贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第?話〈2024年エイプリルフール企画〉

「数奇中学オカルト研究同好会 呪われていない廃病院」完結編

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 黒縄は手術室の天井をすり抜け、屋上に立つ。
 鎖鎌を振るい、一面に生い茂った雑草を刈り尽くすと、手術室からくすねてきた輸血用血液(使用期限切れ)を使い、巨大な魔法陣を描いた。
「陣に囚えし、異形の者共よ。贄なる血を受け入れ、我が命に従え」
 陣へ妖力を込め、呪文を唱える。
 ところが、
「暴れ、狂い……? いや、?」
 あまり使ったことのない術だったため、
散刃サンバ出威須古ディスコ笛酢フェス華唖煮波流カーニバル巴里陽パリピ?」
 呪文がうろ覚えで、
「時には起こせよ、断巣◯ンス弾洲ダ◯ス革命レボリューション……?」
 だんだんテキトーになっていった。
(絶対、間違ってる。特に後半)
「えぇい! あの強盗団どもを足止めできりゃあ、それでいい! ザコども、かかれぃ!」
 ヤケクソで、陣を起動する。
 陣は虹色に輝き、廃病院にいる異形達の心を支配した。彼らは一瞬動きを止め、
「ウェーイ!」
「祭りだ祭り!」
「BON☆ODORI、FOOOO!!!!!」
「大人しく寝てる場合じゃねぇ!」
「イイジマさん! フルスロットルで頼むゾイ!」
「オッケー! ぶっ飛ばすZE!」
「ハットリさんが脱走した!」
「トルネードに混ざる気か?! 早く止めろ!」
 ……一斉に踊り始めた。
 院内中に鳴り響くノリノリのダンスミュージックに合わせ、踊り、舞い、渦を作る。白く無機質だった蛍光灯が、ミラーボールのごとく七色の光を放つ。世界中の祭りを同時にスタートさせたような、異様な盛り上がりだった。
 原因は、黒縄が呪文を間違えたせいだろう。本来なら、廃病院にいる異形達を凶暴化させ、操る術だったのだが、なんだか面白可笑しい感じに狂ってしまった。制御も効かない。
「なんじゃこりゃ」
 鬼である黒縄にしてみれば「なんじゃこりゃ」な状況だったが、
「なんだこの化け物どもは?!」
「ひぃぃ! こっち来んじゃねぇ!」
「銃が効かな、ギャァァァ!!!」
 人間である強盗団にとっては、恐怖の絵面だった。
 術の影響で、廃病院全体の妖気の濃度が上がったらしい。突然現れた異形達に怯え、あちこちで悲鳴を上げていた。
 黒縄も急いで、岡本がいる手術室へ戻る。
「おい、無事か?!」
「メガネ、メガネ……」
「……まだメガネ探してやがる」
 岡本はまだ棚の下を探していた。見えないので、探した場所かどうかも分かっていないらしい。
 岡本は黒縄の声に反応し、顔を上げた。
「その声、黒柳君かい?」
「あぁ」
「すまないが、メガネを失くしてしまってね。どこかに転がっていないかい?」
 顔も髪もホコリだらけだ。大きなクモの巣までついている。
 黒縄はハンカチを使い、それらを優しく取り払ってやった。
「さっき拾ったが、割れていて使いものにならない。俺が下まで運んでやる」
「助かる! ……と言いたいところだが、先に宇宙人の姿を写真に撮らせてくれないか? 入口に立っているはずだろう? というか君、入口に見張りがいるのに、どうやって入った?」
「見張り?」
 ドアを少し開け、様子を見る。
 手術室の前にいた見張りは、廊下で異形達とぐるぐる回っていた(もとい、回らされていた)。
「誰もいなかったぞ。帰ったんじゃねェか?」
「そんな!」
 岡本は肩を落とす。
 彼女を慰めている時間はない。黒縄は両袖から出した鎖を固め、巨大な鉄球を作ると、手術室の壁へ叩きつけた。フロア中に轟音と衝撃が響き、人がラクに通り抜けられる大穴があいた。
「な、何の音だ?! UFOか?! UFOが墜落したのか?!」
「口閉じてねーと、舌噛むぞ」
 黒縄は岡本を抱え、大穴から外へ飛び降りる。強盗団が盗んだ金品の回収も忘れない。
 三階から真っ直ぐ落ち、軽々と着地した。

