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第16.5話(第2部 第5.5話)「羅門の過去〈闇を手に入れた忍び〉」
陸
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群衆の中に、ひときわ大きな人影を見つけた。朱禅だ。
残ったわずかな味方と共に、大勢の敵兵へ立ち向かっている。夜通し戦い、双方疲れ切っている様子だった。
「朱禅!」
羅門は敵軍を闇へ閉じ込め、駆け寄る。戦地の一角に真っ黒い空間が現れ、周りの兵は動揺していた。
「なんだこの黒いのは!」
「敵の新兵器か?!」
羅門の声に反応し、朱禅が振り返る。ボロボロだが、元気そうだ。
(良かった。間に合った)
安堵したのもつかの間、敵兵の一人が闇から脱し、朱禅の近くにいた味方の兵へ斬りかかった。
朱禅はとっさに味方をかばい、倒れる。その味方もまた、敵兵に斬られ息絶えた。
「朱禅ッ!」
羅門は敵兵の首筋へ手裏剣を投げ、仕留める。
倒れた朱禅を起こし、呼びかけた。
「兄ちゃ……」
「朱禅!」
朱禅がゆっくり目を開く。声は弱々しく、血が止まらない。応急処置を施したが、長くは保たないだろう。
羅門は考えに考え抜いた末、朱禅に言った。
「望め! 鬼になりたいと、強く!」
「兄ちゃん……?」
「もうそれしか、お前を救える方法はねェ!」
羅門は思い出した。死の間際、「俺も鬼だったら良かったのに」と強く願ったことを。
あの想いがおのれを鬼に変えたのなら、朱禅にも同じことができるかもしれない。生死をかけ、強く望めば、鬼として蘇られるかもしれない。
ところが、朱禅は首を横に振った。
「……悪いけど、俺はいいや」
「なンでだよ?!」
「これ以上、兄ちゃんの迷惑になりたくないんだ。落ちこぼれの俺が鬼になったって、大した力は得られないだろうし」
「そンなの、なってみなきゃ分かんねェって!」
朱禅は穏やかに笑うばかりで、羅門の言うとおりにしない。
思えば、朱禅も甚三と同じく、鬼になった羅門に憧れてはいなかった。むしろ、鬼になったことで不都合がないか、羅門を心配していた。
「俺がいなくなっても、大丈夫。兄ちゃんには里のみんなや『親方』がいるから、一人じゃないよ」
そう言い残し、朱禅は意識を失った。呼吸も脈も浅い。いつ事切れてもおかしくない。
「……馬鹿。お前じゃなきゃダメなんだよ」
羅門を起点に、戦場が闇に覆われる。
敵も味方も闇へ囚われ、そこらじゅうで悲鳴が響き渡る。敵だろうが味方だろうが、羅門にとってはどうでもいい人間だ。
羅門は自分の倍の大きさもある朱禅を軽々背負うと、里を目指し、闇の中へ去っていった。
◯
羅門が戦場に到着する、少し前。
甚三は地元の人間から「禁足地」として恐れられる、とある洞窟奥にいた。
洞窟の突き当たりには「封」と書かれた札と縄で封じられた、赤く濁った泉がある。辺りは淀んだ空気が立ち込め、甚三の意思とは裏腹に、彼の本能は「これ以上近づいてはいけない」と警鐘を鳴らしていた。
「……あの水か」
甚三は縄をまたぎ、泉へ近づく。両手を沈め、泉の水をすくった。
人である甚三には見えなかったが、泉の中心には妖怪の亡き骸が横たわっていた。死してなお血を流し、人に害なす悪しき妖気を体のあちこちから噴き出している。つまり、泉の水は妖怪の血で、淀んだ空気は妖怪が噴き出した妖気だった。
(これで俺も鬼になれる。羅門を打ち負かし、『親方』や里の連中に認めさせられる)
甚三は意を決し、赤い水を飲み干した。
◯
甚三は「親方」に命じられ、人間が鬼になる方法を探していた。
「親方」は里の忍び全員を鬼にしたいと考えていた。
「全員鬼になれば、とんでもなく儲かるぞ。名案だとは思わんか?」
「全員っつーことは、朱禅も鬼にするんですかい?」
「アイツは鬼になっても無能じゃろう。頃合いを見て、始末するわ」
朱禅はその後、敗戦確実と予想される死地へ足軽として送られた。多忙な羅門は、このことを知らないだろう。
甚三も、朱禅を良く思っていないので、教えてやる気はない。むしろ、
「戦死に見せかけて殺すなど、回りくどい。適当に罪をでっち上げて、羅門の前で処刑してやればいいのに」
とすら思っていた。
甚三は「親方」の命令に従い、各地で聞き込みを開始した。
