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夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第五話「再び灯ったユメ」⑷
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料理を食べ終えると、由良は泣くのをやめ、祖父に言った。
「おじいちゃん。私、本当は何になりたかったのか思い出した。私ね、本当はおじいちゃんと一緒に喫茶店で働きたかったの。おじいちゃんが死んだ後も諦めきれなくて、製菓の専門学校に進学したけど、親に反対されて、大学卒業した後に普通の会社に就職したんだ」
でも、と由良は真っ直ぐ強い眼差しで祖父を見据え、断言した。
「もう忘れたりなんかしない。やっと見つけ出したこの夢を、捨てたりなんかしない! おじいちゃんがいなくても、私だけでこのお店みたいな……ううん、それ以上に素敵なお店を作ってみせる!」
祖父は由良の決意を聞くと「そうか」と安心した様子で頷き、由良に背を向けた。そのまま地下室に通じるドアを開き、出て行く。
「ま、待って!」
由良は慌てて椅子から立ち上がり、祖父を追った。カウンターを回り込み、閉じそうになっていたドアを押し開く。
開いた先には空間はなく、建物と建物の隙間にある路地裏に通じていた。
「えっ……」
ドアも安っぽいスチール製に変わり、店内はホコリの臭いが立ち込める元の空きテナントに戻っていた。
がらんとした店内には椅子も机もなく、照明は割れた剥き出しの蛍光灯に変わっていた。否、戻ったと称するのが正しいのかもしれない。
路地裏に面したドアから外へ出て、表へ回る。懐虫電燈があった場所には、あの空きテナントが建っていた。
「……やっぱり、幻覚だったか」
由良は空きテナントを見上げ、失笑した。不思議と「騙された」という意識はなく、無性に力がみなぎっていた。
由良は空きテナントの入り口に貼られていた不動産屋への連絡先をメモし、意気揚々と家に帰っていった。
街灯が由良の行く道を照らすように、地面に光を落としていた。
「で、次の日に不動産屋に電話してテナント借りて、会社に辞表を出したってわけ。それからどういうわけか、〈探し人〉に気づきやすくなったのよ」
「〈探し人〉が由良さんにそこまでさせるなんて、すごいですね」
店を閉めた後、由良と中林は秋の新作の試食がてら、由良が初めて〈心の落とし物〉と関わった時の話を聴いていた。
「でも、それって〈探し人〉じゃなくて、店長の〈心の落とし物〉そのものですよね? 自分で自分の〈心の落とし物〉を見つけるなんて出来るんですか?」
「〈心の落とし物〉から目を背けなければね。追い求め、探し続ければ、自ずと見つかるものなんじゃないかしら? まぁ、私以外に見つけた人って会ったことないけど。私が〈探し人〉に気づきやすくなったのも、時期的にそれが原因なんでしょうね」
「私は過去から目を背けていたから、〈心の落とし物〉を見つけられなかったんだ……。でも、日向子さんは? ずっと人形を探していらっしゃったじゃないですか?」
「日向子は人形を忘れてはいなかったけど、わざわざ出向いて探しには行かなかったのよ。仕事が忙しくて、探す時間が取れなかったの。だから、あの子の代わりに〈探し人〉が人形を探しててくれてたってわけ」
「なかなか難しいんですね、〈心の落とし物〉や〈探し人〉を見つけるのって」
「まぁ、わざわざ探すことのないよう、悔いのない生き方をするのが大事なんだけどね」
新作の試食を済ませると、二人は帰り支度をしてLAMPを出た。
きちんと戸締りをし、店を見上げる。殺風景だった空きテナントは、懐虫電燈を思わせるレトロな喫茶店へと生まれ変わっていた。
「……おじいちゃん。夢、叶えたよ。これからもっともっと良い店にしていくからね」
由良は今は亡き祖父と自分自身に言い聞かせ、自宅へと帰っていった。
夏の夜空に浮かぶ黄金の満月は穏やかに由良を照らし、見守っていた。
