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秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』
第二話「秋色インク」⑵
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由良は中林と伊調と別れた後、一人で目についた店を見て回った。
普段は洋燈神社から吹かれてきたイチョウの葉で埋め尽くされている道は、客が滑らないようにと綺麗に掃除されている。歩きやすくはあったが、普段の美しさを知っているだけに、なんだか物足りなかった。
いくつかの店を回ったが、なかなか目当ての品は見つけられず、気がつくと昼食時になっていた。
「やっぱ、あの子の店じゃないとダメね」
由良は屋台で買ったメープル風味のチュロスを食べ、ため息をつく。
そこへ「やぁ、どうもどうも」とまたも見覚えのある人物が由良に声をかけてきた。先日、伊調が探していたイチョウの在り処を教えてくれた男性客だった。
今日も同じ和装を身にまとい、にへらと笑いながら由良のもとへ近づいた。
「LAMPの店長さんじゃないですか。こんなとこで会うなんて奇遇だなぁ」
「先日はどうもありがとうございました。おかげで、イチョウを見つけることが出来ました」
由良はとっさに営業スマイルを浮かべ、礼を言った。
男は一瞬なんのことか分からず、ぽかんとしながらも「いやぁ、それほどでも」と照れ臭そうに頬を赤らめ、笑った。
そして唐突にこう尋ねた。
「時に店長さん、秋色インクってご存知ですか?」
「秋色インク? 何ですか、それ」
急な質問に、由良は眉をしかめる。そんな名前のインクは見たことも、聞いたこともなかった。
「そうですか、知らないですか……」
男はがっくりと肩を落とし、落胆した。よほど思い入れのある品のようで、どのようなインクだったか由良に語り出した。
「昨年のオータムフェスで、たまたま見かけたんですよ。インクの色がイチョウの黄色にも、カエデのオレンジにも、モミジの赤色にも見える、まさに秋色のインクでした。インクの瓶には秋の葉やまつぼっくり、木の実などの絵が細かに描かれていて、実際にインクを使わずとも、見て楽しめそうなインクでした。ただ、その時は持ち合わせがなくて、買いそびれてしまって……今年こそは手に入れたい、と思っていたのです! 何か心当たりないですかね?」
男の熱意に押され、由良も「うーん」と頭を悩ませた。
「インクを見たのは、どんなお店でしたか?」
「骨董屋だったかなぁ……雑貨とか服とか家具とか、色んな物が売られていましたよ。店名までは覚えてないですが」
骨董屋、と聞いて由良はこれから行こうと思っていた店のことを思い出した。
「それなら、私の友人に聞いてみるといいかもしれませんね。彼女もオータムフェスで骨董屋として出店しているんですよ。無類の骨董オタクなので、他の骨董屋の商品にも詳しいと思います。ちょうど私も行こうと思っていたので、ご案内しましょうか?」
「本当ですか?!」
途端に、男の表情がパッと明るくなる。レンズの向こうの瞳が子供のようにキラキラと輝いていた。
「ぜひ、ご一緒させて下さい! さぁ、さぁ!」
「分かりましたから、ちょっと黙ってて下さい。このチュロスを食べ終わったら、案内しますから」
由良は急いで残りのチュロスを口へ押し込むと、男を連れて目的の店へと向かった。
普段は洋燈神社から吹かれてきたイチョウの葉で埋め尽くされている道は、客が滑らないようにと綺麗に掃除されている。歩きやすくはあったが、普段の美しさを知っているだけに、なんだか物足りなかった。
いくつかの店を回ったが、なかなか目当ての品は見つけられず、気がつくと昼食時になっていた。
「やっぱ、あの子の店じゃないとダメね」
由良は屋台で買ったメープル風味のチュロスを食べ、ため息をつく。
そこへ「やぁ、どうもどうも」とまたも見覚えのある人物が由良に声をかけてきた。先日、伊調が探していたイチョウの在り処を教えてくれた男性客だった。
今日も同じ和装を身にまとい、にへらと笑いながら由良のもとへ近づいた。
「LAMPの店長さんじゃないですか。こんなとこで会うなんて奇遇だなぁ」
「先日はどうもありがとうございました。おかげで、イチョウを見つけることが出来ました」
由良はとっさに営業スマイルを浮かべ、礼を言った。
男は一瞬なんのことか分からず、ぽかんとしながらも「いやぁ、それほどでも」と照れ臭そうに頬を赤らめ、笑った。
そして唐突にこう尋ねた。
「時に店長さん、秋色インクってご存知ですか?」
「秋色インク? 何ですか、それ」
急な質問に、由良は眉をしかめる。そんな名前のインクは見たことも、聞いたこともなかった。
「そうですか、知らないですか……」
男はがっくりと肩を落とし、落胆した。よほど思い入れのある品のようで、どのようなインクだったか由良に語り出した。
「昨年のオータムフェスで、たまたま見かけたんですよ。インクの色がイチョウの黄色にも、カエデのオレンジにも、モミジの赤色にも見える、まさに秋色のインクでした。インクの瓶には秋の葉やまつぼっくり、木の実などの絵が細かに描かれていて、実際にインクを使わずとも、見て楽しめそうなインクでした。ただ、その時は持ち合わせがなくて、買いそびれてしまって……今年こそは手に入れたい、と思っていたのです! 何か心当たりないですかね?」
男の熱意に押され、由良も「うーん」と頭を悩ませた。
「インクを見たのは、どんなお店でしたか?」
「骨董屋だったかなぁ……雑貨とか服とか家具とか、色んな物が売られていましたよ。店名までは覚えてないですが」
骨董屋、と聞いて由良はこれから行こうと思っていた店のことを思い出した。
「それなら、私の友人に聞いてみるといいかもしれませんね。彼女もオータムフェスで骨董屋として出店しているんですよ。無類の骨董オタクなので、他の骨董屋の商品にも詳しいと思います。ちょうど私も行こうと思っていたので、ご案内しましょうか?」
「本当ですか?!」
途端に、男の表情がパッと明るくなる。レンズの向こうの瞳が子供のようにキラキラと輝いていた。
「ぜひ、ご一緒させて下さい! さぁ、さぁ!」
「分かりましたから、ちょっと黙ってて下さい。このチュロスを食べ終わったら、案内しますから」
由良は急いで残りのチュロスを口へ押し込むと、男を連れて目的の店へと向かった。
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