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夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第三話「タカラモノの人形」⑵
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定休日、由良はLAMPの向かいにある商店街へ買い出しに出かけた。
世間で商店街の衰退が問題視されているように、由良が懇意にしている洋燈商店街でもシャッターが降りている店舗が増えつつある。人通りもほとんどない。アーケードの隙間から木漏れ日のように日差しが差し込み、由良が進む先を幻想的に照らしていた。
「暑っ……ここ、冷房がついてたらいいのに」
由良が豆電球柄の扇子で顔を仰ぎながら歩いていると、見慣れない少女が目の前を横切った。
ノースリーブのひまわり柄のワンピースを着た少女で、長い髪を三つ編みにくくり、麦わら帽子を被っている。よほどひまわりが好きなのか、履いているサンダルもワンピースと同じひまわり柄だった。
「あの子……何処かで見たような気がするな」
由良は少女の姿に妙な既視感を覚え、首を傾げた。正確には少女の格好に見覚えがあったのだが、どうしてもその理由が思い出せなかった。
少女も由良の存在に気づき、立ち止まる。
そしてぽてぽてと近づいてくると、由良が着ている紺のシャツのすそを引っ張り、「ねぇ」と声をかけてきた。
「お姉さん、ひーちゃんのお人形さん知らない?」
「人形?」
由良は一旦少女への既視感を忘れ、彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「どんな人形?」
「ひーちゃんとおんなじ格好してるの。そこの空き地で一緒に遊んでたんだけど、どっか行っちゃった」
少女が指差した先には、今はゴミ捨て場となっている空き地があった。ひーちゃん、というのは、少女自身の名前だろう。
ゴミは既に運搬された後で、空き地は閑散として見通しが良かったが、人形らしきものの姿は見当たらなかった。
(空き地……この子と同じ格好をした人形……あっ)
由良は少女と空き地とを見比べるうちに、今まで気になっていた既視感の正体を思い出した。
「その人形……私が持ってるかも」
由良は少女を連れ、自宅のあるLAMPへと戻った。
少女をLAMPの店内で待たせ、二階にある自室へ走る。戸棚の引き出しを開けると、少女と全く同じ格好をした人形が入っていた。由良が大切に保管していたお陰で、人形は二十数年経っても、拾ってきた頃となんら変わらない状態を保っていた。
「お待たせ」
由良は人形を手に、LAMP店内へ戻ってくる。
大人しく席につき、レモネードを飲んで待っていた少女は、人形を目にした途端、
「ひーちゃんのお人形さん!」
と、慌てて立ち上がり、由良のもとへ走ってきた。
そして由良が人形を渡すと、大事そうに力強く抱きしめた。
「お姉さん、ひーちゃんのお人形さん拾ってくれてありがとう!」
少女は満面の笑みで、由良に礼を言った。
次の瞬間、少女の姿は跡形もなく消えた。人形は支える力を失い、落下する。
由良は人形が床へ到達する前につかむと、悲しげに見下ろした。
「……お礼なんて言わないでよ。私が拾ったせいで、貴方は〈探し人〉になったんだから」
〈探し人〉が現れた以上、少女の主がこの人形に対して、強い思い入れを抱いているのは明らかだった。
由良があの時、空き地から人形を持ち去ってさえいなければ、少女の主が〈探し人〉を生み出すことはなかったはずだ。
(この人形の持ち主は、どれほどの時間を人形を探すのに費やしたのだろう? きっと寂しい思いをしているんだろうな。もしかしたら、今も何処かで人形を探し続けているのかもしれない)
様々な感情が頭を駆け巡り、由良は深く溜め息を吐いた。
「ハァ……この人形、今からでも空き地に戻して来ようかな。〈探し人〉が消えたってことは、そのうち人形を取り戻しにうちに来るってことでしょ? あそこのこと知ってるのって、商店街の近所に住んでる人間くらいだし……知ってる顔だったら、めちゃくちゃ気まずいじゃん」
少女が飲み残したレモネードの氷が溶け、「カラン」と音を立てる。
由良は人形の処遇を思案しつつ、少女に出したレモネードを片付けた。
世間で商店街の衰退が問題視されているように、由良が懇意にしている洋燈商店街でもシャッターが降りている店舗が増えつつある。人通りもほとんどない。アーケードの隙間から木漏れ日のように日差しが差し込み、由良が進む先を幻想的に照らしていた。
「暑っ……ここ、冷房がついてたらいいのに」
由良が豆電球柄の扇子で顔を仰ぎながら歩いていると、見慣れない少女が目の前を横切った。
ノースリーブのひまわり柄のワンピースを着た少女で、長い髪を三つ編みにくくり、麦わら帽子を被っている。よほどひまわりが好きなのか、履いているサンダルもワンピースと同じひまわり柄だった。
「あの子……何処かで見たような気がするな」
由良は少女の姿に妙な既視感を覚え、首を傾げた。正確には少女の格好に見覚えがあったのだが、どうしてもその理由が思い出せなかった。
少女も由良の存在に気づき、立ち止まる。
そしてぽてぽてと近づいてくると、由良が着ている紺のシャツのすそを引っ張り、「ねぇ」と声をかけてきた。
「お姉さん、ひーちゃんのお人形さん知らない?」
「人形?」
由良は一旦少女への既視感を忘れ、彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「どんな人形?」
「ひーちゃんとおんなじ格好してるの。そこの空き地で一緒に遊んでたんだけど、どっか行っちゃった」
少女が指差した先には、今はゴミ捨て場となっている空き地があった。ひーちゃん、というのは、少女自身の名前だろう。
ゴミは既に運搬された後で、空き地は閑散として見通しが良かったが、人形らしきものの姿は見当たらなかった。
(空き地……この子と同じ格好をした人形……あっ)
由良は少女と空き地とを見比べるうちに、今まで気になっていた既視感の正体を思い出した。
「その人形……私が持ってるかも」
由良は少女を連れ、自宅のあるLAMPへと戻った。
少女をLAMPの店内で待たせ、二階にある自室へ走る。戸棚の引き出しを開けると、少女と全く同じ格好をした人形が入っていた。由良が大切に保管していたお陰で、人形は二十数年経っても、拾ってきた頃となんら変わらない状態を保っていた。
「お待たせ」
由良は人形を手に、LAMP店内へ戻ってくる。
大人しく席につき、レモネードを飲んで待っていた少女は、人形を目にした途端、
「ひーちゃんのお人形さん!」
と、慌てて立ち上がり、由良のもとへ走ってきた。
そして由良が人形を渡すと、大事そうに力強く抱きしめた。
「お姉さん、ひーちゃんのお人形さん拾ってくれてありがとう!」
少女は満面の笑みで、由良に礼を言った。
次の瞬間、少女の姿は跡形もなく消えた。人形は支える力を失い、落下する。
由良は人形が床へ到達する前につかむと、悲しげに見下ろした。
「……お礼なんて言わないでよ。私が拾ったせいで、貴方は〈探し人〉になったんだから」
〈探し人〉が現れた以上、少女の主がこの人形に対して、強い思い入れを抱いているのは明らかだった。
由良があの時、空き地から人形を持ち去ってさえいなければ、少女の主が〈探し人〉を生み出すことはなかったはずだ。
(この人形の持ち主は、どれほどの時間を人形を探すのに費やしたのだろう? きっと寂しい思いをしているんだろうな。もしかしたら、今も何処かで人形を探し続けているのかもしれない)
様々な感情が頭を駆け巡り、由良は深く溜め息を吐いた。
「ハァ……この人形、今からでも空き地に戻して来ようかな。〈探し人〉が消えたってことは、そのうち人形を取り戻しにうちに来るってことでしょ? あそこのこと知ってるのって、商店街の近所に住んでる人間くらいだし……知ってる顔だったら、めちゃくちゃ気まずいじゃん」
少女が飲み残したレモネードの氷が溶け、「カラン」と音を立てる。
由良は人形の処遇を思案しつつ、少女に出したレモネードを片付けた。
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