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夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第二話「イッポが踏み出せない」⑷
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LAMPオープンの一ヶ月前、由良はリフォームを終えたばかりの真新しい店内でバイトの面接を行なっていた。個人面接で、応募者にはあらかじめ時間を指定してある。
由良がキッチンでメニューの試作をしながら待っていると、応募者の一人である若い女性が入口のドアをノックした。
「こんにちは。本日は面接のほど、よろしくお願い致します」
かなり緊張しているのか、由良の顔をまともに見ずに頭を下げる。
由良も調理の手を止め、面接用の椅子へ移動した。
「いらっしゃい。どうぞ、そちらにおかけになってください」
「あ、ありがとうございます」
女性はホッと胸を撫で下ろし、勧められた椅子に腰かける。
改めて由良の顔を見た瞬間、「えっ」と目を見張った。
「あ、あの……!」
「どうかしました? トイレなら向こうですが」
「いえ、そうではなく!」
女性はそれまで緊張を忘れ、由良へと詰め寄った。
「以前、走馬中学校の校門の前でお会いしましたよね? 校門の前に幽霊がいるって噂を知っているか、尋ねてこられませんでしたか?」
「走馬中学校……」
由良は彼女のことを思い出そうと、記憶をたどる。
ふと、机の上に置いていた彼女の履歴書を見て、「あっ」と声を上げた。彼女は由良が走馬中学校の校門の前で出会った〈探し人〉の主、中林有希だった。
同時に、当時の苦い失敗も蘇る。他人の辛い過去を知っているというのは、なんともバツが悪かった。
「あの時は急におかしなことを尋ねてごめんなさい。あの日は一日中喫茶店を回っていたから、疲れと暑さで頭が働くなっていたの」
「一日中?! すごいパワフルですね。私の方こそ、あの時は上手く説明できなくてすみませんでした。あまりにも身に覚えのある質問だったので、びっくりしちゃったんです」
中林は照れ臭そうに「ふふっ」と笑う。まさか、由良が自分の過去を知っているとは思うまい。
真相を話すわけにもいかず、由良はただただ申し訳なかった。
面接が始まった。
中林は由良が一度会ったことのある相手だと分かったからか、すっかり緊張が解けた様子でハキハキと喋った。最初にLAMPへ入ってきた時とは、まるで別人だった。
「なるほど。高校を卒業してからしばらくは、お家で過ごされていたんですね」
「はい。就職を志望していたのですが、人見知りのせいで上手くいかず……かえって外に出るのが億劫になってしまったんです。でも、添野さんと会った頃に、突然『このままじゃダメだ』って気づいて、自分を変えようと決心しました」
話を聞くうちに、彼女が中学を卒業してからどのような人生を歩んだのか、だんだん分かってきた。
中林は中学を卒業した後、通信制の高校へと進学した。
高校では「自分には友達作りは向いていない」と割り切り、最低限の接触に留めた。教室で浮いていても、親しい相手がいなくて寂しくても、我慢した。
その甲斐あってか、一度も留年することなく、無事に高校を卒業した。
が、一難去って、また一難。持ち前の人見知りが仇となり、就職活動に失敗。その挫折がトラウマとなり、家に引きこもるようになってしまった。
ほとんど外出せず、部屋にこもって毎日自分を責める日々。行くとしても、近所にあるコンビニが限界。由良と会った日も、ちょうどコンビニに行く途中だったという。
(あの〈探し人〉のこともあるし、出来ることなら雇ってあげたいけど……)
面接態度は完璧。
接客業の経験がないのは、由良も同じ。
足りない部分はやる気と向上心で補ってもらい、徐々に覚えていってもらえばいい。
ただ、本当の彼女を知っている由良には、どうしても確認しておかねばならないことがあった。
「この仕事、接客業だけど大丈夫? どんなお客様にも分けへだてなく声をかけられる?」
「はい」
中林は真っ直ぐな眼差しで頷いた。
「私、もう後悔したくないんです。昔みたいに、諦めて一歩も先に進まないまま終わりたくありません。少しずつでも挑戦したい……ううん、します!」
「……そう」
中林はやる気に満ちあふれていた。見違えるほど変わった彼女は、夏の太陽よりも眩しかった。
〈探し人〉の未練を解消しても、過去は変えられない。
だが、〈探し人〉が囚われていた「過去」に見切りをつけたことで、持ち主である中林は「今」を生きられるようになったのだ。
(私がやったことも、無駄じゃなかったってことかな……?)
