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秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』
第三話「過去のヒト」⑶
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「あっ、添野さん。いらっしゃいませ」
そこへ店長である茅野倉が店から顔を出し、声をかけてきた。
茅野倉は眼鏡をかけた温和そうな男性である。毎日重たい本を運んでいるからか、体つきががっしりしていた。
「会計は店内でお願いします。今なら空いてますよ」
「あ、いや……」
茅野倉は由良が紅葉の写真集を買うものだと思い込み、店内へ案内しようとする。
由良は紅葉の写真集を棚へ戻そうとする手を引っ込め、買おうかどうしようか悩んだ。すると先程消えた紅葉谷の顔が頭に浮かんだ。
(……紅葉谷さんが〈探し人〉を出しまくってる理由のヒントにもなるかもしれないし、一応買っておくか)
由良はなんとか自分を説得し、言の葉の森へ足を踏み入れた。
オータムフェスのおかげで、店内は親子連れや女性客で賑わっていた。店内の撮影が了承されているため、本には一切目もくれず、内装や可愛らしいオブジェをひたすら撮影している人もいた。
由良は紅葉谷が残した写真集をレジへ持っていき、購入した。
茅野倉は慣れた手つきでレジを打ち、写真集を袋に入れる。再生紙で作られた茶色い紙袋で、木と本を主体とした言の葉の森の可愛らしいロゴがプリントされていた。
「ありがとうございました。またのお越しを」
「どうも。ついでにお聞きしたいことがあるんですけど……」
由良は写真集を受け取り、紅葉谷について尋ねた。
「紅葉谷秋生って作家、ご存知ですか?」
「えぇ。確か去年、チリアクタ大賞にノミネートされてたんじゃないかな。そこそこ有名な作家で、この町のどこかに住んでいるらしいですよ」
チリアクタ大賞とは、売れっ子作家の登竜門とも言われている大きな文芸賞である。受賞した作家は毎年、テレビのニュースで大々的に取り上げられ、話題となる。
受賞に至らずとも、ノミネートされただけで、かなり名誉なことであり、また、作家としての才能を認められた証でもあった。
「知らなかった……そんなに有名な人だったんですか?」
「……えぇ、まぁ」
そう返す割に、茅野倉のテンションはさほど上がっていなかった。いつもならどんな最悪な作家の話題でも盛り上がるのに、珍しいこともあるもんだなと由良は思った。
「その人、最近はどんな本を出してるんですか?」
すると茅野倉は首を振った。
「出してませんよ。それどころか、チリアクタ賞にノミネートされてからは、一作も発表されていない」
「えっ、どうして……?」
茅野倉は他の店員にレジを任せ、店の外に出て由良に話した。
「行方不明なんだそうです。出版社も編集担当者も連絡がつかなくて……実家にも帰られていないらしく、すごく困っていると、その出版社の知り合いから聞きました。表向きは療養していることになっていますが、いつ戻ってくるかも分からない状況です。もしかしたら、大賞を逃したショックから自殺したんじゃないかって話していました」
「自殺……?」
由良は今までLAMPを訪れた紅葉谷を思い浮かべ、「ありえない」と心の中で断言した。
(あんな能天気な顔で、毎日コーヒーを飲みに来る人間が自殺するなんて考えられない。それに、〈探し人〉のこともある。きっと、本物の紅葉谷秋生は生きている)
由良は紙袋に入った写真集をぎゅっと抱きしめ、言った。
「……私は、生きていると思います。彼と直接会ったことはないけど、なんとなくそんな気がするんです」
「そうですか……」
茅野倉は必死に訴える由良の姿に、目を細めた。
「貴方は……紅葉谷秋生のファンなんですね」
「違います」
由良はハッキリと否定した。
紅葉谷がどんな物語を書いているのかは知らないが、ファンだと思われるのはなんとなく癪に障った。
『紅葉散り散り、夕暮れ色』第三話「過去のヒト」終わり
そこへ店長である茅野倉が店から顔を出し、声をかけてきた。
茅野倉は眼鏡をかけた温和そうな男性である。毎日重たい本を運んでいるからか、体つきががっしりしていた。
「会計は店内でお願いします。今なら空いてますよ」
「あ、いや……」
茅野倉は由良が紅葉の写真集を買うものだと思い込み、店内へ案内しようとする。
由良は紅葉の写真集を棚へ戻そうとする手を引っ込め、買おうかどうしようか悩んだ。すると先程消えた紅葉谷の顔が頭に浮かんだ。
(……紅葉谷さんが〈探し人〉を出しまくってる理由のヒントにもなるかもしれないし、一応買っておくか)
由良はなんとか自分を説得し、言の葉の森へ足を踏み入れた。
オータムフェスのおかげで、店内は親子連れや女性客で賑わっていた。店内の撮影が了承されているため、本には一切目もくれず、内装や可愛らしいオブジェをひたすら撮影している人もいた。
由良は紅葉谷が残した写真集をレジへ持っていき、購入した。
茅野倉は慣れた手つきでレジを打ち、写真集を袋に入れる。再生紙で作られた茶色い紙袋で、木と本を主体とした言の葉の森の可愛らしいロゴがプリントされていた。
「ありがとうございました。またのお越しを」
「どうも。ついでにお聞きしたいことがあるんですけど……」
由良は写真集を受け取り、紅葉谷について尋ねた。
「紅葉谷秋生って作家、ご存知ですか?」
「えぇ。確か去年、チリアクタ大賞にノミネートされてたんじゃないかな。そこそこ有名な作家で、この町のどこかに住んでいるらしいですよ」
チリアクタ大賞とは、売れっ子作家の登竜門とも言われている大きな文芸賞である。受賞した作家は毎年、テレビのニュースで大々的に取り上げられ、話題となる。
受賞に至らずとも、ノミネートされただけで、かなり名誉なことであり、また、作家としての才能を認められた証でもあった。
「知らなかった……そんなに有名な人だったんですか?」
「……えぇ、まぁ」
そう返す割に、茅野倉のテンションはさほど上がっていなかった。いつもならどんな最悪な作家の話題でも盛り上がるのに、珍しいこともあるもんだなと由良は思った。
「その人、最近はどんな本を出してるんですか?」
すると茅野倉は首を振った。
「出してませんよ。それどころか、チリアクタ賞にノミネートされてからは、一作も発表されていない」
「えっ、どうして……?」
茅野倉は他の店員にレジを任せ、店の外に出て由良に話した。
「行方不明なんだそうです。出版社も編集担当者も連絡がつかなくて……実家にも帰られていないらしく、すごく困っていると、その出版社の知り合いから聞きました。表向きは療養していることになっていますが、いつ戻ってくるかも分からない状況です。もしかしたら、大賞を逃したショックから自殺したんじゃないかって話していました」
「自殺……?」
由良は今までLAMPを訪れた紅葉谷を思い浮かべ、「ありえない」と心の中で断言した。
(あんな能天気な顔で、毎日コーヒーを飲みに来る人間が自殺するなんて考えられない。それに、〈探し人〉のこともある。きっと、本物の紅葉谷秋生は生きている)
由良は紙袋に入った写真集をぎゅっと抱きしめ、言った。
「……私は、生きていると思います。彼と直接会ったことはないけど、なんとなくそんな気がするんです」
「そうですか……」
茅野倉は必死に訴える由良の姿に、目を細めた。
「貴方は……紅葉谷秋生のファンなんですね」
「違います」
由良はハッキリと否定した。
紅葉谷がどんな物語を書いているのかは知らないが、ファンだと思われるのはなんとなく癪に障った。
『紅葉散り散り、夕暮れ色』第三話「過去のヒト」終わり
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