3 / 314
夏編①『夏の太陽、檸檬色』
第一話「ホンを探す男性」⑶
しおりを挟む
男性が帰った後、アルバイトの女性の中林が、こそこそと由良のもとへと歩み寄ってきた。
「さっきのお客さん、店長のおかげで探し物が見つかったんですよね? どうして言わなかったんですか?」
どうも、由良と男性の会話に聞き耳を立てていたらしい。
由良は男性が使った食器を洗いながら「言っても仕方ないって」と、素っ気なく返した。
「"貴方の〈探し人〉が、貴方の代わりに〈心の落とし物〉の在り処を探していたので教えてあげました"……なんて、信じてもらえると思う? いくら不思議な体験をしたとはいえ、胡散臭い店員だと思われるだけよ」
〈探し人〉とは、生きている人間が心に抱えている未練を解消するため、当人の知らぬ間に具現化し、活動している存在のことである。未練を抱いている時代によって容姿が変わるため、現在と変わらない外見の者もいれば、今回の男性のように昔の姿で徘徊している者もいる。
一般的には生き霊と呼ばれている存在だが、由良は「生きてるのに"霊"なんて、変」と、勝手に〈探し人〉と呼んでいる。
また、彼らが解消しようとしている未練のことも「もっと響きのいい名前がいい」という個人的な理由で、〈心の落とし物〉と呼んでいた。
〈探し人〉は常人にも見えてはいるが、気配が希薄で、気づかれにくい。現に、中林は由良が追っていった男性の〈探し人〉には気づかなかった。
一方、由良は〈探し人〉に気づきやすい体質だった。霊感の類いは一切なく、死者の霊は全く見えないどころか、気配すら感じない。にも関わらず、〈探し人〉だけはハッキリと見えた。
周囲から奇異の目を向けられないよう、なるべく彼らとは関わらないと決めてはいる。が、普通の人間と全く見分けがつかないため、避けられないことの方が多かった。
「えー、私は信じるけどなぁ。知らない場所の名前が急に頭に浮かぶなんて、超常現象以外に考えられないじゃないですかー」
中林は不満そうに唇を尖らせる。
彼女は由良の特異体質を知る、数少ない人間の一人だった。元々オカルト好きなのもあり、いつも由良の体験を熱心に聞いていた。
「そう思うのは、中林さんと日向子だけよ。普通の人は『ただ忘れてただけだ』って思うんじゃない? 少なくとも、私だったら絶対に信じない」
「そんなの面白くないですよぉ。もっと、ファンタジックに生きましょう?」
その時、お客さんが「すみませーん」と中林を呼んだ。
中林は慌てて話を切り上げ、「はい、ただいま!」とお客さんの元へ駆けていく。
由良は明るく笑顔で接客する彼女を見て、感慨に耽った。
「中林さん、ずいぶん変わったな。昔はあんなに暗かったのに……やば、ちょっと泣きそう」
由良はこみ上げてくるものをなんとか抑え、中林と初めて出会った時のことを思い出した。
彼女との出会いもまた、〈心の落とし物〉がキッカケだった。
(夏編①『夏の太陽、檸檬色』第二話「イッポが踏み出せない」へ続く)
「さっきのお客さん、店長のおかげで探し物が見つかったんですよね? どうして言わなかったんですか?」
どうも、由良と男性の会話に聞き耳を立てていたらしい。
由良は男性が使った食器を洗いながら「言っても仕方ないって」と、素っ気なく返した。
「"貴方の〈探し人〉が、貴方の代わりに〈心の落とし物〉の在り処を探していたので教えてあげました"……なんて、信じてもらえると思う? いくら不思議な体験をしたとはいえ、胡散臭い店員だと思われるだけよ」
〈探し人〉とは、生きている人間が心に抱えている未練を解消するため、当人の知らぬ間に具現化し、活動している存在のことである。未練を抱いている時代によって容姿が変わるため、現在と変わらない外見の者もいれば、今回の男性のように昔の姿で徘徊している者もいる。
一般的には生き霊と呼ばれている存在だが、由良は「生きてるのに"霊"なんて、変」と、勝手に〈探し人〉と呼んでいる。
また、彼らが解消しようとしている未練のことも「もっと響きのいい名前がいい」という個人的な理由で、〈心の落とし物〉と呼んでいた。
〈探し人〉は常人にも見えてはいるが、気配が希薄で、気づかれにくい。現に、中林は由良が追っていった男性の〈探し人〉には気づかなかった。
一方、由良は〈探し人〉に気づきやすい体質だった。霊感の類いは一切なく、死者の霊は全く見えないどころか、気配すら感じない。にも関わらず、〈探し人〉だけはハッキリと見えた。
周囲から奇異の目を向けられないよう、なるべく彼らとは関わらないと決めてはいる。が、普通の人間と全く見分けがつかないため、避けられないことの方が多かった。
「えー、私は信じるけどなぁ。知らない場所の名前が急に頭に浮かぶなんて、超常現象以外に考えられないじゃないですかー」
中林は不満そうに唇を尖らせる。
彼女は由良の特異体質を知る、数少ない人間の一人だった。元々オカルト好きなのもあり、いつも由良の体験を熱心に聞いていた。
「そう思うのは、中林さんと日向子だけよ。普通の人は『ただ忘れてただけだ』って思うんじゃない? 少なくとも、私だったら絶対に信じない」
「そんなの面白くないですよぉ。もっと、ファンタジックに生きましょう?」
その時、お客さんが「すみませーん」と中林を呼んだ。
中林は慌てて話を切り上げ、「はい、ただいま!」とお客さんの元へ駆けていく。
由良は明るく笑顔で接客する彼女を見て、感慨に耽った。
「中林さん、ずいぶん変わったな。昔はあんなに暗かったのに……やば、ちょっと泣きそう」
由良はこみ上げてくるものをなんとか抑え、中林と初めて出会った時のことを思い出した。
彼女との出会いもまた、〈心の落とし物〉がキッカケだった。
(夏編①『夏の太陽、檸檬色』第二話「イッポが踏み出せない」へ続く)
1
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる