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秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』
第五話「秋染川のマチビト」⑶
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LAMPの定休日、由良は紅葉谷の手がかりを探して、一人で秋染川の周辺を散策していた。登山ルートからは外れているため、周囲には誰もいない。
秋染川の景観は写真以上に美しく、思わず立ち止まって見入ってしまうほどだった。川沿いに生えた色鮮やかな紅葉が、風に吹かれ、サワサワと心地よい音を立てながら木を揺らし、葉を川へ散らす。葉は宙を舞いながら水面へ降り立ったかと思うと、そのまま透き通った川の水に押し流され、あっという間に目の前から去っていった。その光景は時の流れを思わせるようで、なんだか儚かった。
由良は川へ向かう前、秋染川がある山のふもとに住む村民に紅葉谷のことを尋ねた。出かける前に電話で日向子にも紅葉谷のことを尋ねてみたが、茅野倉以上の情報は得られなかったため、現地で情報を集めようと考えたのだ。
すると、数人の村民から「一、二ヶ月前にそれらしい男が山へ入っていくのを見かけた」「着の身着のままといった感じで、山へ出かけるには似つかわしくない和装だったから、覚えていた」との話を聞いた。何故その時止めなかったのだ、と由良は苦々しく思ったが、後から言っても仕方のないことだった。
川の上流に差し掛かった頃、由良は対岸の岩場に何かが引っかかっているのを見つけた。
「あれって……人?」
由良は岩から岩へ飛び、対岸へと渡る。近くで確認すると、それはやはり人であった。
うつ伏せで川に沈み、ぷかぷかと浮いている。服のすそが岩と岩の間に挟まった枯れ枝にひっかかり、なんとか流されずに済んでいた。山に似つかわしくない和装の男性で、特徴のある赤みがかかった茶色の髪をしていた。
「……まさか本当に死んでないでしょうね?」
由良は覚悟を決め、紅葉谷を岸へ引き上げた。背は由良よりもずっと高かったが、体重はかなり軽く、彼女の腕力でも労せず運べた。
かなり長く川に浸かっていたのか、紅葉谷の体は氷のように冷え切っていた。彼の体に触れただけで、指先が凍りついてしまいそうだった。
仰向けで岸へ寝かせ、畳んだタオルを枕代わりに頭の下へ敷いてやる。川に流されたのか、丸眼鏡はかけていなかったが、やはり彼は紅葉谷だった。
「チッ、意外と整った顔立ちしてるな……なんか癪」
由良は紅葉谷の頬をペチペチと叩き、「おい、起きろ」と声をかける。
しかし紅葉谷は目を覚ますどころか、そもそも息をしていなかった。
脈はあるので一応生きてはいるが、この状態で一、二ヶ月放置されていたとは、にわかには信じがたい。彼が本物の紅葉谷である可能性は、限りなくゼロに近かった。
「……救急車呼んでも、イタズラだと思われるんだろうなぁ」
由良は深く溜め息をつくと、会社に所属していた頃に講習で学んだ人工呼吸を紅葉谷に施した。
冷え切っていた紅葉谷の唇は、由良の唇と触れるたびに、温もりを取り戻していった。
秋染川の景観は写真以上に美しく、思わず立ち止まって見入ってしまうほどだった。川沿いに生えた色鮮やかな紅葉が、風に吹かれ、サワサワと心地よい音を立てながら木を揺らし、葉を川へ散らす。葉は宙を舞いながら水面へ降り立ったかと思うと、そのまま透き通った川の水に押し流され、あっという間に目の前から去っていった。その光景は時の流れを思わせるようで、なんだか儚かった。
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すると、数人の村民から「一、二ヶ月前にそれらしい男が山へ入っていくのを見かけた」「着の身着のままといった感じで、山へ出かけるには似つかわしくない和装だったから、覚えていた」との話を聞いた。何故その時止めなかったのだ、と由良は苦々しく思ったが、後から言っても仕方のないことだった。
川の上流に差し掛かった頃、由良は対岸の岩場に何かが引っかかっているのを見つけた。
「あれって……人?」
由良は岩から岩へ飛び、対岸へと渡る。近くで確認すると、それはやはり人であった。
うつ伏せで川に沈み、ぷかぷかと浮いている。服のすそが岩と岩の間に挟まった枯れ枝にひっかかり、なんとか流されずに済んでいた。山に似つかわしくない和装の男性で、特徴のある赤みがかかった茶色の髪をしていた。
「……まさか本当に死んでないでしょうね?」
由良は覚悟を決め、紅葉谷を岸へ引き上げた。背は由良よりもずっと高かったが、体重はかなり軽く、彼女の腕力でも労せず運べた。
かなり長く川に浸かっていたのか、紅葉谷の体は氷のように冷え切っていた。彼の体に触れただけで、指先が凍りついてしまいそうだった。
仰向けで岸へ寝かせ、畳んだタオルを枕代わりに頭の下へ敷いてやる。川に流されたのか、丸眼鏡はかけていなかったが、やはり彼は紅葉谷だった。
「チッ、意外と整った顔立ちしてるな……なんか癪」
由良は紅葉谷の頬をペチペチと叩き、「おい、起きろ」と声をかける。
しかし紅葉谷は目を覚ますどころか、そもそも息をしていなかった。
脈はあるので一応生きてはいるが、この状態で一、二ヶ月放置されていたとは、にわかには信じがたい。彼が本物の紅葉谷である可能性は、限りなくゼロに近かった。
「……救急車呼んでも、イタズラだと思われるんだろうなぁ」
由良は深く溜め息をつくと、会社に所属していた頃に講習で学んだ人工呼吸を紅葉谷に施した。
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