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夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第五話「再び灯ったユメ」⑵
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いつものように一日みっちり働き、由良が会社を出る頃には日付が変わっていた。
終電に飛び乗り、最寄りの駅で降りる。どこの店も閉まっており、街は暗闇に包まれていた。
由良は明滅する街灯の光を頼りに、闇の道を進んでいった。
すると、道の先に一軒だけ灯りが灯っている店を見つけた。今朝、前を通りかかった空きテナントだった。昼下がりの太陽のような、淡く温かな照明だった。
(……こんな夜更けに改装工事でもしてるのかしら?)
由良は明かりに引き寄せられるように、店の前へと歩み寄る。
そこには殺風景な空きテナントではなく、レトロな雰囲気が印象的な喫茶店が建っていた。一日で改装したとは思えない、立派な店だった。
通りに面した大きな窓から中を覗くと、時が止まったかのような、昔懐かしいレトロな内装が目に飛び込んできた。所狭しと並べられたアンティークのテーブルや椅子、天井にはいくつもの洋燈が吊るされ、店内を薄明るく照らしている。壁際にはカウンター席もあった。
準備中らしく、客はいない。従業員らしき人間の姿も確認できなかった。
「道、間違えた?」
由良はスマホを確認し、現在地を確認した。紛れもなく、あの空きテナントの前に立っていた。
「……最近の改装工事って、一日で出来るのね。あるいは、とんでもなく簡単に造ってあるとか?」
スマホから顔を上げ、改めて店を見上げる。
すると、店の屋根に設置された古ぼけた看板に目が止まった。臀部がライトになっているホタルの置物が看板を両端から照らしているおかげで、暗がりでも看板の字が読めた。
焦げ茶色の線で縁取られたアイボリー色の看板には、レトロな字で「純喫茶 懐虫電燈」と書いてあった。
「……嘘」
看板の字を目にした途端、由良は店のドアへ飛びついていた。ドアには「Closed」と立て札が下がっていたが、構わずドアノブをひねった。鍵は開いていた。
ドアを開け放ち、店の中へと駆け込む。足を踏み出すたびに木の床が軋み、「キィキィ」と音を立てた。
「ここ……おじいちゃんの喫茶店だ」
由良は店内を見回し、確信した。
懐虫電燈は由良の祖父、添野蛍太郎が商店街の一角で営んでいた喫茶店だった。看板を見るまで気づかなかったが、外装も内装も、全てが由良の記憶通りだった。
幼い頃、両親が共働きだった由良は、放課後や休日を懐虫電燈で過ごすことが多かった。祖父は由良が喫茶店に行くと笑顔で迎え、おやつには由良が大好きなウィンナーコーヒーと、メイプルシロップがたっぷりかかったパンケーキを出してくれた。
次第に由良も店を手伝ったり、自分でコーヒーや菓子を作るようになり、祖父や常連客に褒められた。
しかし、今はもう懐虫電燈は存在しない。由良が中学生の時に祖父が亡くなり、閉店した。
両親は祖父の喫茶店を継ぐ気はなく、早々に店を引き払った。今は改装され、骨董屋になっているはずだ。
「たまたま似たどころじゃない。一体、どうなってるの?」
その時、地下の倉庫へと続くドアが開いた。
カウンターがある壁に設置された古いドアで、由良は祖父から「絶対入っちゃダメ」とキツく言いつけられていた。幼い由良は素直に言いつけを守り、一度も入ることはなかった。
中から姿を現したのは、ヒゲを生やした白髪の老人だった。年の割に姿勢が良く、背が真っ直ぐだ。
長袖の白いシャツの袖を肘までまくり上げ、その上からコーヒー染めのエプロンを着ている。その胸元には、表の看板を照らしていた奇妙な蛍のピンバッチが付いていた。
老人は由良を見つけると、穏やかに微笑み、言った。
「いらっしゃい、由良。今日は何にするんだい?」
終電に飛び乗り、最寄りの駅で降りる。どこの店も閉まっており、街は暗闇に包まれていた。
由良は明滅する街灯の光を頼りに、闇の道を進んでいった。
すると、道の先に一軒だけ灯りが灯っている店を見つけた。今朝、前を通りかかった空きテナントだった。昼下がりの太陽のような、淡く温かな照明だった。
(……こんな夜更けに改装工事でもしてるのかしら?)
由良は明かりに引き寄せられるように、店の前へと歩み寄る。
そこには殺風景な空きテナントではなく、レトロな雰囲気が印象的な喫茶店が建っていた。一日で改装したとは思えない、立派な店だった。
通りに面した大きな窓から中を覗くと、時が止まったかのような、昔懐かしいレトロな内装が目に飛び込んできた。所狭しと並べられたアンティークのテーブルや椅子、天井にはいくつもの洋燈が吊るされ、店内を薄明るく照らしている。壁際にはカウンター席もあった。
準備中らしく、客はいない。従業員らしき人間の姿も確認できなかった。
「道、間違えた?」
由良はスマホを確認し、現在地を確認した。紛れもなく、あの空きテナントの前に立っていた。
「……最近の改装工事って、一日で出来るのね。あるいは、とんでもなく簡単に造ってあるとか?」
スマホから顔を上げ、改めて店を見上げる。
すると、店の屋根に設置された古ぼけた看板に目が止まった。臀部がライトになっているホタルの置物が看板を両端から照らしているおかげで、暗がりでも看板の字が読めた。
焦げ茶色の線で縁取られたアイボリー色の看板には、レトロな字で「純喫茶 懐虫電燈」と書いてあった。
「……嘘」
看板の字を目にした途端、由良は店のドアへ飛びついていた。ドアには「Closed」と立て札が下がっていたが、構わずドアノブをひねった。鍵は開いていた。
ドアを開け放ち、店の中へと駆け込む。足を踏み出すたびに木の床が軋み、「キィキィ」と音を立てた。
「ここ……おじいちゃんの喫茶店だ」
由良は店内を見回し、確信した。
懐虫電燈は由良の祖父、添野蛍太郎が商店街の一角で営んでいた喫茶店だった。看板を見るまで気づかなかったが、外装も内装も、全てが由良の記憶通りだった。
幼い頃、両親が共働きだった由良は、放課後や休日を懐虫電燈で過ごすことが多かった。祖父は由良が喫茶店に行くと笑顔で迎え、おやつには由良が大好きなウィンナーコーヒーと、メイプルシロップがたっぷりかかったパンケーキを出してくれた。
次第に由良も店を手伝ったり、自分でコーヒーや菓子を作るようになり、祖父や常連客に褒められた。
しかし、今はもう懐虫電燈は存在しない。由良が中学生の時に祖父が亡くなり、閉店した。
両親は祖父の喫茶店を継ぐ気はなく、早々に店を引き払った。今は改装され、骨董屋になっているはずだ。
「たまたま似たどころじゃない。一体、どうなってるの?」
その時、地下の倉庫へと続くドアが開いた。
カウンターがある壁に設置された古いドアで、由良は祖父から「絶対入っちゃダメ」とキツく言いつけられていた。幼い由良は素直に言いつけを守り、一度も入ることはなかった。
中から姿を現したのは、ヒゲを生やした白髪の老人だった。年の割に姿勢が良く、背が真っ直ぐだ。
長袖の白いシャツの袖を肘までまくり上げ、その上からコーヒー染めのエプロンを着ている。その胸元には、表の看板を照らしていた奇妙な蛍のピンバッチが付いていた。
老人は由良を見つけると、穏やかに微笑み、言った。
「いらっしゃい、由良。今日は何にするんだい?」
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