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秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』
第一話「イチョウのバス停」⑸
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少年が消えた後、由良は寺の茶屋で女性に〈心の落とし物〉の存在について話した。説明するのに必要だったため、自分も〈心の落とし物〉が見えると明かした。
中林も途中までは熱心に聞いていたが、蒸したギンナンが運ばれてくると、話そっちのけでギンナンを貪った。
「つまり我々が先程見た少年と、伊調さんが昔出会った少年は、同一人物でありながら、別々の存在であるというわけです。先程の少年は、伊調さんが彼との約束を忘れていた自責の念から生み出した幻、〈心の落とし物〉。そして伊調さんが昔出会った少年は、伊調さんではない誰かの〈探し人〉として、山吹ノ影に存在したイチョウを探していたのでしょう。数十年前に廃線になったはずの山吹ノ影停留所も、彼が見せていた幻だったのかもしれません。彼らは時として、異空間とも呼べる壮大な幻を見せてきますから」
「でも、どうして急にそんなものが見えるようになってしまったんでしょう? 特に心当たりはないのですが」
女性、もとい伊調は不安そうに尋ねた。
由良は彼女の経験と、自身が〈心の落とし物〉が見えるようになったキッカケを照らし合わせ、答えた。
「……これは推測ですが、〈心の落とし物〉とは本来、誰にでも見えるものなのではないでしょうか? 他人の未練に関心がなかったり、自分の過去に目を背けたりして、見ようとしていないだけで、"見たい"と望めば、見えるものなのかもしれません。山吹ノ影停留所に降りた時の伊調さんは、彼の〈探し人〉が置かれていた状況と似ていました。貴方は見知らぬ土地で帰り道を見失い、目印となる物と行き先を示してくれる人を探していた。そして彼もまた、山吹ノ影停留所にあったはずのイチョウを見失い、手がかりを探していた。そこで彼と同調し、ご自身に関わる〈心の落とし物〉限定で、見えるようになったのかもしれません。今後も〈心の落とし物〉が見えるかどうかは、伊調さん次第というわけですね」
「私、次第……」
伊調は目を伏せ、考え込む。
限定的とはいえ、他人が見えない幻覚を見るというのは気分がいいものではないだろう、と由良は彼女に同情した。
すると中林が口をモゴモゴさせながら、由良に言った。
「じゃあ、店長は色んな人の悩みや過去に関心があるんですね。もっと冷めた人だと思ってたのに、意外だなー」
「当たり前でしょ。人間観察は、経営の基本よ」
「な、なるほど……」
現実的な答えに、中林は苦笑いした。
(いくら仕事とはいえ、色んな人の心に共感出来るって、すごい才能だと思うけどなぁ)
そして内心、由良を尊敬していたが、気恥ずかしいので言葉にはしなかった。
別れ際、伊調は「今日はありがとうございました」と由良と中林に礼を言った。
「ずっと心残りだった約束を果たせて、本当に良かった。またお店に伺いますね。添野さんがこれまでに出会ってきた〈心の落とし物〉のお話も聞きたいですし」
「え……聞きたいんですか?」
意外な言葉に、由良は驚く。
てっきり伊調は〈心の落とし物〉とは関わりたくないのだとばかり思っていたが、由良の想像に反し、彼女は「えぇ」と穏やかに微笑んだ。
「添野さんが今までどんな幻と出会ってきたのか、もっと知りたいんです。現実にあんな不思議で、美しい存在がいるなんて、知らなかったので……」
「美しい、ですか」
由良は今日見た〈心の落とし物〉を思い返し、目を細めた。
「……私も、あんなに美しい〈心の落とし物〉は初めて見ました。きっと、伊調さんが想像する世界が美しいからでしょうね」
少年が無数のイチョウの葉に変じ、空へと消えていく様は、まるで蝶の群れが飛び去ってゆくかのように美しく、儚かった。
