心の落とし物

緋色刹那

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秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』

第四話「イチョウの吹雪」⑶

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 伊調から一連の経緯を聞き、由良は感嘆の声を上げた。
中林あの子、こんな中で立ってて平気だったの? すごいな」
「感心なさっている場合じゃありません! あの時、私が"もっと葉っぱが散っていれば良かったのに"なんて望んだのが悪いのは分かっております。けれど、私にはどうすることも出来ないのです。お願いです、なんとかして下さい! ずっと柱にしがみついているせいで、もう腕がもたないんです!」
 伊調の言葉通り、彼女の手は真っ赤になっていた。
 風のせいで身なりも乱れ、来た時はきちんと整えられていた髪はボサボサになり、前髪に留められているイチョウのヘアピンは外れそうになっている。肩にかけていたストールに至っては何処かへ吹き飛ばされてしまったのか、なくなっていた。
「そう仰られても、私だってこんなケースは初めてですよ。本人が〈心の落とし物〉だと自覚していて、かつ目の前に〈心の落とし物〉がある。なのに、なんて」
 黄福寺の時も似たような状況だった。
 あの時は伊調が約束のイチョウを探し当てた瞬間、彼女の〈心の落とし物〉である少年は消えた。
 しかし今回は伊調本人が何度も〈心の落とし物〉を目視しているというのに、全く消える気配がない。それどころか、ますます威力を増していた。
「このまま消えなかったらどうしましょう?」
「私達がここから動けない以外、どうもしませんよ。常人には一切影響はないんですから。仮にここから脱出出来たとしても、もう二度と商店街へは入れないでしょうね」
「そんな……来年のオータムフェスにも来たいと思っていたのに」
 伊調は悲しそうに目を伏せる。
 どうやら由良がいない間に、ずいぶんオータムフェスを楽しんでいたらしい。由良も地元の人間として、そんな残念な目には遭わせたくないと思っていた。
「一旦、この場を離れましょう。中林に頼んで、車を回してもらいます」
 由良は商店街へ目を向け、中林を探す。
 オータムフェスは夕方までの開催であるため、残っている客は少ない。だが、目の前を吹き荒れる葉が邪魔で、中林の姿を捉えることは出来なかった。
「ったく、あの子は何処まで探しに行ったんだか……まさか、店まで戻ってないでしょうね?」
 由良は吹き飛ばされないよう注意しつつ、視界を広げようと、飛んでくる葉を払い落とす。
 そうしているうちに一瞬、葉と葉の隙間から商店街の風景が見えた。その光景を目にした途端、由良は自分がある思い違いをしていたことに気づいた。
「……そうだ。伊調さんが葉を散らして欲しいと望んだのは手段でしかない。全ては、この光景を見るために……」
 由良は風で声がかき消されないよう、声を張り上げて伊調に言った。
「伊調さん! 商店街の方を見て下さい! そうすれば、風がやむはずです!」
「商店街ですか?! でも今、それどころじゃ……」
「いいから! とっても綺麗な景色ですよ!」
 伊調は由良に急かされ、恐る恐る視線を向ける。少しでも顔を上げると、体ごと風に持って行かれそうだった。
 しかし伊調も葉と葉の隙間から商店街の姿を捉えた瞬間、「あっ」と感嘆の声を上げた。同時に突風がやみ、視界を吹雪いていた葉もゆっくりと舞いながら、地面へ落ちていった。
 イチョウの吹雪がおさまった商店街の道は一面、黄金色に染まっていた。神社の背後から差し込む夕日に照らされ、やや赤みがかって見える。
 神社の周囲も隅から隅までイチョウの葉が埋め尽くし、イチョウの葉のカーペットが敷かれているようだった。
「なんて美しいの……」
 伊調は鳥居の柱から手を離し、商店街と神社を見回す。
 由良も鳥居の柱から離れ、周囲を見回した。生まれた頃から住んでいる由良にとっても、初めて見る光景だった。
「驚いた。ここまで綺麗にイチョウの葉が敷き詰められているのは初めて見ましたよ」
「私もです。この景色が、どうしても見たかった……」
 伊調は夢でも見ているような心地で、ふらふらと商店街へ歩いていく。その目は一番の宝物を見つけた少女のように輝いていた。

『紅葉散り散り、夕暮れ色』第四話「イチョウの吹雪」終わり
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