贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第16.5話(第2部 第5.5話)「羅門の過去〈闇を手に入れた忍び〉」

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「行くぞ、朱禅」
「うん、兄ちゃん!」
 里に、朝日が差し込む。
 羅門と朱禅は全ての後始末を済ませ、山を下りていった。
 他に生存者はおらず、遺体は巨人を含め、全て埋葬した。「親方」は里から遠く離れた木に引っかかっていたが、下ろすのが面倒だったので、そのままにしてきた。
 また、外に出ている忍びと依頼人のために、板に書き置きを残してきた。
『里は解散した。これからは好きに生きろ。羅門』
 残った忍びたちが他の里へ移るのか、羅門と朱禅のように流れ者としてやっていくのかは分からない。
 どのみち、戦国の世で忍びが選べる仕事など限られている。ただ、これからは「親方」の言いなりにならなくていい、自由な生き方を選べるはずだ。
「……」
 羅門と朱禅が去ってしばらく経った頃、甚三は土の中で意識を取り戻した。
(憎イ、憎イ、憎イ……アイツらが憎イ! イツカ必ず、奴ラに復讐シテヤル!)
 土の中でひたすら、羅門と朱禅への怒りと憎悪を募らせる。「アイツら」が誰なのか、もはや甚三には分からない。
 異形は妖力を失わないかぎり、いくら体が壊れても再生し、生き続ける。ところが、朱禅に砕かれた甚三の手足は再生せず、土から出たくても出られなかった。
 甚三の体は長い年月を経て膨れ上がり、里を、山頂を覆うまでに成長した。時折、溜め込んだ怒りと憎悪を、妖気を帯びた溶岩として噴き出し、周囲を襲った。
 いつしか、里があった山は「赤ダイダラ山」と呼ばれ、人からも異形からも恐れられる妖怪になった。


     ◯


 数百年後、江戸時代。
 羅門は朱禅が死んだ集落の祠で、彼によく似た赤髪の赤ん坊を見つけた。その場で怒りを爆発させそうになったが、どうにかこらえた。
「……知るか。生きたきゃ、テメェでなんとかしろ」
 羅門は踵を返し、祠から出て行こうとする。
 が、いつ来たのか、羅門のすぐ後ろに紫野ノ瑪と幽空が立っていた。愛おしそうに赤ん坊を見つめ、涙ぐんでいた。
「げっ」
「朱羅君! 生きていたのですね!」
「きっと、朱禅とアケミちゃんが守ってくれたんだよ! 良かったねぇ、良かったねぇ……!」
「お前ら、まさかそいつを連れ帰る気じゃねェだろうな?」
 二人はキョトンとした。
「当たり前じゃないですか。こんな危なっかしい場所に置いて行けるわけないでしょう? 貴方、伯父の自覚ないんですか?」
「ない」
「羅門、ひっどーい! 半分は鬼でも、赤ちゃんは一人じゃ生きていけないんだよ!」
「それくらいは分かる。朱禅を育てたのは俺だからな」
「ならば、なぜ?」
「……三つ、理由がある」
 羅門は指を三本立て、順に折り曲げていった。
「一つ、無駄な荷物が増えるから。ガキそのものもだが、ガキに必要な道具とか食糧とかだな」
「僕達が運ぶから、羅門は気にしないで!」
「二つ、面倒ごとが増える。半分は人間のガキだ、腹を空かせた異形どもが狙ってくるに決まっている。それに、仕事中は誰が面倒を見る? 言っておくが、俺は何もしねェからな」
「私と幽空がお世話します。なんでしたら、朱羅君が大きくなるまで、仕事は休みます」
「三つ……これが一番重要だ。正直、最初の二つは俺が個人的に嫌な理由だが、最後だけは違う。心して聞け」
 大げさではない。羅門は至って真面目に言っている。
 紫野ノ瑪と幽空もそれを悟り、神妙にうなずいた。
「このガキは、鬼にも人間にもなれねェハンパ者だ。鬼からは人間として狙われ、人間からは異形として忌み嫌われる。どちらの世界にもいられないヤツに、居場所はねェ。そんな地獄みてーな宿命を、そのガキに科す覚悟はあるのか?」
「……」
「ガキだけじゃねェ。そのガキを育てるお前らだって、同じ扱いを受けることになるンだぞ? もし、お前らがそいつを拾う気なら、俺はこの場で退散する。お前らを捕まえるか殺すかする依頼でもなけりゃ、二度と会うことはねェだろうな」
「ならば、我々にどうしろと?」
「ガキは置いて行け。俺達は何も見なかったし、気づかなかった。今までどおり、旅を続ければいい」
「ッ!」
 紫野ノ瑪は言葉に詰まる。
 最初の二つはともかく、最後の理由に関しては何も言い返せない。正直、「三人いればなんとかなるだろう」と楽観し、赤ん坊の将来まで考えていなかった。
「すみません、そこまで深く考えがおよびませんでした。さすが、血の繋がったお身内は違いますね」
「うるせぇ」
 幽空も空中で膝を抱え、暗い表情で言った。
「置いて行こう、紫野ノ瑪。僕、この子に自分と同じ想い、させたくない」
「幽空……」
「それにここなら、お父さんとお母さんと一緒にいられるでしょ? ね?」
 幽空は途中で耐えられなくなり、泣き出す。地面に涙を落としながら、祠から離れていった。
 紫野ノ瑪も悔しそうに、唇を噛む。
「……行きましょう。朱羅君の目が覚めたら、離れづらくなるかもしれない」
「あぁ」
 紫野ノ瑪と羅門も祠を後にする。
 羅門は最後に、赤ん坊を振り返った。
「あう?」
「……」
 ちょうど、赤ん坊が目を覚ましたところだった。ごろんと転がり、うつ伏せの状態で、羅門をジッと見つめている。
 人間だった頃の朱禅に近い、茶色の瞳だ。まるで、朱禅に赤ん坊を置いて行くことを責めてられているように感じ、羅門は舌打ちした。
「俺達を恨むなよ。恨むなら、お前の親を恨みな」
 紫野ノ瑪と幽空に気づかれないよう、祠の扉は閉めておく。
 幸い、赤ん坊は泣かなかった。


