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第16.5話(第2部 第5.5話)「羅門の過去〈闇を手に入れた忍び〉」
伍
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火事の報せは、里の「親方」と朱禅の耳にも届いた。
「親方」は取り急ぎ、甚三に様子を見に行かせ、手の空いていた忍びたちには町の消火と貴重品の保護(という名の火事場泥棒)を命じた。
朱禅もついて行こうとしたが、「足手まといだから」と置いていかれた。ただ待っているのも落ち着かず、「親方」の屋敷に戻ってきた甚三と親方のやりとりを外で盗み聞きしていた。
「どうだ? 見つかったか?」
期待を向ける「親方」に対し、甚三は淡々と答えた。
「町は全焼、生存者はなし。羅門、依頼人、移送予定だった宝物の行方、共に知れず。消化の目処も立っちゃいません。火の勢いがおさまるまで、回収は厳しいかと」
「チッ、羅門め。最期にしくじりおって」
「……まだ死んだとは限らないっすよ。行方が分からねぇだけで、生きている可能性は十分あります」
「フンッ! 生きていれば、とっくに戻ってきておるわ!」
「親方」は忌々しそうに舌打ちする。稼ぎ頭である羅門、良い金づるだった依頼人、高価な宝物を同時に失い、苛立っているようだ。
「ッ!」
(兄ちゃんが、行方不明……?!)
朱禅も動揺のあまり、悲鳴を上げそうになる。両手で口を押さえ、なんとかこらえた。
朱禅が「お前は忍びに向いていない」と周りから罵られながらも里に残り続けたのは、羅門から離れたくなかったからだ。羅門は朱禅の唯一の肉親で、最愛の兄で、心のよりどころだった。
(このまま兄ちゃんがいなくなったら、俺は一人になってしまう。たった一人で、どうやって生きたらいいんだろう?)
二人が思い思いに羅門の失踪を悲しむ中、報告した甚三だけは違った。
(……俺は運がいい。羅門を暗殺する手間が省けた。欲を言えば、この手で息の根を止めたかったがな)
内心、ほくそ笑む。
甚三は羅門に対し、強い対抗意識を持っていた。彼は羅門の次に優秀な忍びで、「親方」からの信頼も厚かったが、羅門ほど実力を認められているわけではなかった。
むしろ、羅門がどうしても受けられなかった仕事を押しつけられるなど、羅門の予備のような扱いをされてきた。羅門さえいなくなれば、自分が一番になれる……そう思い込んでいた。
「して、羅門が受けていた依頼はいかがなさるつもりで? どれも並の者では太刀打ちできない、やっかいな依頼ばかりですが」
「……やむを得まい。全て、お前に任せる」
甚三の期待どおりに、話がまとまりかけたその時、
「たでぇまー」
ドンガラガッシャーンッ!
梁の上から、羅門と荷車が落ちてきた。
「親方」と甚三は反射的に飛び退く。飾られていた宝飾品のいくつかが倒れ、破損した。
「ら、羅門?!」
「お前、生きていたのか?!」
騒ぎを聞きつけ、朱禅も屋敷へ駆け込む。
「兄ちゃん!」
「よォ、朱禅。足軽の仕事に行ったんじゃなかったのか?」
「無しになったよ。両軍が和解して、戦が中止になったんだ。あっても、兄ちゃんが心配で戻ってたと思うけどね。前金はちゃんともらったから、安心して」
「親方」と甚三はがく然としている。屋敷に入り込んだ朱禅を気にするほどの余裕はない。
「いったい、どうやってあの火事から脱したのだ?!」
「それに、どこから現れた?!」
「どこからって、あそこからだが?」
羅門が指差した先には梁と闇しかない。天井は吹き抜けで、通路になりそうな空間も穴もない。
「いやいや、無理あるじゃろ! お前はともかく、荷車は?!」
「さァ? 気づいたら、闇の中を走っててよォ。光に向かっていったら、ここに出た」
「いろいろ気になるが……一番は、そのツノ!」
「親方」が羅門の額を、ビシッと指差す。
羅門が任務に出る前には生えていなかった、赤黒いツノが一本生えていた。髪も赤く、瞳は金に染まっている。
「そのツノはなんだ?! まるで、鬼のようではないか!」
「ツノ?」
羅門は自らの額に手をやり、ペタペタとツノを触る。驚き、目を見開く。今さらツノの存在に気づいたらしい。
羅門は「あー」と納得し、言いづらそうに答えた。
「たぶん俺、鬼になった」
「鬼?!」
「たぶん?!」
「たぶんってなんじゃ!」
◯
羅門が鬼となり、戻ってきた……そのウワサは瞬く間に里中に広がった。さらに彼らを介し、豪族や依頼人達にも知れ渡っていった。