     ◯

 黒縄はその足で、岡本を近くのバス停まで運んだ。殺されかけたというのに、岡本は「戻る!」と言い張っていた。
「廃病院から聞こえる悲鳴……あれは宇宙人達のものだろう?! 彼らの身に何が起こっているのか、この目で確かめに行かねば!」
「やめとけ。ヤツらは魑魅魍魎廃病院の祟りに遭ったんだ(大嘘)。戻ったら、今度こそ命はないぞ(危ないのは本当)」
「……ずいぶん強情だね。さては、何か知っているのかい? あるいは、君が何かしたとか?」
 沈黙。
 岡本は「分かったぞ!」と黒縄の顔を指差した。
「君は……宇宙人専門の中学生スペース陰陽師だったんだな! 魑魅魍魎廃病院に巣食う異形を操り、宇宙人達を一網打尽にしたのだろう?!」
「は?」
(半分合っているが、根本的には間違っている。つーか、スペース陰陽師ってなんだ?)
「くぅー! メガネが割れていなければ見逃さなかったのに!」
 岡本は悔しそうに拳をにぎる。
 しだいに落ち着きを取り戻し、深く息を吐いた。
「ハァ……今回も収穫ナシ、か。また別の心霊スポットの調査に行かねばならないな」
「やめろ。また危ない目に遭いたいのか?」
「異形の存在を証明できるなら、どんな目に遭ったって構わないよ。私が卒業する前に実績を作って、同好会を部に昇格させたいしね」
 そう言うと、岡本はカバンから分厚い巻き物を見せた。
 岡本家の家系図のコピーだ。かなりの昔の代まで書いてある。
 岡本はそのうちの一人の名前を指差した。
「この人物……私の先祖の兄に当たるのだが、伝承によると鬼だったらしい。親類縁者に母を殺された恨みにより鬼と化し、彼らと、彼らとの争いのもととなった父を、皆殺しにした」
「……」
 どこかで聞いたような話だと、黒縄は思った。鬼となったキッカケも、鬼となって最初にやった悪行も、その人物と身内の名も。
 その妙な一致は、後に続いた岡本の言葉で決定的なものとなった。
「ただ一人、私の先祖だけは見逃してくれた。先祖は鬼の異母妹で、大変仲が良かった」
「……ッ!」
「鬼は言った。『俺の恐ろしさ、我が一族の愚かしさを、未来永劫語り継げ』と。先祖は鬼となった兄に感謝し、そのを後世に伝えた。岡本家の人間は皆、本当に起こった話だと思っているが、周りはただのおとぎ話だと信じてくれない。世間が異形の存在を認めれば、愚かな彼らも伝承を信じる気になるだろう。だから……簡単に諦めるわけにはいかない」
 岡本は真っ直ぐ、黒縄を見る。
 彼女は本当に維子に似ていた。似ているはずだ……家系図にあるとおり、岡本は維子の遠い子孫だったのだから。

     ◯

 岡本が話した伝承は、おおむね合っていた。
 ある日、黒縄は側室の子でありながら、跡継ぎに指名された。明確な理由は分からず、後継ぎに選ばれなかった親類からも反感を買った。
 黒縄も親類も知らなかったが、彼の父親は陰陽道で財を成した貴族だった。家の繁栄のため、最も強い霊力を持つ者が家督を継ぐ決まりで、そのことを知っているには父だけだった。
 何も知らない親類に命を狙われ、遂には最愛の母を殺された。
 黒縄は親類縁者と身勝手な父を憎悪し、鬼と化した。衝動のままに彼らを皆殺し、
「お兄様?」
 屋敷から出て行こうとしたところで、維子と遭遇した。
 遅くまで書物を読んでいたのだろう、眠そうに目をこすっていた。できれば、そのまま自室で眠っていてほしかった。
「維子……!」
 維子は屋敷の惨状と黒縄のツノを見て、固まった。一気に目が覚めたらしい。
 維子は恐る恐る黒縄に近づき、たずねた。
「そのお姿……鬼になってしまわれたのですか?」
「……あぁ」
「すごい!」
「あ?」
 維子はキラキラと目を輝かせた。血で服が汚れるのもかまわず、黒縄へ駆け寄った。
「鬼のお兄様、カッコいい! こんな形で、本物の鬼を見られる日が来るなんて! あ、あの、ツノに触ってもよろしいですか? どのような形状になっているのか興味があるんです!」
「いいけどお前、俺が怖くな「うっわー! すべすべ! ひんやり! 陶器か、石か、氷のような? 一本いただけません?」やらねェよ!」
 維子は「えー!」と不満そうに、ツノをなでる。維子のおかげで、黒縄はすっかり正気に戻っていた。
「いったいどうやって、鬼に……いえ、私のお母様と、お義母様方のせいですね。あの人達が、お兄様のお母様を死なせてしまったから」
「お前のせいじゃねェ」
「でも……」
「責任感じるっつーなら、お前が真実を伝えろ。俺の恐ろしさ、我が一族の愚かしさを、未来永劫語り継げ。そうすりゃあ、俺みてェに鬼になるヤツもいなくなンだろ」
「? お兄様は全然恐ろしくないですけど? どちらかというと、勇ましいって感じ?」
「いいから頼んだぞ、維子」
 別れ際、黒縄は名残惜しそうに維子の頭をなでた。
 鬼となった黒縄は維子のそばにはいられない。姿を隠し、見守ることしかできない。
(どうか……お前と、お前の子孫は、異形だの陰陽師だのと縁のない人生を送ってくれ)

