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秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』
第二話「秋色インク」⑶
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やがてたどり着いたのは、モダンな二階建ての建物の前で店を構えている「Lost&Found」というアンティークショップだった。
アラビアン風のテントの中にはアンティーク雑貨や衣類、家具などが所狭しと置かれ、天井から吊り下げられた色鮮やかなライトが店内を薄明るく照らしている。さながら、童話の中に登場する怪しげな屋台のような雰囲気だった。
他の店とは違う強烈な雰囲気に男は圧倒され、唖然とした。
「……なかなか趣きのあるお店ですねぇ」
「先週まで中東で買い付けしてたらしいですよ。普段は後ろの建物で骨董屋をしています」
由良は怪しい雰囲気などの物ともせず、店の奥へズンズン進んでいく。男も「待って下さーい!」と慌ててついてきた。
「珠緒、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
由良はレジの前でボーッと突っ立っていた黒髪の女性に声をかけた。
女性は「ふぁ?」と眠そうに声を上げ、虚な目で由良を見る。
由良と同年代の、左目の下に泣きぼくろのある美人だった。店の雰囲気に合わせ、オレンジ色のアラブのドレスを身にまとっている。麗しい姿をしていたが、緊張感のカケラもない緩みきった顔をしているせいで、色々残念だった。
「あぁ、由良かぁ。久しぶりー」
ややあって女性は由良の存在に気づき、寝ぼけ眼で手をヒラヒラと振った。
「また時差ボケ?」
「そんなとこー。店の準備に手間取っちゃってさぁ、昨日はほぼ寝れてないんだぁ」
「それはご苦労様」
女性が正気に戻ったところで、由良は男に彼女を紹介した。
「この子は私の古い友人の百器珠緒。普段は後ろの建物で骨董屋を営んでいる、無類の骨董マニアです。オータムファスに出品されている商品は全て把握しています。彼女なら、秋色インクの行方を知っているかもしれません」
「全部じゃないよー。面白いと思った物だけ。で? なんかお探し?」
「えぇ。うちのお客さんがちょっとね」
由良は男を手で指し、秋色インクについて珠緒に尋ねた。
「去年のオータムフェスに出品されてた、秋色インクって知ってる? どこのお店で出品されてたか知りたいんだけど」
すると珠緒はあっさり答えた。
「それ、うちの店だよ」
「え?」
「嘘ぉ?!」
意外な答えに、由良と男は驚く。特に男は「ここじゃなかったですよ!」と反論した。
「もっとヨーロッパ風の店でしたよ!」
由良は男を不憫そうに思いながら、言った。
「それが……この店、毎年内装が変わるんですよ。珠緒がその年に買い付けに行った国の雰囲気になるんです。他のお客さんもよくおっしゃってました。"別のお店だと思った"って」
「不思議よねぇ。お店の名前はおんなじなのに」
珠緒は呑気に首を傾げた。彼女は利益よりも自分の趣味を優先させるタイプの人間だった。
「今年は在庫切れだったから仕入れてないけど、去年は五個くらい仕入れたかな。すっごく人気で、すぐに売れちゃった」
「そうだったの……」
「在庫切れじゃ仕方ないなぁ。残念」
目当ての品がないと分かり、男は落胆する。
由良も、せっかくここまで来てもらったのに落ち込ませてしまい、申し訳なく思った。
「インクなんて滅多に使うものでもないのに、よく売れたわね」
「綺麗なインクだったし、写真映えするんじゃない? 買ってったお客さんのうち、三人は若い女の子達だったし。あとの二人は、贈答用にって買っていった初老の会社員の人と、私達と同い年くらいの作家さんだったけど」
「作家?」
珠緒は「うん」と頷き、言った。
「紅葉谷秋生っていう作家。この近くに住んでるんだって。サイン置いてったけど、いる?」
珠緒はレジの下から色紙を取り出し、由良に差し出した。
そこには汚い字で「紅葉谷秋生」とハッキリ書かれていた。黄色のような、オレンジ色のような、赤色のような、不思議な色のインクで書かれている。確証はなかったが、なんとなく「これが秋色インクか」と由良は思った。
男も、その色紙を目にした途端「あぁっ!」と驚き、声を上げた。
「それは……僕のサインじゃないですか! どうしてここに?!」
「……どういうことです?」
由良は眉をひそめ、聞き返す。
しかし男は何かを思い出すかのように、一人でブツブツと呟いていた。
「いや、待てよ……僕はこのサインを見たことがある。この手で書いた覚えがハッキリとある。レジの前に立ち、今まさに購入した秋色インクに愛用の万年筆の筆先を浸し、サインを……」
やがて男はぽんっと手を打ち、「思い出した」と呟いた。