鬼となった羅門は、あらゆる身体能力が上昇した上、闇から闇へ移動するなど、奇想天外な妖術をも会得した。いかに遂行不可能と言われる任務も難なくこなし、元々高かった評判がさらに高くなった。
依頼は増える一方だったが、羅門には寝食の必要がないため、文字どおり休まず働いた。人間だった頃の倍以上もの利益を得、「親方」は大層喜んだ。
里の者達もまた、羅門に憧れた。中には、「自分も鬼になりたい」と言い出す者までいた。
だが、羅門自身、どのようにして鬼になったのか分からなかった。例の鬼の賊であれば、鬼になる方法を知っているかもしれなかったが、あの夜以来、彼らのウワサはトンと聞かなくなった。あの窮地の中、どのようにして彼らを撒いたのか、羅門は全く覚えていなかった。
羅門の帰還をよく思っていなかった甚三は、長期任務に出て行ったきり、里へは戻ってきていない。「親方」の勅命らしいが、どのような任務を言い渡されたのか、詳しいことは羅門にも分からなかった。
◯
羅門が鬼になって、ひと月ほどが過ぎた。
羅門は任務の帰りに、朱禅が参加している戦場の様子を見に行くことにした。
羅門の稼ぎが倍になり、働かなくて良くなっても、朱禅は忍びを続けていた。相変わらず、雇われ足軽しか仕事は来なかったが、
「兄ちゃんが頑張ってるのに、俺だけ何もしないなんて嫌なんだ」
と、喜んで戦場へ赴いた。
「今日は双方、互角の戦力だったな? ついでに加勢してやるか」
木陰の闇から、外へ出る。むせ返るほどの煙と血の臭いが、鼻先をかすめた。
目の前の戦場で、朱禅が参加している陣営の兵達が大勢倒れていた。劣勢なのは明らかで、立っている兵はほとんどいなかった。
「……は?」
羅門は我が目を疑った。
「親方」から聞いていた状況とは、全く異なっていたからだ。
『戦況は互角、決着は当分先になるだろう。何も心配はいらん』
そう、「親方」は話していた。
だが今思えば、「親方」の笑みは含みのあるものだったように感じる。
本当は劣勢だったにもかかわらず、羅門を任務に集中させるため、嘘をついていたのではないか? 朱禅はこのことを知っていたのか? もし、知らずに残って戦っているのだとしたら……。
「朱禅!」
羅門は朱禅を探し、戦場を駆け抜けた。
嫌な予感がする。
「親方」は取り急ぎ、甚三に様子を見に行かせ、手の空いていた忍びたちには町の消火と貴重品の保護(という名の火事場泥棒)を命じた。
朱禅もついて行こうとしたが、「足手まといだから」と置いていかれた。ただ待っているのも落ち着かず、「親方」の屋敷に戻ってきた甚三と親方のやりとりを外で盗み聞きしていた。
「どうだ? 見つかったか?」
期待を向ける「親方」に対し、甚三は淡々と答えた。
「町は全焼、生存者はなし。羅門、依頼人、移送予定だった宝物の行方、共に知れず。消化の目処も立っちゃいません。火の勢いがおさまるまで、回収は厳しいかと」
「チッ、羅門め。最期にしくじりおって」
「……まだ死んだとは限らないっすよ。行方が分からねぇだけで、生きている可能性は十分あります」
「フンッ! 生きていれば、とっくに戻ってきておるわ!」
「親方」は忌々しそうに舌打ちする。稼ぎ頭である羅門、良い金づるだった依頼人、高価な宝物を同時に失い、苛立っているようだ。
「ッ!」
(兄ちゃんが、行方不明……?!)
朱禅も動揺のあまり、悲鳴を上げそうになる。両手で口を押さえ、なんとかこらえた。
朱禅が「お前は忍びに向いていない」と周りから罵られながらも里に残り続けたのは、羅門から離れたくなかったからだ。羅門は朱禅の唯一の肉親で、最愛の兄で、心のよりどころだった。
(このまま兄ちゃんがいなくなったら、俺は一人になってしまう。たった一人で、どうやって生きたらいいんだろう?)
二人が思い思いに羅門の失踪を悲しむ中、報告した甚三だけは違った。
(……俺は運がいい。羅門を暗殺する手間が省けた。欲を言えば、この手で息の根を止めたかったがな)
内心、ほくそ笑む。
甚三は羅門に対し、強い対抗意識を持っていた。彼は羅門の次に優秀な忍びで、「親方」からの信頼も厚かったが、羅門ほど実力を認められているわけではなかった。
むしろ、羅門がどうしても受けられなかった仕事を押しつけられるなど、羅門の予備のような扱いをされてきた。羅門さえいなくなれば、自分が一番になれる……そう思い込んでいた。
「して、羅門が受けていた依頼はいかがなさるつもりで? どれも並の者では太刀打ちできない、やっかいな依頼ばかりですが」
「……やむを得まい。全て、お前に任せる」
甚三の期待どおりに、話がまとまりかけたその時、
「たでぇまー」
ドンガラガッシャーンッ!
