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秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』
第一話「イチョウのバス停」⑴
しおりを挟む大通り沿いに植えられた街路樹がすっかり紅葉した、秋の昼下がり。
一人の女性がLAMPを訪れた。
「ごめん下さい。少し、お伺いしたいことがあるのですが」
憂いを帯びた瞳が麗しい、品の良さそうな女性だった。クラシカルな山吹色のロングワンピースをまとい、一緒に身につけているベレー帽とパンプスにはイチョウのブローチが付いている。
彼女が店に入ってきた瞬間、外から秋の風が吹き込んできた。加えて、女性の背後から太陽が照り、逆光で神々しく見えた。
(……ついに、イチョウの女神でも来たのかしら)
由良は内心警戒しながらも、穏やかな笑みを浮かべ、女性に尋ねた。
「どういったご用件でしょうか?」
女性は逡巡した後、答えた。
「この街に、イチョウの木が生えているバス停はありませんか?」
「イチョウの木、ですか?」
「えぇ」
由良は記憶をたどり、首を傾げた。
生まれてから三十年近く、この洋燈町に住んでいるが、そのようなバス停があるとは知らなかった。洋燈町にも何ヵ所かイチョウの木が植えられている場所はあるが、どのバス停にもイチョウは存在しなかった。
「ちょっと分からないですね……。中林さん、知ってる?」
由良は客にパンケーキを運んでいた中林に尋ねた。
「イチョウがあるバス停ですか?」
中林はパンケーキを客に運んでから、由良と女性の元へ歩み寄り、やはり首を傾げた。
「そんなとこあったかなぁ……少なくとも、私が住んでる走馬町にはないですね。駅前の旅行案内所で聞いてみたらどうですか?」
「それが、最近この街に配属された方で、よく分からないと言われまして……。古くからこの街に住んでいる方のほうが知っているかもしれないと思い、尋ねて回っているんです。十年ほど前には、確かにあったはずなんですけど」
「どうしてその場所を探しているんですか?」
「中林」
由良は好奇心の赴くままに尋ねる中林を横目で睨み、たしなめる。以前よりも社交的になったのはいいことだが、客の事情に踏み込み過ぎるところが玉にきずだった。
「す、すみません。つい……」
中林はハッとし、慌てて謝る。
女性は「いえ、大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「私こそ、長居をしてしまって申し訳ありません。せっかくですから、コーヒーを頂きながらお話してもよろしいですか?」
「ぜ、ぜひ! 私もちょうどシフト終わったんで!」
思わぬ誘いに、中林は目を輝かせる。
こりない中林に、由良は重く息を吐いた。
「ほどほどにしておきなさいよ、中林」
「はーい」
中林は女性を二人掛けの席へ案内すると、エプロンを脱ぎ、対面の席に座った。慣れた手つきでメニューを手に取り、目を通す。
女性も物珍しそうにメニューを眺め、何を頼むか悩んでいた。
(……中林が見えてるってことは、「探し人」ではないのかしら?)
由良は中林の様子を見て、警戒を解く。
〈探し人〉も女性と似たような質問をすることが多いため、つい警戒してしまっていたのだ。
(また〈探し人〉に無銭飲食されたくはないけど、お客様を無下にはしたくないしね)
由良は気を取り直し、カウンターに戻った。
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