人間が鬼になる具体的な方法を知る者はいなかったが、鬼になった人間の伝承はかなりの数集まった。
「さらし首にされた山賊が、鬼になって蘇ったらしいよ。首だけになっても平気なんだって」
「さる平安貴族が鬼となり、今も生き永らえているらしい」
「男だか女だか、逆恨みで鬼になった詐欺師がいるんだってよ。人間だった頃と同じように人をたぶらかして喜んでいるとか。悪趣味だよなぁ」
「生贄にされた子供が鬼に変じ、村の者達を皆殺しにしたらしい。親に拷問され、鬼にならざるをえなかった子もいるそうだ。可哀想にねぇ」
それらの伝承から、人間が鬼になるためには「並外れた執念」と「強力な妖気」が必要だと分かった。
執念ならば、すでに持っている。妖気のほうは、「ひと口飲めば異形と化す」と恐れられる「禁足地」の泉の水から得ることにした。
「親方」には、
「方法が分かったら、戻ってこい。本当に鬼になれるかどうか、下っ端たちに試させる」
と言われていたが、無視して「禁足地」へ向かった。
(他の忍びまで、鬼になる必要はない。「最強」は俺一人で十分だ。鬼となり、羅門を打ち負かせば、「親方」も考えを改めるに違いない)
◯
「ウッ」
ドクン、と甚三の脈が震える。
体が急激に変化し、全身が引き裂かれるような痛みが走る。頭の中は甚三の意思とは関係なく、羅門に対する嫉妬や怒り、「親方」や里の者たちに対する複雑な感情であふれ、それらにまつわる記憶が何度も繰り返される。
体験したことのない痛みと苦しみに、たまらず絶叫した。
「うぐぁあああー……ッ!」
甚三の叫びが洞窟中に響き渡る。近くに人里はなく、助けは来ない。
やがて、甚三の体は完全に異形のものと化した。体は巨大化し、皮膚は熱した岩へと変わる。額には鬼の証であるツノが生えていた。
巨大化した弾みで、洞窟の天井を突き破り、外へ出る。洞窟は崩落し、泉を埋めてしまった。
「親方ニ、報告……羅門、コロす……」
甚三は洞窟から足を引っこ抜くと、山の木々を蹴散らしながら、一直線に里のある方角へと走った。その姿は鬼というより、妖怪や獣に近い。
……甚三の調査は不完全だった。羅門のような鬼になるためには、「並外れた執念にも、強力な妖気にも打ち勝つ、尋常ではない自我」が必要だったのだ。
甚三の足音を聞いた、麓の人間達は「禁足地に封じた赤ダイダラボッチが怒っている」と怯えた。
残ったわずかな味方と共に、大勢の敵兵へ立ち向かっている。夜通し戦い、双方疲れ切っている様子だった。
「朱禅!」
羅門は敵軍を闇へ閉じ込め、駆け寄る。戦地の一角に真っ黒い空間が現れ、周りの兵は動揺していた。
「なんだこの黒いのは!」
「敵の新兵器か?!」
羅門の声に反応し、朱禅が振り返る。ボロボロだが、元気そうだ。
(良かった。間に合った)
安堵したのもつかの間、敵兵の一人が闇から脱し、朱禅の近くにいた味方の兵へ斬りかかった。
朱禅はとっさに味方をかばい、倒れる。その味方もまた、敵兵に斬られ息絶えた。
「朱禅ッ!」
羅門は敵兵の首筋へ手裏剣を投げ、仕留める。
倒れた朱禅を起こし、呼びかけた。
「兄ちゃ……」
「朱禅!」
朱禅がゆっくり目を開く。声は弱々しく、血が止まらない。応急処置を施したが、長くは保たないだろう。
羅門は考えに考え抜いた末、朱禅に言った。
「望め! 鬼になりたいと、強く!」
「兄ちゃん……?」
「もうそれしか、お前を救える方法はねェ!」
羅門は思い出した。死の間際、「俺も鬼だったら良かったのに」と強く願ったことを。
あの想いがおのれを鬼に変えたのなら、朱禅にも同じことができるかもしれない。生死をかけ、強く望めば、鬼として蘇られるかもしれない。
ところが、朱禅は首を横に振った。
「……悪いけど、俺はいいや」
「なンでだよ?!」
「これ以上、兄ちゃんの迷惑になりたくないんだ。落ちこぼれの俺が鬼になったって、大した力は得られないだろうし」
「そンなの、なってみなきゃ分かんねェって!」
朱禅は穏やかに笑うばかりで、羅門の言うとおりにしない。
思えば、朱禅も甚三と同じく、鬼になった羅門に憧れてはいなかった。むしろ、鬼になったことで不都合がないか、羅門を心配していた。
「俺がいなくなっても、大丈夫。兄ちゃんには里のみんなや『親方』がいるから、一人じゃないよ」
そう言い残し、朱禅は意識を失った。呼吸も脈も浅い。いつ事切れてもおかしくない。
