心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
26 / 314
秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』

第二話「秋色インク」⑵

しおりを挟む
 由良は中林と伊調と別れた後、一人で目についた店を見て回った。
 普段は洋燈神社から吹かれてきたイチョウの葉で埋め尽くされている道は、客が滑らないようにと綺麗に掃除されている。歩きやすくはあったが、普段の美しさを知っているだけに、なんだか物足りなかった。
 いくつかの店を回ったが、なかなか目当ての品は見つけられず、気がつくと昼食時になっていた。
「やっぱ、の店じゃないとダメね」
 由良は屋台で買ったメープル風味のチュロスを食べ、ため息をつく。
 そこへ「やぁ、どうもどうも」とまたも見覚えのある人物が由良に声をかけてきた。先日、伊調が探していたイチョウの在り処を教えてくれた男性客だった。
 今日も同じ和装を身にまとい、にへらと笑いながら由良のもとへ近づいた。
「LAMPの店長さんじゃないですか。こんなとこで会うなんて奇遇だなぁ」
「先日はどうもありがとうございました。おかげで、イチョウを見つけることが出来ました」
 由良はとっさに営業スマイルを浮かべ、礼を言った。
 男は一瞬なんのことか分からず、ぽかんとしながらも「いやぁ、それほどでも」と照れ臭そうに頬を赤らめ、笑った。
 そして唐突にこう尋ねた。
「時に店長さん、秋色あきいろインクってご存知ですか?」
「秋色インク? 何ですか、それ」
 急な質問に、由良は眉をしかめる。そんな名前のインクは見たことも、聞いたこともなかった。
「そうですか、知らないですか……」
 男はがっくりと肩を落とし、落胆した。よほど思い入れのある品のようで、どのようなインクだったか由良に語り出した。
「昨年のオータムフェスで、たまたま見かけたんですよ。インクの色がイチョウの黄色にも、カエデのオレンジにも、モミジの赤色にも見える、まさに秋色のインクでした。インクの瓶には秋の葉やまつぼっくり、木の実などの絵が細かに描かれていて、実際にインクを使わずとも、見て楽しめそうなインクでした。ただ、その時は持ち合わせがなくて、買いそびれてしまって……今年こそは手に入れたい、と思っていたのです! 何か心当たりないですかね?」
 男の熱意に押され、由良も「うーん」と頭を悩ませた。
「インクを見たのは、どんなお店でしたか?」
「骨董屋だったかなぁ……雑貨とか服とか家具とか、色んな物が売られていましたよ。店名までは覚えてないですが」
 骨董屋、と聞いて由良はこれから行こうと思っていた店のことを思い出した。
「それなら、私の友人に聞いてみるといいかもしれませんね。彼女もオータムフェスで骨董屋として出店しているんですよ。無類の骨董オタクなので、他の骨董屋の商品にも詳しいと思います。ちょうど私も行こうと思っていたので、ご案内しましょうか?」
「本当ですか?!」
 途端に、男の表情がパッと明るくなる。レンズの向こうの瞳が子供のようにキラキラと輝いていた。
「ぜひ、ご一緒させて下さい! さぁ、さぁ!」
「分かりましたから、ちょっと黙ってて下さい。このチュロスを食べ終わったら、案内しますから」
 由良は急いで残りのチュロスを口へ押し込むと、男を連れて目的の店へと向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...