     ◯

 黒縄は苦笑した。
(ったく、維子め。俺の恐ろしさを語り継げっつったのによォ)
「そういう話を大っぴらにするな。気味悪がられるぞ」
「なぜだ? 我が先祖の英雄譚が気味悪いはずがない!」
 岡本は疑いなく言い切る。
 「そういえば、こいつには何を言っても無駄なんだった」と黒縄は肩をすくめた。そんなところも維子に似ていた。
 岡本とはバス停で別れ、それ以来会っていない。
 会っても、黒縄だと分からないだろう。あの頃よりさらに妖力が減り、今では小学生の姿になってしまった。
(あいつ……名前なんだっけな。五代のバカに探させてもいいが、余計な情報は教えたくねェし)

     ◯

「……ということがあってね!」
「へー! 魑魅魍魎廃病院って、そんなところだったんすか!」
「最恐の心霊スポットなのに、当時は何も出てこなかったなんて」
「今はどんなウワサがあるんだっけ?」
「えーっと……入った人は陽キャパリピになって戻ってくるとか、肉フェスの常連になるとか、だったような?」
「スペース陰陽師の黒柳とは、その後会ったんですか?」
「いいや。彼はやはり、数奇中学の学生ではなかった。きっと別の宇宙人を退治しに、別の地へ旅立っていったのだろうね」
 三年後、現代。
 岡本は陽斗の誕生日会の余興で、中学生時代に魑魅魍魎廃病院に行ったときの話をしていた。
 岡本の中では黒柳は本当にスペース陰陽師だったことになっており、陽斗達もそのように納得していた。
(スペース陰陽師ってなんやねん)
(スペース陰陽師ってなんなのよ)
(スペース陰陽師なんていたのか……)
(スペース陰陽師……?)
 大人術者組(不知火、森中、稲葉)と一部の参加者(飯沼、暗梨)は「スペース陰陽師」という耳慣れぬ職業に引っかかっていたが。
 別のことに疑問を持った朱羅が、蒼劔にこっそりたずねる。
「魑魅魍魎廃病院って、そんな恐ろしい場所でしたっけ?」
「正しくは、魑魅魍魎廃病院ではない。24時間365日営業・魑魅魍魎ダンスホールだ」
「ダンスホール、ですか?」
「確かに異形の数は多いが、賑やかで平和な場所だ。妖怪も霊も、種族関係なく踊っている。たまに人間が入り込む日もあるが、襲う異形はいない。定期的に様子を見に行っているが、なんの問題もなかった」
「……なるほど。異形の数に怯え、逃げた人が"最恐の心霊スポット"だと吹聴しているのかもしれませんね」
「俺より黒縄のほうが詳しいのではないか? 餌場として利用できるか、視察に行ったことがあるのだろう?」
「えぇ、まぁ」
 朱羅はチラッと黒縄に目をやる。
 そうしたいのは山々だったが、
「……」
 黒縄は岡本に捕まり、説明するどころではなかった。膝に乗せられ、頭をなでられたり、ほっぺをプニプニされている。
 黒縄は「早よ助けろ」と言わんばかりに、朱羅をジッとにらんでいた。
「何であぁなったんだ?」
「岡本殿が廃病院の話をなされたとき、黒縄様がおっしゃいましたよね。『そういう話を大っぴらにするな。気味悪がられるぞ』と」
「黒縄にしてはまともな発言だったな」
「それで、岡本殿が『君は彼と同じことを言うんだね』と、黒縄様をたいそう気に入られまして……気づいたら、あのように」
「相変わらず、変わった女だな。黒縄がジッとしているのも珍しい」
「嗚呼、羨ましい! 私も黒縄様を膝に乗せて差し上げたいのに! 私の膝のほうが、安定感バツグンなのにッ!」
 朱羅は妬ましそうに、パンをこねる。
 「明日はパン祭りだな」と、蒼劔は笑顔であんこ缶を取り出した。

〈数奇中学オカルト研究同好会 呪われていない廃病院・終わり〉





【オマケ】
黒縄「朱羅、ちょっとそこ座れ」
朱羅「? はい」
(椅子に座る朱羅)
(朱羅の膝の上に乗る黒縄)
朱羅「こ、黒縄様?」
 バフッ
(朱羅の胸板に顔を埋める黒縄)
黒縄「あー、落ち着く」
朱羅「~~~!!!」
(悶絶する朱羅)
(それを見て、微笑む陽斗と蒼劔)
陽斗・蒼劔「良かったね(な)……」


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