「……馬鹿。お前じゃなきゃダメなんだよ」
羅門を起点に、戦場が闇に覆われる。
敵も味方も闇へ囚われ、そこらじゅうで悲鳴が響き渡る。敵だろうが味方だろうが、羅門にとってはどうでもいい人間だ。
羅門は自分の倍の大きさもある朱禅を軽々背負うと、里を目指し、闇の中へ去っていった。
◯
羅門が戦場に到着する、少し前。
甚三は地元の人間から「禁足地」として恐れられる、とある洞窟奥にいた。
洞窟の突き当たりには「封」と書かれた札と縄で封じられた、赤く濁った泉がある。辺りは淀んだ空気が立ち込め、甚三の意思とは裏腹に、彼の本能は「これ以上近づいてはいけない」と警鐘を鳴らしていた。
「……あの水か」
甚三は縄をまたぎ、泉へ近づく。両手を沈め、泉の水をすくった。
人である甚三には見えなかったが、泉の中心には妖怪の亡き骸が横たわっていた。死してなお血を流し、人に害なす悪しき妖気を体のあちこちから噴き出している。つまり、泉の水は妖怪の血で、淀んだ空気は妖怪が噴き出した妖気だった。
(これで俺も鬼になれる。羅門を打ち負かし、『親方』や里の連中に認めさせられる)
甚三は意を決し、赤い水を飲み干した。
◯
甚三は「親方」に命じられ、人間が鬼になる方法を探していた。
「親方」は里の忍び全員を鬼にしたいと考えていた。
「全員鬼になれば、とんでもなく儲かるぞ。名案だとは思わんか?」
「全員っつーことは、朱禅も鬼にするんですかい?」
「アイツは鬼になっても無能じゃろう。頃合いを見て、始末するわ」
朱禅はその後、敗戦確実と予想される死地へ足軽として送られた。多忙な羅門は、このことを知らないだろう。
甚三も、朱禅を良く思っていないので、教えてやる気はない。むしろ、
「戦死に見せかけて殺すなど、回りくどい。適当に罪をでっち上げて、羅門の前で処刑してやればいいのに」
とすら思っていた。
甚三は「親方」の命令に従い、各地で聞き込みを開始した。
人間が鬼になる具体的な方法を知る者はいなかったが、鬼になった人間の伝承はかなりの数集まった。
「さらし首にされた山賊が、鬼になって蘇ったらしいよ。首だけになっても平気なんだって」
「さる平安貴族が鬼となり、今も生き永らえているらしい」
「男だか女だか、逆恨みで鬼になった詐欺師がいるんだってよ。人間だった頃と同じように人をたぶらかして喜んでいるとか。悪趣味だよなぁ」
「生贄にされた子供が鬼に変じ、村の者達を皆殺しにしたらしい。親に拷問され、鬼にならざるをえなかった子もいるそうだ。可哀想にねぇ」
それらの伝承から、人間が鬼になるためには「並外れた執念」と「強力な妖気」が必要だと分かった。
執念ならば、すでに持っている。妖気のほうは、「ひと口飲めば異形と化す」と恐れられる「禁足地」の泉の水から得ることにした。
「親方」には、
「方法が分かったら、戻ってこい。本当に鬼になれるかどうか、下っ端たちに試させる」
と言われていたが、無視して「禁足地」へ向かった。
(他の忍びまで、鬼になる必要はない。「最強」は俺一人で十分だ。鬼となり、羅門を打ち負かせば、「親方」も考えを改めるに違いない)
◯
「ウッ」
ドクン、と甚三の脈が震える。
体が急激に変化し、全身が引き裂かれるような痛みが走る。頭の中は甚三の意思とは関係なく、羅門に対する嫉妬や怒り、「親方」や里の者たちに対する複雑な感情であふれ、それらにまつわる記憶が何度も繰り返される。
体験したことのない痛みと苦しみに、たまらず絶叫した。
「うぐぁあああー……ッ!」
甚三の叫びが洞窟中に響き渡る。近くに人里はなく、助けは来ない。
やがて、甚三の体は完全に異形のものと化した。体は巨大化し、皮膚は熱した岩へと変わる。額には鬼の証であるツノが生えていた。
巨大化した弾みで、洞窟の天井を突き破り、外へ出る。洞窟は崩落し、泉を埋めてしまった。
「親方ニ、報告……羅門、コロす……」
甚三は洞窟から足を引っこ抜くと、山の木々を蹴散らしながら、一直線に里のある方角へと走った。その姿は鬼というより、妖怪や獣に近い。
……甚三の調査は不完全だった。羅門のような鬼になるためには、「並外れた執念にも、強力な妖気にも打ち勝つ、尋常ではない自我」が必要だったのだ。
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