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第?話〈2024年エイプリルフール企画〉
「数奇中学オカルト研究同好会 呪われていない廃病院」後編・黒柳視点
しおりを挟む「お兄様! あの野犬、しゃべりましてよ! 『ごはん』って! もしや、妖怪では?!」
「そう聞こえるだけだ。妖怪じゃねェ」
「あっ! 隣のお屋敷に怪しいお客人が! あの身のこなし……今度こそ、妖怪ですわね?!」
「ありゃあ、ただの盗っ人だ。お前からクソ親父に報告しといてくれ」
黒縄はため息をついた。
隣に座っている異母妹、維子には異形を見る力がない。それがどんなに幸せなことか、黒縄がいくら伝えても聞き入れてはくれなかった。
「維子、いい加減あきらめろ。お前に異形は見えねェよ」
「嫌です! 絶対あきらめません! お兄様と同じ者達が見たいのです!」
維子はムッとむくれる。
……彼女には見えない。竹林にたたずむ薄気味悪い女の霊も、屋根の上から人間を品定めしている獣も、その他の名も知らぬ、多数の異形たちも。中には、人と変わらぬ姿の者もいた。
(維子が見えない人間で良かった。あんなモノどもが見えるのは、俺だけでいい)
黒縄が彼らの同類となったのは、その数ヶ月後のことである。
◯
「黒柳君! 今、診察室から声が聞こえなかったかい?!」
「知らん。建物が軋んでる音じゃねーの?」
「おっ! あの車椅子、ひとりでに動いたぞ! 呪われているかもしれない!」
「……聞いちゃいねェ」
黒縄はくぁっとあくびをした。
黒縄は「養殖場」の候補地である魑魅魍魎廃病院の視察に来ていた。魑魅魍魎廃病院は異形の最恐の心霊スポットとして有名で、「誰もいないのに声がする」「医者の霊が出る」「看護師の霊も出る」「患者が誰も退院しなかった」「墓場の上に建てられた」「あの世につながっている」「特に手術室は呪われているので近づいてはいけない」など、いかにも強力な異形が住んでいそうなウワサが絶えなかった。
二百年前、黒縄は目白という術者に妖力を封じられた上、人間から霊力を奪えないよう呪いをかけられた。
鬼は妖力がなくては生きられない。黒縄は元の姿に戻るべく、日本各地で妖怪を育て、その妖力を奪った。
妖怪を育てるにも場所がいる。妖気が濃く、人が消えても怪しまれず、邪魔な術者や蒼劔に「黒縄自のしわざだ」とバレにくい場所が。心霊スポットはその条件にぴったり当てはまっていた。
いつもなら配下である朱羅も視察に同行するところだが、その日は朱羅にも別の候補地の視察を頼んでいた。黒縄は一人、魑魅魍魎廃病院へ足を踏み入れた。……岡本留美子と出会った。
(ウワサのわりに、妖気が薄いな。ガセか?)
黒縄が廃病院の前で様子をうかがっていると、
「よっこいしょ」
数奇中学の制服を着た女子が、廃病院の入口にかかっている「立ち入り禁止」のロープを堂々とまたいだ。
あまりに堂々としていたため、黒縄ですら気づくのに数秒かかった。黒縄は姿を消していたので、彼女には気づかれなかった。
(……フツーに入っていったな、アイツ。いくら誰もいねェとはいえ、堂々とし過ぎだろ)
切りそろえられた黒髪、フチの太いメガネ。歩きやすいよう、ローファーではなくスニーカーを履いている。
岡本は周囲に人がいないのを確認し、玄関のノブを回した。
ガチャガチャ
「ふむ。セキュリティはしっかりしているようだね。こんなときは……へーあーぴーんー!」
岡本は髪につけていたツチノコのヘアピンを引き抜き、鍵穴に差し込む。
一分も経たないうちに、
カチャカチャ……ガチャッ
(ピ……ピッキングで開けやがった!)
「よし、行ける!」
(いや、ダメだろ!)
