心の落とし物

緋色刹那

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冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』

第一話「酔客のコイブミ」⑴

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 街路樹の葉がすっかり散り、体が凍てつくような冷たい風が街に吹き抜けている、真冬。
 LAMPで開店の準備をしていた由良がふいに、同じように準備をしていた中林に尋ねた。
「……うちの祖父が経営してた喫茶店の名前、知ってる?」
 中林はテーブルを拭きながら、「んーと」と記憶をたどり、答えた。
「確か、『純喫茶 懐虫電燈』ですよね? 懐中電灯の"中"を虫、"灯"を燈に変えた、オシャレだけど、キーボードで変換するのにちょっと面倒なお名前」
「面倒言うな。まぁ、私も思ってたけど」
「ですよね!」
 由良は咳払いし、改めて尋ねた。
「その『純喫茶 懐虫電燈』がね、冬の間だけ"純"の部分が店の広告で隠されて、『喫茶 懐虫電燈』になってたの。昔は何で隠してたのか分からなかったんだけど、大人になってこの仕事をするようになって、やっと理由に気づいたんだ。何でだったと思う?」
「たまたま広告で隠れてたんじゃないんですか?」
「ううん。ちゃんと意味はある」
 中林は窓枠を拭きながら「むむむ」としばらく悩んでいたが、答えが出る前に開店時間になってしまった。
 この寒い中、入口には既に常連の客が集まっていた。
「はい、時間切れ。喫茶店のアルバイトしてるなら、これくらいは分からなくちゃね」
 由良はメニュー表のある一部分を指差し、答えを明かした。
「正解は、冬の間だけお酒のメニューを出してたから。LAMPうちと同じようにね」
 由良が指差したのは、冬季限定の酒類のメニューだった。

 LAMPでは、冬季限定でホットサングリアや度数を低めに調整したカルーアミルク等、酒を含んだメニューを提供している。
 かつて喫茶店を運営していた由良の祖父が「これを飲んで、少しでも温まっていって欲しい」という想いから提供していたメニューを参考に、現代風にアレンジした。
 当然、未成年は注文不可。代わりに、それらのメニューに似せて作った、ノンアルコール飲料を用意した。
「ホットサングリア・ブランカ、二つ下さい。ノンアルコールの」
 ブレザーを着た女子高生が、カウンターに置かれたメニュー表を指差し、注文する。
 背伸びしたい年頃らしく、「なんか大人っぽい!」と同伴していた友人と盛り上がっていた。実際は、温めた白ブドウのジュースに、カットしたフルーツを入れただけの、サングリア風のフルーツジュースであったが、不思議と好評だった。
「かしこまりました。お好きな席でお待ち下さい」
 由良は少女達の夢を壊さぬよう、最後まで仕掛けを隠し、営業スマイルを貫いた。

 閉店間際、残っていた客を見送り、由良が看板を中へ仕舞おうとしていたその時、
「ちょっと待った!」
と、見知らぬ男が駆け寄ってきた。
 手で上から看板を押さえ、荒く白い息を吐く。寒さで、頬も耳も真っ赤になっていた。
「お店の中に手紙、落ちてませんでしたか?! とても大事なものなんです!」
「手紙……ですか?」
 由良は店内を振り返る。
 テーブルの上や床をざっと確認したが、手紙らしきものは落ちていなかった。もしかしたら、見つけにくいところに紛れてしまっているのかもしれない。
「探してみます。どのようなデザインのお手紙ですか?」
「どこにでも売ってそうな、無地の白い封筒に、樹氷の切手が貼られていました。澄み切った青空を背景に、樹氷が細長く白い枝を伸ばしている、美しい切手でしたよ。それから、宛名は雪山行雄ゆきやまゆくおで、差出人は氷室霧花ひむろきりかです」
「分かりました。そちらの席に座って、お待ちになっていて下さい」
 由良はカウンターの席を手で差し、男性に座るようすすめる。
 しかし男性は「座ってる暇なんてありません!」と座るのを拒み、自分も手紙を探し始めた。
「明日は出張で、朝一番の電車に乗らなくてはならないのです。だから早く見つけないと……」
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