あのような世界が伊調の心の中に秘められているのかと思うと、由良は彼女が描く絵に期待を寄せずにはいられなかった。
『紅葉散り散り、夕暮れ色』第一話「イチョウのバス停」終わり
中林も途中までは熱心に聞いていたが、蒸したギンナンが運ばれてくると、話そっちのけでギンナンを貪った。
「つまり我々が先程見た少年と、伊調さんが昔出会った少年は、同一人物でありながら、別々の存在であるというわけです。先程の少年は、伊調さんが彼との約束を忘れていた自責の念から生み出した幻、〈心の落とし物〉。そして伊調さんが昔出会った少年は、伊調さんではない誰かの〈探し人〉として、山吹ノ影に存在したイチョウを探していたのでしょう。数十年前に廃線になったはずの山吹ノ影停留所も、彼が見せていた幻だったのかもしれません。彼らは時として、異空間とも呼べる壮大な幻を見せてきますから」
「でも、どうして急にそんなものが見えるようになってしまったんでしょう? 特に心当たりはないのですが」
女性、もとい伊調は不安そうに尋ねた。
由良は彼女の経験と、自身が〈心の落とし物〉が見えるようになったキッカケを照らし合わせ、答えた。
「……これは推測ですが、〈心の落とし物〉とは本来、誰にでも見えるものなのではないでしょうか? 他人の未練に関心がなかったり、自分の過去に目を背けたりして、見ようとしていないだけで、"見たい"と望めば、見えるものなのかもしれません。山吹ノ影停留所に降りた時の伊調さんは、彼の〈探し人〉が置かれていた状況と似ていました。貴方は見知らぬ土地で帰り道を見失い、目印となる物と行き先を示してくれる人を探していた。そして彼もまた、山吹ノ影停留所にあったはずのイチョウを見失い、手がかりを探していた。そこで彼と同調し、ご自身に関わる〈心の落とし物〉限定で、見えるようになったのかもしれません。今後も〈心の落とし物〉が見えるかどうかは、伊調さん次第というわけですね」
「私、次第……」
伊調は目を伏せ、考え込む。
限定的とはいえ、他人が見えない幻覚を見るというのは気分がいいものではないだろう、と由良は彼女に同情した。
すると中林が口をモゴモゴさせながら、由良に言った。
「じゃあ、店長は色んな人の悩みや過去に関心があるんですね。もっと冷めた人だと思ってたのに、意外だなー」
「当たり前でしょ。人間観察は、経営の基本よ」
「な、なるほど……」
現実的な答えに、中林は苦笑いした。
(いくら仕事とはいえ、色んな人の心に共感出来るって、すごい才能だと思うけどなぁ)
そして内心、由良を尊敬していたが、気恥ずかしいので言葉にはしなかった。
別れ際、伊調は「今日はありがとうございました」と由良と中林に礼を言った。
「ずっと心残りだった約束を果たせて、本当に良かった。またお店に伺いますね。添野さんがこれまでに出会ってきた〈心の落とし物〉のお話も聞きたいですし」
「え……聞きたいんですか?」
意外な言葉に、由良は驚く。
てっきり伊調は〈心の落とし物〉とは関わりたくないのだとばかり思っていたが、由良の想像に反し、彼女は「えぇ」と穏やかに微笑んだ。
「添野さんが今までどんな幻と出会ってきたのか、もっと知りたいんです。現実にあんな不思議で、美しい存在がいるなんて、知らなかったので……」
「美しい、ですか」
由良は今日見た〈心の落とし物〉を思い返し、目を細めた。
「……私も、あんなに美しい〈心の落とし物〉は初めて見ました。きっと、伊調さんが想像する世界が美しいからでしょうね」
少年が無数のイチョウの葉に変じ、空へと消えていく様は、まるで蝶の群れが飛び去ってゆくかのように美しく、儚かった。
あのような世界が伊調の心の中に秘められているのかと思うと、由良は彼女が描く絵に期待を寄せずにはいられなかった。
『紅葉散り散り、夕暮れ色』第一話「イチョウのバス停」終わり
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