黒縄は内心ツッコミつつも、「アイツは使える」と直感した。
人間が入れば、廃病院にひそむ異形が活発的になる。異形が現れるまで、彼女が廃病院から逃げ出さないよう引き留めておかねばならない。
黒縄は数奇中学の生徒に変装し、姿を現した。当時はまだ、中学生になりきれるほどの妖力は残っていた。
「おい」
バタン
「……」
閉められた。
しばし沈黙の後、岡本が申し訳なさそうにドアから顔を出した。
「いやぁ、すまないね! さっきまで誰もいなかったから、空耳かと思ったよ!」
「別に気にしてな「ところで、君も魑魅魍魎廃病院を調査しに来たのかい? その制服、うちの学校のだろ? ひょっとして、君もオカルトに興味が?」……そんなところだ」
岡本は黒縄がオカルトに興味があると分かった途端、目の色を変えた。
「奇遇だな、私もオカルトマニアなんだ! すでに知っているかもしれないが、オカルト研究同好会の会長をやっている! 魑魅魍魎廃病院に目をつけるなんて、君もなかなか見どころがあるじゃないか! どうだ、入部しないか?!」
「いや、俺は……」
岡本は黒縄の返事を待たず、強引に握手した。
「ありがとう! ようこそ、オカ研へ! 私は三年A組の岡本留美子だ! 君の名前とクラスは?」
「黒柳将一。クラスは、一年C組」
どうせ二度と会わないだろう、と適当に名乗った。名前はドラマに出ていた俳優の名前。クラスは「離れていたほうが覚えられにくいだろう」と、二年後輩にした。
ところが、岡本は「む?」と訝しげに眉をひそめた。
「一年C組にそのような名前の生徒はいなかったはずだが……私のリサーチ不足か?」
(チッ。勘のいいヤツ)
「……学校にはあまり行ってないンだ」
「ふーん」
岡本はなおも疑っている。
黒縄は「ところで」と話題を変えた。
「アンタ、玄関のドアをピッキングで開けてなかったか? 犯罪だろ」
「仕方ないじゃないか。許可を取りたくても、連絡先が分からなかったんだからさ。君も一緒に調査するんだし、共犯だぞ?」
岡本は懐中電灯とカメラを持って、「いざ突入!」と廃病院の奥へ走っていく。
黒縄も
(……声かけるヤツ、間違えたか?)
と後悔しつつ、後を追った。
◯
昼間に来たので、中は割と明るかった。人間の視界では薄暗く見えているのだろう。
どの部屋も窓が閉めきってあるため、空気はよどんでいるが、妖気は薄い。さまよっている異形もザコばかりだ。それどころか相容れないはずの霊と妖怪がのほほんと共存していた。
「黒柳君! 今、診察室から声が聞こえなかったかい?!」
「うひゃー! 忙しい、忙しい!」
岡本の目の前を、看護師の霊が走っていく。
他にも、
「イイジマさんや。飯はまだかのう?」
「ハルタさん、さっき食べましたよ。リハビリに行きましょうね」
車椅子に乗っ老人と、それを押す介護士や、
「トオヤマ。ハットリさんの容体、どうなってる?」
「かなりの重症だ。レイヤーの過剰摂取で、アニヲタ数値がさらに上昇した。今夜が山場だろうな」
「シンヤ・アニメ現象か……リアタイは控えてもらいたいが、ヲタックシンドローム患者には難しいんだろうな」
いもしない患者の容体を深刻そうに話し合う医師達の霊、
「コッチ、コッチー!」
「待ッテヨー!」
双子の妖怪などが、次々に通過していく。岡本はそのどれにも気づいていなかった。
(こいつ……霊感が全く無ェ! 並の霊力でも気配くらいは気づくもんだが、まるで反応がない! 異形どもも興味なさげだし、マジで人選ミスったな……)
エサにならなければ、岡本について来た意味がない。
たちまち、黒縄の岡本に対する扱いはぞんざいになった。
「知らん。建物が軋んでる音とかじゃねーの?」
「おっ! あの車椅子、ひとりでに動いたぞ! 呪われているかもしれない!」
「……聞いちゃいねェ」
黒縄はくぁっとあくびをした。
◯
そのとき、診察室から声が聞こえた。
ドアの隙間から覗くと、異形達が古びたラジオを囲み、密集していた。
『次のニュースです。昨日、シライ邸に数名の男が押し入り、総額数千万円の現金と貴金属を奪って逃走しました。警察は昨年から犯行を繰り返している強盗団による犯行と見て、捜査を進めています』
「怖いねぇ」
「コイツら、うちの廃病院に出入りしている連中でしょう?」
「早く出て行ってほしいわ」
異形達はヒソヒソとささやく。
黒縄も強盗団のニュースは知っていた。どうやら、その強盗団が廃病院を根城にしているらしい。
(ここに隠してンのか? 金になるブツなら、盗んでやってもいいなァ)
黒縄はニヤリと笑う。
何も知らない岡本は不満そうだった。
「なーんだ、つまらない。死者の声とか、あの世のニュースかと思ったのに」
三階の手術室を残し、捜索を進める。
ウワサの異形は、いくら探しても見つからなかった。
あるいは、そんなものは最初からいなかったのかもしれない。そのような恐ろしい異形がいたら、低級異形達がああも穏やかに暮らしているわけがない。建物の妖気も薄く、餌場としても使えなさそうだった。
