある店の名前を口にした。
「『純喫茶 懐虫電燈』ですよね? あっ、冬の間は"純"が取れて、『喫茶 懐虫電燈』になるんでしたっけ?」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
鬼の閻火とおんぼろ喫茶
碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪
高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。
気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。
奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。
そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。
嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。
「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」
激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。
果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか?
ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。
地上の楽園 ~この道のつづく先に~
奥野森路
ライト文芸
実はすごく充実した人生だったんだ…最期の最期にそう思えるよ、きっと。
主人公ワクは、十七歳のある日、大好きな父親と別れ、生まれ育った家から、期待に胸をふくらませて旅立ちます。その目的地は、遥かかなたにかすかに頭を覗かせている「山」の、その向こうにあると言われている楽園です。
山を目指して旅をするという生涯を通して、様々な人との出会いや交流、別れを経験する主人公。彼は果たして、山の向こうの楽園に無事たどり着くことができるのでしょうか。
旅は出会いと別れの繰り返し。それは人生そのものです。
ノスタルジックな世界観、童話風のほのぼのとしたストーリー展開の中に、人の温かさ、寂しさ、切なさを散りばめ、生きる意味とは何かを考えてみました。
ようこそ燐光喫茶室へ
豊川バンリ
ライト文芸
招かれた者の前にだけ現れる、こぢんまりとした洋館ティーサロン「フォスフォレッセンス」。
温かみのあるアンティークなしつらえの店内は、まるで貴族の秘密のサロン室のよう。
青い瞳の老執事と、黒い長髪を艷やかに翻す若執事が、少し疲れてしまったあなたを優しくおもてなしします。
極上のスイーツと香り豊かなお茶を、当店自慢の百合の小庭をご覧になりながらお楽しみください。
※一話完結、不定期連載です。
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
出雲の駄菓子屋日誌
にぎた
ホラー
舞台は観光地としてと有名な熱海。
主人公の菅野真太郎がいる「出雲の駄菓子屋」は、お菓子の他にも、古く珍しい骨董品も取り扱っていた。
中には、いわくつきの物まで。
年に一度、夏に行われる供養式。「今年の供養式は穏便にいかない気がする」という言葉の通り、数奇な運命の糸を辿った乱入者たちによって、会場は大混乱へ陥り、そして謎の白い光に飲み込まれてしまう。
目を開けると、そこは熱海の街にそっくりな異界――まさに「死の世界」であった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる