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夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第二話「イッポが踏み出せない」⑵
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女子生徒は鞄を手に、校門の前で佇んでいた。
不安そうな面持ちで校舎を見上げ、何度もため息を吐いている。胸元のポケットには「中林」と彼女の名前が刺繍されていた。
(……幽霊って、ため息吐かないよね?)
由良は女子生徒の様子から、彼女が幽霊ではないと確信した。突然現れたように見えたのも、自分が気づいていなかっただけだろうと思い込んだ。
女子生徒は校門をくぐろうと、一歩踏み出す。しかしすぐに元の位置へと引っ込め、後ずさりした。
「ハァ……やっぱり今日もダメだ」
「何がダメなの?」
「ひっ?!」
由良が声をかけると、女子生徒は心底驚いた様子で飛び上がり、こちらを振り返った。ひどく怯えた様子で、由良を警戒している。
一方の由良は女子生徒に興味津々で、「ここの生徒?」と遠慮なく尋ねた。
「そ、そうですけど……私に何か御用でしょうか?」
「別に? 最近、この学校の校門の前に女子生徒の幽霊が出るって噂を聞いたから、本当にいるかどうか気になっただけ。まさか、幽霊の正体が生きた人間だとは思わなかったけど」
「え……?」
女子生徒は由良が言わんとしていることを察せず、キョトンとする。
やがて、噂の幽霊が自分のことを指しているのだと気づくと、「あ、そういうこと……」と自嘲気味に笑った。
「私、とうとう幽霊にされちゃったんですね」
「まぁ、あなたのことかどうかは定かじゃないけどね」
由良は一応否定したが、女子生徒は首を振り「きっとそうです」と言い張った。
「ずっと校門の前に立ってるから不気味に思われてるんですよ。私だって同じ立場だったら、そう思います。でも、どうしても諦めきれなくて……」
女子生徒はぽつぽつと、由良に自らの身の上話を打ち明けた。
「私、今年の春に家庭の事情で遠方から引っ越してきたんです。学校に馴染めるよう、入学に合わせて転校してきたんですが、周りは地元の人達ばかりで、よそ者の私は輪に入れませんでした。もともと人見知りなのもあって、だんだん学校を休むようになり、いつの間にか三年生になっていました」
女子生徒は夕日に照らされた校舎を眩しそうに見上げる。
その横顔には憧れとは別に、焦りの色が見えた。
「今年で中学最後だと気づいた瞬間、無性に学校へ行きたくなりました。このまま一度も教室に戻れずに卒業したら、絶対に後悔すると思ったんです。最初は制服を着るのも、家から外へ出るのも恐怖でした。そしてとうとう、正門の前まで来られるようになったんです」
でも、と女子生徒は悲しげに目を伏せた。
「これ以上、先には進めないんです。あとは教室に行くだけなのに、体が思うように動いてくれない。一歩踏み出しても、すぐに引っ込めてしまう。あと少し……あと少しなのに……!」
「……」
学生時代、由良は何不自由のない人間関係を築いてきた。学校に行くのを「面倒だ」と思う日はあれど、精神的な理由で行けなくなったことはない。
ゆえに、女子生徒の悩みを心から理解することは出来ない。それでも事情を知った以上、放ってもおけなかった。
由良はどうすれば彼女が再び学校に行けるようになるか、考えた。考えに考え抜いた末、こう提案した。
「じゃあさ、とりあえず一歩だけ進んでみたら?」
「え?」
由良の意外な提案に、女子生徒は呆然とした。
「一歩だけでいいんですか?」
「うん」
由良は大真面目に頷いた。
「で、慣れてきたら二歩、三歩と進んでみるの。嫌だったら、歩数を減らしてもいい。そうやってどんどん進んでいったら……いつかは教室にたどり着けるんじゃない?」
「いつかは……」
女子生徒は由良の提案を聞き、自身のつま先をジッと見下ろした。
やがて意を決し、足を一歩前へ踏み出した。校門をくぐり、一歩、教室に近づく。
振り返った彼女の顔は、これで目標を達成したかのように晴れやかだった。
「出来ました!」
「えぇ、出来ましたね」
すぐさま、足を引っ込める。この調子なら明日からも大丈夫だろう。
女子生徒は由良に深々と頭を下げ、礼を言った。
「私、明日からまた頑張れる気がします。色々とありがとうございました」
次の瞬間、女子生徒は由良の目の前でパッと消えた。
不安そうな面持ちで校舎を見上げ、何度もため息を吐いている。胸元のポケットには「中林」と彼女の名前が刺繍されていた。
(……幽霊って、ため息吐かないよね?)
由良は女子生徒の様子から、彼女が幽霊ではないと確信した。突然現れたように見えたのも、自分が気づいていなかっただけだろうと思い込んだ。
女子生徒は校門をくぐろうと、一歩踏み出す。しかしすぐに元の位置へと引っ込め、後ずさりした。
「ハァ……やっぱり今日もダメだ」
「何がダメなの?」
「ひっ?!」
由良が声をかけると、女子生徒は心底驚いた様子で飛び上がり、こちらを振り返った。ひどく怯えた様子で、由良を警戒している。
一方の由良は女子生徒に興味津々で、「ここの生徒?」と遠慮なく尋ねた。
「そ、そうですけど……私に何か御用でしょうか?」
「別に? 最近、この学校の校門の前に女子生徒の幽霊が出るって噂を聞いたから、本当にいるかどうか気になっただけ。まさか、幽霊の正体が生きた人間だとは思わなかったけど」
「え……?」
女子生徒は由良が言わんとしていることを察せず、キョトンとする。
やがて、噂の幽霊が自分のことを指しているのだと気づくと、「あ、そういうこと……」と自嘲気味に笑った。
「私、とうとう幽霊にされちゃったんですね」
「まぁ、あなたのことかどうかは定かじゃないけどね」
由良は一応否定したが、女子生徒は首を振り「きっとそうです」と言い張った。
「ずっと校門の前に立ってるから不気味に思われてるんですよ。私だって同じ立場だったら、そう思います。でも、どうしても諦めきれなくて……」
女子生徒はぽつぽつと、由良に自らの身の上話を打ち明けた。
「私、今年の春に家庭の事情で遠方から引っ越してきたんです。学校に馴染めるよう、入学に合わせて転校してきたんですが、周りは地元の人達ばかりで、よそ者の私は輪に入れませんでした。もともと人見知りなのもあって、だんだん学校を休むようになり、いつの間にか三年生になっていました」
女子生徒は夕日に照らされた校舎を眩しそうに見上げる。
その横顔には憧れとは別に、焦りの色が見えた。
「今年で中学最後だと気づいた瞬間、無性に学校へ行きたくなりました。このまま一度も教室に戻れずに卒業したら、絶対に後悔すると思ったんです。最初は制服を着るのも、家から外へ出るのも恐怖でした。そしてとうとう、正門の前まで来られるようになったんです」
でも、と女子生徒は悲しげに目を伏せた。
「これ以上、先には進めないんです。あとは教室に行くだけなのに、体が思うように動いてくれない。一歩踏み出しても、すぐに引っ込めてしまう。あと少し……あと少しなのに……!」
「……」
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「じゃあさ、とりあえず一歩だけ進んでみたら?」
「え?」
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「一歩だけでいいんですか?」
「うん」
由良は大真面目に頷いた。
「で、慣れてきたら二歩、三歩と進んでみるの。嫌だったら、歩数を減らしてもいい。そうやってどんどん進んでいったら……いつかは教室にたどり着けるんじゃない?」
「いつかは……」
女子生徒は由良の提案を聞き、自身のつま先をジッと見下ろした。
やがて意を決し、足を一歩前へ踏み出した。校門をくぐり、一歩、教室に近づく。
振り返った彼女の顔は、これで目標を達成したかのように晴れやかだった。
「出来ました!」
「えぇ、出来ましたね」
すぐさま、足を引っ込める。この調子なら明日からも大丈夫だろう。
女子生徒は由良に深々と頭を下げ、礼を言った。
「私、明日からまた頑張れる気がします。色々とありがとうございました」
次の瞬間、女子生徒は由良の目の前でパッと消えた。
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