「なァ、(お宝探してェから、お前は)もう帰ろうぜ」
「まだだ! まだ手術室が残っている! 二人で異形に改造されようじゃないか!」
「いや、俺は(とっくに異形なんだが)……」
岡本は黒縄の手を引き、「レッツラドン!」と階段を駆け下りた。
振り切っても良かったが、まだ手術室は探していない。ここまでお宝らしいお宝が見つかっていない以上、強盗団のお宝はそこに隠されているのかもしれない。
「いよいよ手術室だ……覚悟はいいかい?」
「いいからさっさと済ませてくれ。俺はもう(お宝だけ頂いて)帰りたい」
「ノリ悪いなー」
岡本が手術室のドアの鍵をピッキングで外し、開く。
黒縄の昔なじみが使っていそうな錆びた器具や手術道具、怪しげな薬物の数々が目につく。棚の隙間から、形のない異形がこちらを見ていたが、その他に異形は見当たらなかった。
(結局、ガセか。だが、強盗団の方は当たりだったらしい)
手術台の下に、大きく膨らんだ袋を数個見つけた。
岡本も遅れて、袋を懐中電灯で照らす。
「なんだい、これ?」
(さっきザコどもが言ってた……とは言えねェし、何も知らねーフリしておくか)
「ヤ(オヤで朱羅が大量に買い込んだニンニ)クか?」
「ヤクは入らないだろー。二、三メートルはあるんだぞ?」
「(…………あぁ、なるほど! って、)動物の方じゃねェよ」
黒縄の予想通り、袋を開けると札束や貴金属が詰まっていた。
他の袋も同様で、ザッと見積もったところ、一億六百六十二万円分の価値があった。
(まぁまぁの値だな。さて、こいつをどう追い出すか……)
そのとき、
「おい! そこで何をしている!」
複数の黒づくめの男達が手術室へ押し入り、岡本を懐中電灯で照らした。黒縄と岡本が階段を下りていた間に、廃病院へ侵入してきた人間達だ。
黒縄は懐中電灯で照らされる直前に姿を消し、手術台の上へ避難する。
一方、岡本は目がくらみ、おろかにも男達に近づいていく。案の定、男達に拘束された。
「肝試しに来たやつか?」
「またかよ。ウワサ、全然効果ねーじゃん」
「もう一人はどこに行った?」
「部屋にはいないぞ。外に逃げたんじゃないか?」
「探せ!」
「このガキはどうします?」
「今までのやつら同様、後で始末する。動けねーよう、縛っとけ」
男達は岡本の手足を結束バンドで縛り、床へ転がすと、手術室の前に見張りを一人残し、出て行った。
……どうやら、廃病院のウワサを流していたのは彼らだったらしい。隠したお宝が見つからないよう、ただの廃墟を心霊スポットに仕立て上げていたのだ。帰ってこなかった者は運悪くお宝を発見し、始末されてしまったのかもしれない。
(五代のヤツ、知ってて黙ってやがったな。後でここに放り込んでやる)
五代は質問しないと答えない……それが、五代のファイブハンドレットルールである。
(さて、袋だけもらって逃げるか。怪しまれねーよう、この女は置いて……)
岡本に目をやった瞬間、黒縄は頭の中が真っ白になった。
黒縄によく似た、つり目がちな瞳。その顔は黒縄の異母妹、維子によく似ていた。
(他人のそら似……だよな?)
思わず、マジマジと見つめる。
維子は正室の末娘でありながら、兄弟の中で唯一、黒縄と関わろうとした。
顔が似ているとか、居心地がいいとか、理由はさまざまあった。しかし一番の理由は、「異形を見、術を使える黒縄を尊敬しているから」だった。
黒縄は人間だった頃、術者に匹敵する強い霊力を持っていた。父親が陰陽道で財を成した貴族だったのが影響していたのだろう。
対して、維子には黒縄のような才能はなかったが、「性別が違えば学士なっていた」と周囲に言わしめるほどに、異形や術に関心があり、詳しかった。なにかと黒縄のもとをたずねては、研究の協力をさせていた。
「俺と関わると、不幸になるぞ」
維子の周りがあまりいい顔をしないので、たびたび脅してやったが、
「それは、今流行りの呪術とやらですか?! 私にもやり方を教えてくださいまし!」
と、むしろ目を輝かせた。
そうなった維子をむげに帰すわけにもいかず、結局一日中居着かれた。黒縄の母も、維子を我が娘のように可愛がっていた。
愛らしい妹と、愛おしい母との、穏やかな日々。いつまでも続いていれば、黒縄が鬼になることもなかったというのに。
「メガネ、メガネ……」
岡本は床に目を凝らし、ありはしないメガネを探している。ホコリがつくのも構わず、棚の下を覗き込んでいた。
岡本のメガネは黒縄の足元に転がっていた。拘束されたとき、はずみで吹っ飛んだのだろう。レンズは割れ、使い物にならなくなっていた。
「……(維子の顔で)何やってンだ、コイツ」
視界の邪魔になっている髪を指ですくい、耳の後ろへかけてやる。岡本はのんきに「おぉ!」と驚いていた。
「髪が勝手に後ろへ?! ポルターガイスト現象か?!」
「ったく、お前がンなツラしてなきゃなァ。置いていけなくなっちまったじゃねェか」
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