     ◯


 祠から少し歩いたところで、幽空が名残惜しげに祠を振り返り、ハッとした。
「ねぇ。今、祠の扉開かなかった?」
「は?」
「開くわけないでしょう。今、村には私達以外いないんですから」
 羅門と紫野ノ瑪も振り返る。
 すると、
「あう!」
「あっ、朱羅君!」
 赤ん坊が中から扉を開け、外に出てきた。ハイハイで、三人を追ってくる。
「チッ。つっかえ棒でもしときゃ良かったか」
「どうします? 祠へ戻してきましょうか?」
「えーっ! せっかく、僕達を追ってきてくれたのに?!」
「……無視しろ。こっちが気にしなきゃ、飽きてどっか行く」
 羅門は紫野ノ瑪と幽空を引っ張り、先へ進む。
 紫野ノ瑪と幽空は赤ん坊が心配で、振り返る。赤ん坊は木を支えに、つかまり立ちしていた。
「あうー!」
「立ってる……」
「さっきまでハイハイしてたのに、早くない?」
 紫野ノ瑪と幽空は顔を見合わせる。
「早いんですか?」
「うちの弟はふた月近くかかったよ。妹もそれくらい」
「……ふた月どころか、目を離したほんの一瞬でしたが?」
 二人は再度、後ろを振り返る。
 赤ん坊は木を伝い、よちよち歩きしていた。
「……歩いてますね」
「やっぱり変だよ。さっき立ったばかりの子が、あんなすぐに歩けるわけないもん」
「半分鬼ですからね、成長速度も早いのでしょう」
 やがて、赤ん坊は木から手を離し、なんの支えもなしに歩き始める。
 最初はおぼつかなかった足取りも、歩みを進めるごとにしっかりしたものへと変わり……しまいには
「走ったぁ!」
「羅門、見て! 朱羅が、朱羅が!」
「あ゛? さっきからうるせぇぞ、お前ら。ガキは無視しろって、言っ「あっうー!」いてっ」
「「と、跳んだぁぁぁー!!!」」
 赤ん坊は助走をつけて跳び、羅門の後頭部にしがみついた。
「なァ、俺の頭になんかくっついてねェ?」
「そ、そうですね」
「きゃっきゃっ!」
「ッ?! 今の声……まさか、さっきのガキじゃねェだろうな?」
「や、野生の小猿じゃない? 木から落ちたんだよ、きっと!」
「小猿はもっと毛むくじゃらのはずだが?」
「……」
「……」
 羅門は足を止め、力づくで赤ん坊を引き剥がそうとした。最初は加減していたが、徐々に力を増していく。
 それでも赤ん坊はしがみついたままどころか、両手で羅門の髪の毛をにぎり、引っ張って遊んでいた。赤ん坊は剥がれないまま、先に黒縄が音を上げた。
「ちくしょう! 子泣きジジイか、テメェは! これ以上引っ張ったら、先に俺の髪が抜けるぞ?!」
「赤子なので、ジジイではないですね」
「いいなぁ。僕のとこにもおいでー?」
「やっ!」
「やっ、だって! かっわいー!」
「……かくなる上は、」
 羅門は紫野ノ瑪と幽空に悟られぬよう、素早く小刀を抜き、赤ん坊へ突き立てる。
 妖力をこめた、特殊な小刀だ。半妖の赤ん坊にも通用するはずだったが、
「あうあっ!」
 パキンッ
「……」
 赤ん坊の見事な正拳突きで、小刀は根本から折られた。刃の部分は上手く避けたようで、拳も無傷だった。
「羅門! 何して……刀が折れてる?!」
「しかも拳で?! こんなプニプニの拳で?!」
「紫野ノ瑪! 槍、貸せ! こいつには本気でいかねェと敵わん!」
「嫌ですよ! 折られたくないです!」
「折られる前提かよ?! じゃあ、幽空! このガキ、俺ごと空から落とせ!」
「絶っっっ対イヤ! 羅門はどうでもいいけど、朱羅君に何かあったらどうすんの?!」
「いっそ、あきらめて引き取りませんか? この子なら、どんな過酷な運命でもやっていけると思います」
「~ッ!」
 羅門は悩みに悩み抜き、後頭部にいる赤ん坊へ宣言した。
「成人までだ! 成人になったら、出て行け! それまでに、テメェが一人でも生きていけるよう、みっちり鍛えてやる! いいな!」
 分かっているのかいないのか、赤ん坊は「んっ!」と力強くうなずいた。





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