心の落とし物

緋色刹那

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夏編①『夏の太陽、檸檬色』

第一話「ホンを探す男性」⑶

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 男性が帰った後、アルバイトの女性の中林なかばやしが、こそこそと由良のもとへと歩み寄ってきた。
「さっきのお客さん、店長のおかげで探し物が見つかったんですよね? どうして言わなかったんですか?」
 どうも、由良と男性の会話に聞き耳を立てていたらしい。
 由良は男性が使った食器を洗いながら「言っても仕方ないって」と、素っ気なく返した。
「"貴方の〈探し人〉が、貴方の代わりに〈心の落とし物〉の在り処を探していたので教えてあげました"……なんて、信じてもらえると思う? いくら不思議な体験をしたとはいえ、胡散臭い店員だと思われるだけよ」
 〈探し人〉とは、生きている人間が心に抱えている未練を解消するため、当人の知らぬ間に具現化し、活動している存在のことである。未練を抱いている時代によって容姿が変わるため、現在と変わらない外見の者もいれば、今回の男性のように昔の姿で徘徊している者もいる。
 一般的には生き霊と呼ばれている存在だが、由良は「生きてるのに"霊"なんて、変」と、勝手に〈探し人〉と呼んでいる。
 また、彼らが解消しようとしている未練のことも「もっと響きのいい名前がいい」という個人的な理由で、〈心の落とし物〉と呼んでいた。
 〈探し人〉は常人にも見えてはいるが、気配が希薄で、気づかれにくい。現に、中林は由良が追っていった男性の〈探し人〉には気づかなかった。
 一方、由良は〈探し人〉に気づきやすい体質だった。霊感の類いは一切なく、死者の霊は全く見えないどころか、気配すら感じない。にも関わらず、〈探し人〉だけはハッキリと見えた。
 周囲から奇異の目を向けられないよう、なるべく彼らとは関わらないと決めてはいる。が、普通の人間と全く見分けがつかないため、避けられないことの方が多かった。
「えー、私は信じるけどなぁ。知らない場所の名前が急に頭に浮かぶなんて、超常現象以外に考えられないじゃないですかー」
 中林は不満そうに唇を尖らせる。
 彼女は由良の特異体質を知る、数少ない人間の一人だった。元々オカルト好きなのもあり、いつも由良の体験を熱心に聞いていた。
「そう思うのは、中林さんと日向子ひなこだけよ。普通の人は『ただ忘れてただけだ』って思うんじゃない? 少なくとも、私だったら絶対に信じない」
「そんなの面白くないですよぉ。もっと、ファンタジックに生きましょう?」
 その時、お客さんが「すみませーん」と中林を呼んだ。
 中林は慌てて話を切り上げ、「はい、ただいま!」とお客さんの元へ駆けていく。
 由良は明るく笑顔で接客する彼女を見て、感慨にふけった。
「中林さん、ずいぶん変わったな。昔はあんなに暗かったのに……やば、ちょっと泣きそう」
 由良はこみ上げてくるものをなんとか抑え、中林と初めて出会った時のことを思い出した。
 彼女との出会いもまた、〈心の落とし物〉がキッカケだった。



(夏編①『夏の太陽、檸檬色』第二話「イッポが踏み出せない」へ続く)
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