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夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第二話「イッポが踏み出せない」⑶
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「なんと、まぁ」
由良は女子生徒が消えたことに驚き、唖然とした。彼女は人間ではなく、〈探し人〉だったのだ。
「ってことは、あの子が死んだ霊っていう噂は嘘?」
その時、ママチャリに乗った女性が近づいてきた。二十歳前後の若い女性で、どことなく影がある。
女性は校門の前にいる由良に気づくと、視線を合わせないよう顔を背けた。由良を警戒しているというより、どう接したらいいのか分からない様子だった。
「ちょい待ち」
「きゃっ?!」
由良はママチャリのカゴをつかみ、女性を止めさせた。
女性は小さく悲鳴を上げ、ブレーキをかける。さほどスピードが出ていなかったおかげで、転倒せずに済んだ。
「貴方、このへんに住んでる人?」
「そ、そうですけど……」
女性は目を泳がせ、おどおどと返す。見知らぬ人間に自転車を止められて動揺しているらしい。
由良は構わず、矢継ぎ早に質問した。
「あの校門の前に幽霊が出るって噂は知ってる?」
「は、はい。一応」
「実際に見たことは?」
「ない……と思います。うちの母は一度だけ見たことがあって、すごく驚いていました。中学生の頃の貴方にそっくりだったって」
「……なんですって?」
由良は女性の顔を改めてよく観察した。
女子生徒よりも痩せてはいるが、確かに面影はあった。
「貴方、名前は?」
「中林有希ですけど……」
「中林……」
由良は女子生徒の制服に刺繍されていた名字を思い出し、顔を曇らせた。彼女の名字も「中林」だった。
何処にでもいそうな、ありふれた名字ではある。が、由良には偶然とは思えなかった。
「教室には結局、行けたの?」
「えっ?」
途端に、女性は青ざめた。冷や水を浴びたかのように、体が硬直する。
答えられずとも、由良が全てを悟るには充分な変化だった。
「……なんでもないわ。急に自転車を止めて、ごめんなさい」
由良はママチャリのカゴから手を離すと、その場から足早に立ち去った。
おそらく、校門の前にいた女子生徒は今し方会った女性の〈探し人〉だろう。〈探し人〉同様、「学校を卒業するまでに教室へ行きたい」と願っていたに違いない。
だが、あの様子を見るに、その願いは叶わなかったらしい。果たせなかった未練は深く、中学を卒業して数年経った今でも、〈探し人〉を生み出すほどに後悔している……。
「……」
校門の前にいた〈探し人〉は由良のおかげで未練を解消し、消滅した。
しかし、だからと言って過去を変えられたわけではない。女性が学校へ行けなかった過去は、未来永劫消えない。
その事実を改めて突きつけられたような気がして、由良はたまらなく苦しくなった。
「……だから〈探し人〉なんかと関わりたくないのに。とっくの昔に終わったことを叶えたって、何になる? あの人の今は変えられやしないのに」
由良は言い知れぬ怒りと悲しみに苛立ちつつ、黄昏の街へと帰っていった。
その後ろ姿を、ママチャリの女性は不思議そうに見つめていた。
「何でだろう? あの人を見てると、どんな困難なことでも乗り越えられるような気がする」
不安でいっぱいだったはずの心の中に、小さな勇気が蝋燭の炎のようにポッと灯る。
女性は急な心境の変化に首を傾げつつ、由良が去っていた方角とは反対に向かって自転車を走らせた。
由良は女子生徒が消えたことに驚き、唖然とした。彼女は人間ではなく、〈探し人〉だったのだ。
「ってことは、あの子が死んだ霊っていう噂は嘘?」
その時、ママチャリに乗った女性が近づいてきた。二十歳前後の若い女性で、どことなく影がある。
女性は校門の前にいる由良に気づくと、視線を合わせないよう顔を背けた。由良を警戒しているというより、どう接したらいいのか分からない様子だった。
「ちょい待ち」
「きゃっ?!」
由良はママチャリのカゴをつかみ、女性を止めさせた。
女性は小さく悲鳴を上げ、ブレーキをかける。さほどスピードが出ていなかったおかげで、転倒せずに済んだ。
「貴方、このへんに住んでる人?」
「そ、そうですけど……」
女性は目を泳がせ、おどおどと返す。見知らぬ人間に自転車を止められて動揺しているらしい。
由良は構わず、矢継ぎ早に質問した。
「あの校門の前に幽霊が出るって噂は知ってる?」
「は、はい。一応」
「実際に見たことは?」
「ない……と思います。うちの母は一度だけ見たことがあって、すごく驚いていました。中学生の頃の貴方にそっくりだったって」
「……なんですって?」
由良は女性の顔を改めてよく観察した。
女子生徒よりも痩せてはいるが、確かに面影はあった。
「貴方、名前は?」
「中林有希ですけど……」
「中林……」
由良は女子生徒の制服に刺繍されていた名字を思い出し、顔を曇らせた。彼女の名字も「中林」だった。
何処にでもいそうな、ありふれた名字ではある。が、由良には偶然とは思えなかった。
「教室には結局、行けたの?」
「えっ?」
途端に、女性は青ざめた。冷や水を浴びたかのように、体が硬直する。
答えられずとも、由良が全てを悟るには充分な変化だった。
「……なんでもないわ。急に自転車を止めて、ごめんなさい」
由良はママチャリのカゴから手を離すと、その場から足早に立ち去った。
おそらく、校門の前にいた女子生徒は今し方会った女性の〈探し人〉だろう。〈探し人〉同様、「学校を卒業するまでに教室へ行きたい」と願っていたに違いない。
だが、あの様子を見るに、その願いは叶わなかったらしい。果たせなかった未練は深く、中学を卒業して数年経った今でも、〈探し人〉を生み出すほどに後悔している……。
「……」
校門の前にいた〈探し人〉は由良のおかげで未練を解消し、消滅した。
しかし、だからと言って過去を変えられたわけではない。女性が学校へ行けなかった過去は、未来永劫消えない。
その事実を改めて突きつけられたような気がして、由良はたまらなく苦しくなった。
「……だから〈探し人〉なんかと関わりたくないのに。とっくの昔に終わったことを叶えたって、何になる? あの人の今は変えられやしないのに」
由良は言い知れぬ怒りと悲しみに苛立ちつつ、黄昏の街へと帰っていった。
その後ろ姿を、ママチャリの女性は不思議そうに見つめていた。
「何でだろう? あの人を見てると、どんな困難なことでも乗り越えられるような気がする」
不安でいっぱいだったはずの心の中に、小さな勇気が蝋燭の炎のようにポッと灯る。
女性は急な心境の変化に首を傾げつつ、由良が去っていた方角とは反対に向かって自転車を走らせた。
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