「僕は去年、秋色インクを買った。でも買ったことを忘れて、部屋のどこかに埋もれてしまったんだ。片付けるのも面倒だったから、また買えばいいと思ったんだ」
次の瞬間、男の体はパッと消えた。
『紅葉散り散り、夕暮れ色』第二話「秋色インク」終わり
アラビアン風のテントの中にはアンティーク雑貨や衣類、家具などが所狭しと置かれ、天井から吊り下げられた色鮮やかなライトが店内を薄明るく照らしている。さながら、童話の中に登場する怪しげな屋台のような雰囲気だった。
他の店とは違う強烈な雰囲気に男は圧倒され、唖然とした。
「……なかなか趣きのあるお店ですねぇ」
「先週まで中東で買い付けしてたらしいですよ。普段は後ろの建物で骨董屋をしています」
由良は怪しい雰囲気などの物ともせず、店の奥へズンズン進んでいく。男も「待って下さーい!」と慌ててついてきた。
「珠緒、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
由良はレジの前でボーッと突っ立っていた黒髪の女性に声をかけた。
女性は「ふぁ?」と眠そうに声を上げ、虚な目で由良を見る。
由良と同年代の、左目の下に泣きぼくろのある美人だった。店の雰囲気に合わせ、オレンジ色のアラブのドレスを身にまとっている。麗しい姿をしていたが、緊張感のカケラもない緩みきった顔をしているせいで、色々残念だった。
「あぁ、由良かぁ。久しぶりー」
ややあって女性は由良の存在に気づき、寝ぼけ眼で手をヒラヒラと振った。
「また時差ボケ?」
「そんなとこー。店の準備に手間取っちゃってさぁ、昨日はほぼ寝れてないんだぁ」
「それはご苦労様」
女性が正気に戻ったところで、由良は男に彼女を紹介した。
「この子は私の古い友人の百器珠緒。普段は後ろの建物で骨董屋を営んでいる、無類の骨董マニアです。オータムファスに出品されている商品は全て把握しています。彼女なら、秋色インクの行方を知っているかもしれません」
「全部じゃないよー。面白いと思った物だけ。で? なんかお探し?」
「えぇ。うちのお客さんがちょっとね」
由良は男を手で指し、秋色インクについて珠緒に尋ねた。
「去年のオータムフェスに出品されてた、秋色インクって知ってる? どこのお店で出品されてたか知りたいんだけど」
すると珠緒はあっさり答えた。
「それ、うちの店だよ」
「え?」
「嘘ぉ?!」
意外な答えに、由良と男は驚く。特に男は「ここじゃなかったですよ!」と反論した。
「もっとヨーロッパ風の店でしたよ!」
由良は男を不憫そうに思いながら、言った。
「それが……この店、毎年内装が変わるんですよ。珠緒がその年に買い付けに行った国の雰囲気になるんです。他のお客さんもよくおっしゃってました。"別のお店だと思った"って」
「不思議よねぇ。お店の名前はおんなじなのに」
珠緒は呑気に首を傾げた。彼女は利益よりも自分の趣味を優先させるタイプの人間だった。
「今年は在庫切れだったから仕入れてないけど、去年は五個くらい仕入れたかな。すっごく人気で、すぐに売れちゃった」
「そうだったの……」
「在庫切れじゃ仕方ないなぁ。残念」
目当ての品がないと分かり、男は落胆する。
由良も、せっかくここまで来てもらったのに落ち込ませてしまい、申し訳なく思った。
「インクなんて滅多に使うものでもないのに、よく売れたわね」
「綺麗なインクだったし、写真映えするんじゃない? 買ってったお客さんのうち、三人は若い女の子達だったし。あとの二人は、贈答用にって買っていった初老の会社員の人と、私達と同い年くらいの作家さんだったけど」
「作家?」
珠緒は「うん」と頷き、言った。
「紅葉谷秋生っていう作家。この近くに住んでるんだって。サイン置いてったけど、いる?」
珠緒はレジの下から色紙を取り出し、由良に差し出した。
そこには汚い字で「紅葉谷秋生」とハッキリ書かれていた。黄色のような、オレンジ色のような、赤色のような、不思議な色のインクで書かれている。確証はなかったが、なんとなく「これが秋色インクか」と由良は思った。
男も、その色紙を目にした途端「あぁっ!」と驚き、声を上げた。
「それは……僕のサインじゃないですか! どうしてここに?!」
「……どういうことです?」
由良は眉をひそめ、聞き返す。
しかし男は何かを思い出すかのように、一人でブツブツと呟いていた。
「いや、待てよ……僕はこのサインを見たことがある。この手で書いた覚えがハッキリとある。レジの前に立ち、今まさに購入した秋色インクに愛用の万年筆の筆先を浸し、サインを……」
やがて男はぽんっと手を打ち、「思い出した」と呟いた。
「僕は去年、秋色インクを買った。でも買ったことを忘れて、部屋のどこかに埋もれてしまったんだ。片付けるのも面倒だったから、また買えばいいと思ったんだ」
次の瞬間、男の体はパッと消えた。
『紅葉散り散り、夕暮れ色』第二話「秋色インク」終わり
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