心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
9 / 314
夏編①『夏の太陽、檸檬色』

第三話「タカラモノの人形」⑵

しおりを挟む
 定休日、由良はLAMPの向かいにある商店街へ買い出しに出かけた。
 世間で商店街の衰退が問題視されているように、由良が懇意にしている洋燈ようとう商店街でもシャッターが降りている店舗が増えつつある。人通りもほとんどない。アーケードの隙間から木漏れ日のように日差しが差し込み、由良が進む先を幻想的に照らしていた。
「暑っ……ここ、冷房がついてたらいいのに」
 由良が豆電球柄の扇子で顔を仰ぎながら歩いていると、見慣れない少女が目の前を横切った。
 ノースリーブのひまわり柄のワンピースを着た少女で、長い髪を三つ編みにくくり、麦わら帽子を被っている。よほどひまわりが好きなのか、履いているサンダルもワンピースと同じひまわり柄だった。
「あの子……何処かで見たような気がするな」
 由良は少女の姿に妙な既視感を覚え、首を傾げた。正確には少女の格好に見覚えがあったのだが、どうしてもその理由が思い出せなかった。
 少女も由良の存在に気づき、立ち止まる。 
 そしてぽてぽてと近づいてくると、由良が着ている紺のシャツのすそを引っ張り、「ねぇ」と声をかけてきた。
「お姉さん、ひーちゃんのお人形さん知らない?」
「人形?」
 由良は一旦少女への既視感を忘れ、彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「どんな人形?」
「ひーちゃんとおんなじ格好してるの。そこの空き地で一緒に遊んでたんだけど、どっか行っちゃった」
 少女が指差した先には、今はゴミ捨て場となっている空き地があった。ひーちゃん、というのは、少女自身の名前だろう。
 ゴミは既に運搬された後で、空き地は閑散として見通しが良かったが、人形らしきものの姿は見当たらなかった。
(空き地……この子と同じ格好をした人形……あっ)
 由良は少女と空き地とを見比べるうちに、今まで気になっていた既視感の正体を思い出した。
「その人形……私が持ってるかも」



 由良は少女を連れ、自宅のあるLAMPへと戻った。
 少女をLAMPの店内で待たせ、二階にある自室へ走る。戸棚の引き出しを開けると、少女と全く同じ格好をした人形が入っていた。由良が大切に保管していたお陰で、人形は二十数年経っても、拾ってきた頃となんら変わらない状態を保っていた。
「お待たせ」
 由良は人形を手に、LAMP店内へ戻ってくる。
 大人しく席につき、レモネードを飲んで待っていた少女は、人形を目にした途端、
「ひーちゃんのお人形さん!」
と、慌てて立ち上がり、由良のもとへ走ってきた。
 そして由良が人形を渡すと、大事そうに力強く抱きしめた。
「お姉さん、ひーちゃんのお人形さん拾ってくれてありがとう!」
 少女は満面の笑みで、由良に礼を言った。
 次の瞬間、少女の姿は跡形もなく消えた。人形は支える力を失い、落下する。
 由良は人形が床へ到達する前につかむと、悲しげに見下ろした。
「……お礼なんて言わないでよ。私が拾ったせいで、貴方は〈探し人〉になったんだから」
 〈探し人〉が現れた以上、少女の主がこの人形に対して、強い思い入れを抱いているのは明らかだった。
 由良があの時、空き地から人形を持ち去ってさえいなければ、少女の主が〈探し人〉を生み出すことはなかったはずだ。
(この人形の持ち主は、どれほどの時間を人形を探すのに費やしたのだろう? きっと寂しい思いをしているんだろうな。もしかしたら、今も何処かで人形を探し続けているのかもしれない)
 様々な感情が頭を駆け巡り、由良は深く溜め息を吐いた。
「ハァ……この人形、今からでも空き地に戻して来ようかな。〈探し人〉が消えたってことは、そのうち人形を取り戻しにうちに来るってことでしょ? あそこのこと知ってるのって、商店街の近所に住んでる人間くらいだし……知ってる顔だったら、めちゃくちゃ気まずいじゃん」
 少女が飲み残したレモネードの氷が溶け、「カラン」と音を立てる。
 由良は人形の処遇を思案しつつ、少女に出したレモネードを片付けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

修学旅行でドイツの混浴サウナに連れて行かれました

辰巳京介
ライト文芸
私の名前は松本彩。高校の3年です。うちの高校は裕福な家庭の生徒が多く、修学旅行がドイツで現地でサウナに入るんです。 転校したての私はそのことに喜んだのですが、友達の詩織に、ドイツのサウナは混浴だと知らされ焦ります。 同じ班になった、井上翔や岸谷健一に裸をみられてしまう。

俳句庫

じゅしふぉん
現代文学
俳句?川柳? そんな感じの5▪7▪5です

私は兎に尋ねた。そして猫になった。

BBやっこ
ライト文芸
日常を送ってて、形にもならない疑問があった。学生時代には感じでも成長途中という言葉で流れていくそれらは、大人になった後で、溜まっていたものに気づく。私は、お気に入りだった兎のぬいぐるみに尋ねた。「ねえ何が変なの?」兎は答えないから、私は猫のように丸くなるだけだった。 そんな私のただの日常。 ただの独り言だった。

あの人はいつも、窓越しの空を眺めていた。

具体的な幽霊 
ライト文芸
 有名な資産家の九十九家は、代々短命なことで知られていた。初代以外の当主は、皆20代の内に亡くなっている。それだけなら遺伝子のせいなのかな、とかと思うのだけれど、この家に嫁いだ人達も同様に、30歳になる前に死んでいるのだ。  そのため周りでは、九十九家は悪魔と契約して家族の寿命と引き換えに資産を築いた黒魔術師だ、なんて評判が流れていた。  そんな九十九家の給仕になってから、まもなく一か月が経過する。  

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

~巻き込まれ少女は妖怪と暮らす~【天命のまにまに。】

東雲ゆゆいち
ライト文芸
選ばれた七名の一人であるヒロインは、異空間にある偽物の神社で妖怪退治をする事になった。 パートナーとなった狛狐と共に、封印を守る為に戦闘を繰り広げ、敵を仲間にしてゆく。 非日常系日常ラブコメディー。 ※両想いまでの道のり長めですがハッピーエンドで終わりますのでご安心ください。 ※割りとダークなシリアス要素有り! ※ちょっぴり性的な描写がありますのでご注意ください。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

処理中です...