(夏編①『夏の太陽、檸檬色』終わり)
(秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』へ続く)
「おじいちゃん。私、本当は何になりたかったのか思い出した。私ね、本当はおじいちゃんと一緒に喫茶店で働きたかったの。おじいちゃんが死んだ後も諦めきれなくて、製菓の専門学校に進学したけど、親に反対されて、大学卒業した後に普通の会社に就職したんだ」
でも、と由良は真っ直ぐ強い眼差しで祖父を見据え、断言した。
「もう忘れたりなんかしない。やっと見つけ出したこの夢を、捨てたりなんかしない! おじいちゃんがいなくても、私だけでこのお店みたいな……ううん、それ以上に素敵なお店を作ってみせる!」
祖父は由良の決意を聞くと「そうか」と安心した様子で頷き、由良に背を向けた。そのまま地下室に通じるドアを開き、出て行く。
「ま、待って!」
由良は慌てて椅子から立ち上がり、祖父を追った。カウンターを回り込み、閉じそうになっていたドアを押し開く。
開いた先には空間はなく、建物と建物の隙間にある路地裏に通じていた。
「えっ……」
ドアも安っぽいスチール製に変わり、店内はホコリの臭いが立ち込める元の空きテナントに戻っていた。
がらんとした店内には椅子も机もなく、照明は割れた剥き出しの蛍光灯に変わっていた。否、戻ったと称するのが正しいのかもしれない。
路地裏に面したドアから外へ出て、表へ回る。懐虫電燈があった場所には、あの空きテナントが建っていた。
「……やっぱり、幻覚だったか」
由良は空きテナントを見上げ、失笑した。不思議と「騙された」という意識はなく、無性に力がみなぎっていた。
由良は空きテナントの入り口に貼られていた不動産屋への連絡先をメモし、意気揚々と家に帰っていった。
街灯が由良の行く道を照らすように、地面に光を落としていた。
「で、次の日に不動産屋に電話してテナント借りて、会社に辞表を出したってわけ。それからどういうわけか、〈探し人〉に気づきやすくなったのよ」
「〈探し人〉が由良さんにそこまでさせるなんて、すごいですね」
店を閉めた後、由良と中林は秋の新作の試食がてら、由良が初めて〈心の落とし物〉と関わった時の話を聴いていた。
「でも、それって〈探し人〉じゃなくて、店長の〈心の落とし物〉そのものですよね? 自分で自分の〈心の落とし物〉を見つけるなんて出来るんですか?」
「〈心の落とし物〉から目を背けなければね。追い求め、探し続ければ、自ずと見つかるものなんじゃないかしら? まぁ、私以外に見つけた人って会ったことないけど。私が〈探し人〉に気づきやすくなったのも、時期的にそれが原因なんでしょうね」
「私は過去から目を背けていたから、〈心の落とし物〉を見つけられなかったんだ……。でも、日向子さんは? ずっと人形を探していらっしゃったじゃないですか?」
「日向子は人形を忘れてはいなかったけど、わざわざ出向いて探しには行かなかったのよ。仕事が忙しくて、探す時間が取れなかったの。だから、あの子の代わりに〈探し人〉が人形を探しててくれてたってわけ」
「なかなか難しいんですね、〈心の落とし物〉や〈探し人〉を見つけるのって」
「まぁ、わざわざ探すことのないよう、悔いのない生き方をするのが大事なんだけどね」
新作の試食を済ませると、二人は帰り支度をしてLAMPを出た。
きちんと戸締りをし、店を見上げる。殺風景だった空きテナントは、懐虫電燈を思わせるレトロな喫茶店へと生まれ変わっていた。
「……おじいちゃん。夢、叶えたよ。これからもっともっと良い店にしていくからね」
由良は今は亡き祖父と自分自身に言い聞かせ、自宅へと帰っていった。
夏の夜空に浮かぶ黄金の満月は穏やかに由良を照らし、見守っていた。
(夏編①『夏の太陽、檸檬色』終わり)
(秋編①『紅葉散り散り、夕暮れ色』へ続く)
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