由良はスゥッと胸のつかえが下りていくのを感じつつ、これから中林とどんな店を作っていきたいのか考え始めた。
(夏編①『夏の太陽、檸檬色』第三話に続く)
由良がキッチンでメニューの試作をしながら待っていると、応募者の一人である若い女性が入口のドアをノックした。
「こんにちは。本日は面接のほど、よろしくお願い致します」
かなり緊張しているのか、由良の顔をまともに見ずに頭を下げる。
由良も調理の手を止め、面接用の椅子へ移動した。
「いらっしゃい。どうぞ、そちらにおかけになってください」
「あ、ありがとうございます」
女性はホッと胸を撫で下ろし、勧められた椅子に腰かける。
改めて由良の顔を見た瞬間、「えっ」と目を見張った。
「あ、あの……!」
「どうかしました? トイレなら向こうですが」
「いえ、そうではなく!」
女性はそれまで緊張を忘れ、由良へと詰め寄った。
「以前、走馬中学校の校門の前でお会いしましたよね? 校門の前に幽霊がいるって噂を知っているか、尋ねてこられませんでしたか?」
「走馬中学校……」
由良は彼女のことを思い出そうと、記憶をたどる。
ふと、机の上に置いていた彼女の履歴書を見て、「あっ」と声を上げた。彼女は由良が走馬中学校の校門の前で出会った〈探し人〉の主、中林有希だった。
同時に、当時の苦い失敗も蘇る。他人の辛い過去を知っているというのは、なんともバツが悪かった。
「あの時は急におかしなことを尋ねてごめんなさい。あの日は一日中喫茶店を回っていたから、疲れと暑さで頭が働くなっていたの」
「一日中?! すごいパワフルですね。私の方こそ、あの時は上手く説明できなくてすみませんでした。あまりにも身に覚えのある質問だったので、びっくりしちゃったんです」
中林は照れ臭そうに「ふふっ」と笑う。まさか、由良が自分の過去を知っているとは思うまい。
真相を話すわけにもいかず、由良はただただ申し訳なかった。
面接が始まった。
中林は由良が一度会ったことのある相手だと分かったからか、すっかり緊張が解けた様子でハキハキと喋った。最初にLAMPへ入ってきた時とは、まるで別人だった。
「なるほど。高校を卒業してからしばらくは、お家で過ごされていたんですね」
「はい。就職を志望していたのですが、人見知りのせいで上手くいかず……かえって外に出るのが億劫になってしまったんです。でも、添野さんと会った頃に、突然『このままじゃダメだ』って気づいて、自分を変えようと決心しました」
話を聞くうちに、彼女が中学を卒業してからどのような人生を歩んだのか、だんだん分かってきた。
中林は中学を卒業した後、通信制の高校へと進学した。
高校では「自分には友達作りは向いていない」と割り切り、最低限の接触に留めた。教室で浮いていても、親しい相手がいなくて寂しくても、我慢した。
その甲斐あってか、一度も留年することなく、無事に高校を卒業した。
が、一難去って、また一難。持ち前の人見知りが仇となり、就職活動に失敗。その挫折がトラウマとなり、家に引きこもるようになってしまった。
ほとんど外出せず、部屋にこもって毎日自分を責める日々。行くとしても、近所にあるコンビニが限界。由良と会った日も、ちょうどコンビニに行く途中だったという。
(あの〈探し人〉のこともあるし、出来ることなら雇ってあげたいけど……)
面接態度は完璧。
接客業の経験がないのは、由良も同じ。
足りない部分はやる気と向上心で補ってもらい、徐々に覚えていってもらえばいい。
ただ、本当の彼女を知っている由良には、どうしても確認しておかねばならないことがあった。
「この仕事、接客業だけど大丈夫? どんなお客様にも分けへだてなく声をかけられる?」
「はい」
中林は真っ直ぐな眼差しで頷いた。
「私、もう後悔したくないんです。昔みたいに、諦めて一歩も先に進まないまま終わりたくありません。少しずつでも挑戦したい……ううん、します!」
「……そう」
中林はやる気に満ちあふれていた。見違えるほど変わった彼女は、夏の太陽よりも眩しかった。
〈探し人〉の未練を解消しても、過去は変えられない。
だが、〈探し人〉が囚われていた「過去」に見切りをつけたことで、持ち主である中林は「今」を生きられるようになったのだ。
(私がやったことも、無駄じゃなかったってことかな……?)
由良はスゥッと胸のつかえが下りていくのを感じつつ、これから中林とどんな店を作っていきたいのか考え始めた。
(夏編①『夏の太陽、檸檬色』第三話に続く)
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