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夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第五話「再び灯ったユメ」⑴
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「由良は料理が上手だね。大きくなったら、コックかパティシエかな?」
「違うよ、おじいちゃん。私ね、大きくなったら……」
由良は会社へ向かう道中、通り沿いに面した空きテナントを見つけた。
駅からは歩いて十分、大通りの向こうには商店街があり、周辺には観光名所も多数ある。借りるには申し分のない立地だった。
しかし由良は空きテナントを一瞥し、眉をひそめた。
(こんな高立地に店を構えるなんて、余程の人気店じゃないとやっていけないわね。昼間は観光客もまばらだし、新しく店が出来てもすぐに潰れそう)
由良の見立て通り、そのテナントは何度も店がオープンしては、短期間で潰れていた。
ある時は洋服屋、ある時はハンバーガーチェーン店、またある時は画廊として借りられていたが、ここしばらくは借り手がつかないままでいた。
(そのうち更地にされて、駐車場にでもなるかもね)
由良は一度も足を止めることなく空きテナントを素通りし、同じように駅を目指す会社員達の集団に紛れた。
朝の街は通りを走る車ばかりが騒々しく、空は灰色に曇っていた。
「お前は本当にトロいやつだなぁ。添野を見習え!」
「は、はい!」
騒々しいオフィスに、部長の怒号が響く。叱責されていた後輩は上司の指摘を真に受け、由良に羨望の眼差しを向けた。
そのやり取りをデスクから聞いていた由良は、キーボードを叩きながら顔をしかめた。
(……やめてよ。私、そんな大それた人間なんかじゃないんだから)
由良は所属する部署の中で一、二を争うほどの業績を上げる、優秀な社員だった。
高校では製菓を専門的に学んでいたが、大学で軌道修正し、ビジネスの道を志し、県内有数の大手企業へ就職した。友人の日向子からは「何でパティシエじゃないのよ!」と猛反対されたが、将来に対して何の希望も持っていない由良にとっては、正直どこでも良かった。
(料理は趣味でも出来るし、わざわざリスクを負ってまで店を経営するなんて馬鹿げてる。普通に働いて、お金をもらって、相応の生活を続けていけばいい)
由良は日々そう自分に言い聞かせ、働いてきた。気づけば、就職してから十年近く時が経っていた。
すると、次第に「普通でいい」と思っていた生活に虚しさを感じていった。毎日、毎日、同じことの繰り返し。翌月も、翌年も……そしていずれは定年を迎え、会社を辞める。その先のことに至っては、あまりにも先過ぎて想像もつかない。
周りが夢や将来への希望を語るのを見て、自分にはそんなものは一切ないのだと痛感させられ、毎日がさらに虚しくなる。
(だからね、後輩君。私のような人間を目指してはいけないよ。その上司は適当なことを吹き込んで、君をもっと働かせようとしているだけだ)
由良は仕事の手を止めることなく、心の中で後輩に忠告した。
当然、後輩の耳に届くはずもなく、彼は訳もなく仕事への意欲を燃やしていた。
由良とて、子供の頃は夢や将来への希望に心躍らせていた。
コック、パティシエ、バリスタ、照明デザイナー……数々の夢を抱いていたはずなのに、それら全てを捨てて、今ここにいる。一つ不思議なのは、子供の頃に一番なりたかった職業が思い出せなかったことだった。
(なんだったっけ……すっごくなりたかったのに、思い出せない。大人になったら、絶対やるって決めてたのに)
由良は忘れた夢のことをぼんやりと考えながら、仕事を進めていった。
「違うよ、おじいちゃん。私ね、大きくなったら……」
由良は会社へ向かう道中、通り沿いに面した空きテナントを見つけた。
駅からは歩いて十分、大通りの向こうには商店街があり、周辺には観光名所も多数ある。借りるには申し分のない立地だった。
しかし由良は空きテナントを一瞥し、眉をひそめた。
(こんな高立地に店を構えるなんて、余程の人気店じゃないとやっていけないわね。昼間は観光客もまばらだし、新しく店が出来てもすぐに潰れそう)
由良の見立て通り、そのテナントは何度も店がオープンしては、短期間で潰れていた。
ある時は洋服屋、ある時はハンバーガーチェーン店、またある時は画廊として借りられていたが、ここしばらくは借り手がつかないままでいた。
(そのうち更地にされて、駐車場にでもなるかもね)
由良は一度も足を止めることなく空きテナントを素通りし、同じように駅を目指す会社員達の集団に紛れた。
朝の街は通りを走る車ばかりが騒々しく、空は灰色に曇っていた。
「お前は本当にトロいやつだなぁ。添野を見習え!」
「は、はい!」
騒々しいオフィスに、部長の怒号が響く。叱責されていた後輩は上司の指摘を真に受け、由良に羨望の眼差しを向けた。
そのやり取りをデスクから聞いていた由良は、キーボードを叩きながら顔をしかめた。
(……やめてよ。私、そんな大それた人間なんかじゃないんだから)
由良は所属する部署の中で一、二を争うほどの業績を上げる、優秀な社員だった。
高校では製菓を専門的に学んでいたが、大学で軌道修正し、ビジネスの道を志し、県内有数の大手企業へ就職した。友人の日向子からは「何でパティシエじゃないのよ!」と猛反対されたが、将来に対して何の希望も持っていない由良にとっては、正直どこでも良かった。
(料理は趣味でも出来るし、わざわざリスクを負ってまで店を経営するなんて馬鹿げてる。普通に働いて、お金をもらって、相応の生活を続けていけばいい)
由良は日々そう自分に言い聞かせ、働いてきた。気づけば、就職してから十年近く時が経っていた。
すると、次第に「普通でいい」と思っていた生活に虚しさを感じていった。毎日、毎日、同じことの繰り返し。翌月も、翌年も……そしていずれは定年を迎え、会社を辞める。その先のことに至っては、あまりにも先過ぎて想像もつかない。
周りが夢や将来への希望を語るのを見て、自分にはそんなものは一切ないのだと痛感させられ、毎日がさらに虚しくなる。
(だからね、後輩君。私のような人間を目指してはいけないよ。その上司は適当なことを吹き込んで、君をもっと働かせようとしているだけだ)
由良は仕事の手を止めることなく、心の中で後輩に忠告した。
当然、後輩の耳に届くはずもなく、彼は訳もなく仕事への意欲を燃やしていた。
由良とて、子供の頃は夢や将来への希望に心躍らせていた。
コック、パティシエ、バリスタ、照明デザイナー……数々の夢を抱いていたはずなのに、それら全てを捨てて、今ここにいる。一つ不思議なのは、子供の頃に一番なりたかった職業が思い出せなかったことだった。
(なんだったっけ……すっごくなりたかったのに、思い出せない。大人になったら、絶対やるって決めてたのに)
由良は忘れた夢のことをぼんやりと考えながら、仕事を進めていった。
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