梁の上から、羅門と荷車が落ちてきた。
「親方」と甚三は反射的に飛び退く。飾られていた宝飾品のいくつかが倒れ、破損した。
「ら、羅門?!」
「お前、生きていたのか?!」
騒ぎを聞きつけ、朱禅も屋敷へ駆け込む。
「兄ちゃん!」
「よォ、朱禅。足軽の仕事に行ったんじゃなかったのか?」
「無しになったよ。両軍が和解して、戦が中止になったんだ。あっても、兄ちゃんが心配で戻ってたと思うけどね。前金はちゃんともらったから、安心して」
「親方」と甚三はがく然としている。屋敷に入り込んだ朱禅を気にするほどの余裕はない。
「いったい、どうやってあの火事から脱したのだ?!」
「それに、どこから現れた?!」
「どこからって、あそこからだが?」
羅門が指差した先には梁と闇しかない。天井は吹き抜けで、通路になりそうな空間も穴もない。
「いやいや、無理あるじゃろ! お前はともかく、荷車は?!」
「さァ? 気づいたら、闇の中を走っててよォ。光に向かっていったら、ここに出た」
「いろいろ気になるが……一番は、そのツノ!」
「親方」が羅門の額を、ビシッと指差す。
羅門が任務に出る前には生えていなかった、赤黒いツノが一本生えていた。髪も赤く、瞳は金に染まっている。
「そのツノはなんだ?! まるで、鬼のようではないか!」
「ツノ?」
羅門は自らの額に手をやり、ペタペタとツノを触る。驚き、目を見開く。今さらツノの存在に気づいたらしい。
羅門は「あー」と納得し、言いづらそうに答えた。
「たぶん俺、鬼になった」
「鬼?!」
「たぶん?!」
「たぶんってなんじゃ!」
◯
羅門が鬼となり、戻ってきた……そのウワサは瞬く間に里中に広がった。さらに彼らを介し、豪族や依頼人達にも知れ渡っていった。
鬼となった羅門は、あらゆる身体能力が上昇した上、闇から闇へ移動するなど、奇想天外な妖術をも会得した。いかに遂行不可能と言われる任務も難なくこなし、元々高かった評判がさらに高くなった。
依頼は増える一方だったが、羅門には寝食の必要がないため、文字どおり休まず働いた。人間だった頃の倍以上もの利益を得、「親方」は大層喜んだ。
里の者達もまた、羅門に憧れた。中には、「自分も鬼になりたい」と言い出す者までいた。
だが、羅門自身、どのようにして鬼になったのか分からなかった。例の鬼の賊であれば、鬼になる方法を知っているかもしれなかったが、あの夜以来、彼らのウワサはトンと聞かなくなった。あの窮地の中、どのようにして彼らを撒いたのか、羅門は全く覚えていなかった。
羅門の帰還をよく思っていなかった甚三は、長期任務に出て行ったきり、里へは戻ってきていない。「親方」の勅命らしいが、どのような任務を言い渡されたのか、詳しいことは羅門にも分からなかった。
◯
羅門が鬼になって、ひと月ほどが過ぎた。
羅門は任務の帰りに、朱禅が参加している戦場の様子を見に行くことにした。
羅門の稼ぎが倍になり、働かなくて良くなっても、朱禅は忍びを続けていた。相変わらず、雇われ足軽しか仕事は来なかったが、
「兄ちゃんが頑張ってるのに、俺だけ何もしないなんて嫌なんだ」
と、喜んで戦場へ赴いた。
「今日は双方、互角の戦力だったな? ついでに加勢してやるか」
木陰の闇から、外へ出る。むせ返るほどの煙と血の臭いが、鼻先をかすめた。
目の前の戦場で、朱禅が参加している陣営の兵達が大勢倒れていた。劣勢なのは明らかで、立っている兵はほとんどいなかった。
「……は?」
羅門は我が目を疑った。
「親方」から聞いていた状況とは、全く異なっていたからだ。
『戦況は互角、決着は当分先になるだろう。何も心配はいらん』
そう、「親方」は話していた。
だが今思えば、「親方」の笑みは含みのあるものだったように感じる。
本当は劣勢だったにもかかわらず、羅門を任務に集中させるため、嘘をついていたのではないか? 朱禅はこのことを知っていたのか? もし、知らずに残って戦っているのだとしたら……。
「朱禅!」
羅門は朱禅を探し、戦場を駆け抜けた。
嫌な予感がする。
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