17 / 314
夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第五話「再び灯ったユメ」⑵
しおりを挟む
いつものように一日みっちり働き、由良が会社を出る頃には日付が変わっていた。
終電に飛び乗り、最寄りの駅で降りる。どこの店も閉まっており、街は暗闇に包まれていた。
由良は明滅する街灯の光を頼りに、闇の道を進んでいった。
すると、道の先に一軒だけ灯りが灯っている店を見つけた。今朝、前を通りかかった空きテナントだった。昼下がりの太陽のような、淡く温かな照明だった。
(……こんな夜更けに改装工事でもしてるのかしら?)
由良は明かりに引き寄せられるように、店の前へと歩み寄る。
そこには殺風景な空きテナントではなく、レトロな雰囲気が印象的な喫茶店が建っていた。一日で改装したとは思えない、立派な店だった。
通りに面した大きな窓から中を覗くと、時が止まったかのような、昔懐かしいレトロな内装が目に飛び込んできた。所狭しと並べられたアンティークのテーブルや椅子、天井にはいくつもの洋燈が吊るされ、店内を薄明るく照らしている。壁際にはカウンター席もあった。
準備中らしく、客はいない。従業員らしき人間の姿も確認できなかった。
「道、間違えた?」
由良はスマホを確認し、現在地を確認した。紛れもなく、あの空きテナントの前に立っていた。
「……最近の改装工事って、一日で出来るのね。あるいは、とんでもなく簡単に造ってあるとか?」
スマホから顔を上げ、改めて店を見上げる。
すると、店の屋根に設置された古ぼけた看板に目が止まった。臀部がライトになっているホタルの置物が看板を両端から照らしているおかげで、暗がりでも看板の字が読めた。
焦げ茶色の線で縁取られたアイボリー色の看板には、レトロな字で「純喫茶 懐虫電燈」と書いてあった。
「……嘘」
看板の字を目にした途端、由良は店のドアへ飛びついていた。ドアには「Closed」と立て札が下がっていたが、構わずドアノブをひねった。鍵は開いていた。
ドアを開け放ち、店の中へと駆け込む。足を踏み出すたびに木の床が軋み、「キィキィ」と音を立てた。
「ここ……おじいちゃんの喫茶店だ」
由良は店内を見回し、確信した。
懐虫電燈は由良の祖父、添野蛍太郎が商店街の一角で営んでいた喫茶店だった。看板を見るまで気づかなかったが、外装も内装も、全てが由良の記憶通りだった。
幼い頃、両親が共働きだった由良は、放課後や休日を懐虫電燈で過ごすことが多かった。祖父は由良が喫茶店に行くと笑顔で迎え、おやつには由良が大好きなウィンナーコーヒーと、メイプルシロップがたっぷりかかったパンケーキを出してくれた。
次第に由良も店を手伝ったり、自分でコーヒーや菓子を作るようになり、祖父や常連客に褒められた。
しかし、今はもう懐虫電燈は存在しない。由良が中学生の時に祖父が亡くなり、閉店した。
両親は祖父の喫茶店を継ぐ気はなく、早々に店を引き払った。今は改装され、骨董屋になっているはずだ。
「たまたま似たどころじゃない。一体、どうなってるの?」
その時、地下の倉庫へと続くドアが開いた。
カウンターがある壁に設置された古いドアで、由良は祖父から「絶対入っちゃダメ」とキツく言いつけられていた。幼い由良は素直に言いつけを守り、一度も入ることはなかった。
中から姿を現したのは、ヒゲを生やした白髪の老人だった。年の割に姿勢が良く、背が真っ直ぐだ。
長袖の白いシャツの袖を肘までまくり上げ、その上からコーヒー染めのエプロンを着ている。その胸元には、表の看板を照らしていた奇妙な蛍のピンバッチが付いていた。
老人は由良を見つけると、穏やかに微笑み、言った。
「いらっしゃい、由良。今日は何にするんだい?」
終電に飛び乗り、最寄りの駅で降りる。どこの店も閉まっており、街は暗闇に包まれていた。
由良は明滅する街灯の光を頼りに、闇の道を進んでいった。
すると、道の先に一軒だけ灯りが灯っている店を見つけた。今朝、前を通りかかった空きテナントだった。昼下がりの太陽のような、淡く温かな照明だった。
(……こんな夜更けに改装工事でもしてるのかしら?)
由良は明かりに引き寄せられるように、店の前へと歩み寄る。
そこには殺風景な空きテナントではなく、レトロな雰囲気が印象的な喫茶店が建っていた。一日で改装したとは思えない、立派な店だった。
通りに面した大きな窓から中を覗くと、時が止まったかのような、昔懐かしいレトロな内装が目に飛び込んできた。所狭しと並べられたアンティークのテーブルや椅子、天井にはいくつもの洋燈が吊るされ、店内を薄明るく照らしている。壁際にはカウンター席もあった。
準備中らしく、客はいない。従業員らしき人間の姿も確認できなかった。
「道、間違えた?」
由良はスマホを確認し、現在地を確認した。紛れもなく、あの空きテナントの前に立っていた。
「……最近の改装工事って、一日で出来るのね。あるいは、とんでもなく簡単に造ってあるとか?」
スマホから顔を上げ、改めて店を見上げる。
すると、店の屋根に設置された古ぼけた看板に目が止まった。臀部がライトになっているホタルの置物が看板を両端から照らしているおかげで、暗がりでも看板の字が読めた。
焦げ茶色の線で縁取られたアイボリー色の看板には、レトロな字で「純喫茶 懐虫電燈」と書いてあった。
「……嘘」
看板の字を目にした途端、由良は店のドアへ飛びついていた。ドアには「Closed」と立て札が下がっていたが、構わずドアノブをひねった。鍵は開いていた。
ドアを開け放ち、店の中へと駆け込む。足を踏み出すたびに木の床が軋み、「キィキィ」と音を立てた。
「ここ……おじいちゃんの喫茶店だ」
由良は店内を見回し、確信した。
懐虫電燈は由良の祖父、添野蛍太郎が商店街の一角で営んでいた喫茶店だった。看板を見るまで気づかなかったが、外装も内装も、全てが由良の記憶通りだった。
幼い頃、両親が共働きだった由良は、放課後や休日を懐虫電燈で過ごすことが多かった。祖父は由良が喫茶店に行くと笑顔で迎え、おやつには由良が大好きなウィンナーコーヒーと、メイプルシロップがたっぷりかかったパンケーキを出してくれた。
次第に由良も店を手伝ったり、自分でコーヒーや菓子を作るようになり、祖父や常連客に褒められた。
しかし、今はもう懐虫電燈は存在しない。由良が中学生の時に祖父が亡くなり、閉店した。
両親は祖父の喫茶店を継ぐ気はなく、早々に店を引き払った。今は改装され、骨董屋になっているはずだ。
「たまたま似たどころじゃない。一体、どうなってるの?」
その時、地下の倉庫へと続くドアが開いた。
カウンターがある壁に設置された古いドアで、由良は祖父から「絶対入っちゃダメ」とキツく言いつけられていた。幼い由良は素直に言いつけを守り、一度も入ることはなかった。
中から姿を現したのは、ヒゲを生やした白髪の老人だった。年の割に姿勢が良く、背が真っ直ぐだ。
長袖の白いシャツの袖を肘までまくり上げ、その上からコーヒー染めのエプロンを着ている。その胸元には、表の看板を照らしていた奇妙な蛍のピンバッチが付いていた。
老人は由良を見つけると、穏やかに微笑み、言った。
「いらっしゃい、由良。今日は何にするんだい?」
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる