心の落とし物

緋色刹那

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夏編①『夏の太陽、檸檬色』

第三話「タカラモノの人形」⑴

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 子供の頃、由良は商店街の空き地で人形を拾った。
 布で作られた手作りの人形で、黄色の毛糸で出来た髪を三つ編みに束ね、ひまわりの柄のワンピースを着ていた。近くには人形のものと思われる、小さな麦わら帽子も落ちていた。
「可愛い人形……」
 由良は人形に麦わら帽子を被せると、人形を持ったまま、祖父が待つ「店」へと帰った。



 ある日曜日、由良がよく知る人物がLAMPを訪れた。
「よっすー。やってる?」
 肩につかないほどの長さで髪を切り揃えている、サッパリした印象の女性だった。居酒屋にでも来たようなノリで軽く手を上げ、由良に声をかける。
 由良も彼女をよく知っているらしく、コップを拭く手を止めることなく「やってる、やってる」と答えた。
「日向子さん、いらっしゃいませ! 今日も取材ですか?」
 忙しい由良の代わりに、手が空いていた中林が女性の元へ歩み寄り、応対する。
「そうよー。デロッデロのスキャンダルをモノにしてきたの! 聞きたい?」
「ぜひ!」
「こら、仕事しなさい。中林」
 由良は中林に注意したものの、彼女は既に日向子の対面の席に座り、日向子の口から語られるデロッデロのスキャンダルに目を輝かせていた。
「なんと、あのお騒がせ女優……また、浮気したのよ!」
「えー?! この前、謝罪会見したばっかじゃないですかー!」
「……日向子、アンタ出禁にするわよ」
 彼女、葉群はむら日向子ひなこは由良の幼馴染みである。
 小学校五年生の時に同じクラスになって以来、一番の親友で、彼女には〈心の落とし物〉や〈探し人〉のことも話していた。今は新聞社に記者として勤めており、日夜スクープを追っている。
「きっと、死んだ旦那のことが忘れられないのよ。さしずめ、〈心の落とし物〉ってとこね」
「だとしたら、そのうち例の女優が〈探し人〉になって徘徊するかもしれませんね! ポルターガイストみたく!」
 〈心の落とし物〉と聞いて、中林は前のめりになる。
 由良が中林に〈心の落とし物〉や〈探し人〉のことを打ち明けたのは、彼女がLAMPで働くようになって暫く経った頃だった。もともと話すつもりはなかったのだが、由良がうっかり〈探し人〉を店へ招き入れたことがキッカケで、中林との出会いの真相も含め、全てを打ち明ける羽目になってしまった。
 幸い、中林も日向子も由良の話を信じ、他人には言い触らさないでいてくれている。
 むしろ、由良以上に〈心の落とし物〉や〈探し人〉に興味津々で、日向子が店を訪れるたびに、二人で盛り上がっていた。
「それ、絶対に見たい! 由良、見つけたら速攻で連絡よろしく! 撮影も忘れずにね!」
 日向子は嬉々として、由良に協力を依頼する。
 が、当の本人は渋い顔で断った。
「嫌よ。めんどくさい」
「えー! 店長いいじゃないですか、写真くらい! ついでにサインもお願いします!」
「だから、興味ないって。私、あの女優のファンでもなんでもないもの。それより、」
 由良は日向子と一緒になって詰め寄ってくる中林に向かって、ニッコリと微笑んだ。
「暇なら、駅前でチラシ配ってきてくれる? 百枚くらい」
 その笑顔を目にした途端、中林は「ひっ!」と悲鳴を上げる。由良の目は笑っていなかった。
「い、いえ! 忙しいです! すっごぉぉく忙しいです! それじゃ、日向子さん! 仕事が終わった後に、話の続きを!」
 中林は急いで椅子から立ち上がると、ホウキとちりとりを持って、表へと出て行った。
「ったく……日向子、仕事中はあの子に話しかけないでって言ってるでしょう?」
「いいじゃない。有希ちゃん、可愛いんだもの。ついお喋りしたくなっちゃうわ」
 ふいに、日向子は窓の外へと視線を向けた。憂いを帯びた眼差しで、LAMPの向かいにある商店街を見つめる。
「私にもね、あるの。〈心の落とし物〉」
「どんな?」
 柄にもない表情に、由良も真面目に聞き返す。
 日向子はゆっくりと由良へ向き直ると、真顔で答えた。
「去年の宝くじ……買っとけば良かった」
「……この、煩悩の塊め」

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