贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第16.5話(第2部 第5.5話)「羅門の過去〈闇を手に入れた忍び〉」

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 完全な闇の中を、一台の牛車が進む。荷台には、ボロ布で隠した宝物が載っている。
 目立たぬよう、明かりは足元が見える程度。牛車を囲う護衛も最小限で、わざわざ農民の格好をしていた。
 皆、不安げに、周囲を警戒している。
「……本当に大丈夫なのだろうな?」
「忍びが我らを守ってくれておるのだ。何も心配あるまい」
「その忍びとやらはどこにいるんです? いっこうに姿が見当たりませぬが」
「どっかにはいるんじゃないか? 知らんけど」
「いや、そこは知っといてくださいよ」
 その羅門はというと、大きくあくびをしながら、屋根の上を音もなく歩いていた。
「ねむ。あいつら怯えすぎだろ。いっそ、俺が運んだほうが早くね?」
 羅門は正直、この仕事にやる気がなかった。
 依頼人の豪族いわく、
「鬼の賊が私の宝物をねらっている」
「一刻も早く、保管場所を変えなくてはならない」
 らしい。
 直接脅されたわけではないものの、黒い影が屋敷をうろついていたとか、常に誰かの視線を感じるとか、不気味で不可解な現象が続いたそうだ。
 実際、巷では「鬼」を名乗る盗賊団が暗躍し、貴重な宝物や人が相次いで盗まれている。いずれも妖術を使ったとしか思えない手口ばかりで、「突然地面に穴が空いて、人が落ちた」だの、「賊の首を斬ったのに生き返った」だのと、調べれば調べるほど、うさんくさいウワサばかりが出てきた。
 異形の類いを信じていない羅門は、内心うんざりしていた。
(鬼なンざいるわけがねぇ。どうせ、見間違いか、同業のしわざだろ? 同業相手なら、なおさら負けねェし。それに、牛車は
 牛車は複数台あり、それぞれ別の場所へ向かっている。羅門が護衛している牛車以外は全て、賊を引きつけるための陽動だ。
 陽動の牛車はあえて目立つよう、松明をふんだんに焚き、武器を持った大勢の護衛で守りを固めている。そちらに賊を引きつけている間に、宝物を移送する作戦だ。
 さらに、少しでも気づかれにくくするため、月の出ない夜を選んだ。これは忍びである羅門を隠すためでもある。
 万全の作戦に加えて、最強の護衛……、移送は滞りなく完遂していたに違いない。

     ◯

 目的地まで残り半分に差しかかったところで、紅梅色の小袖をまとった女が牛車の行く手を阻んだ。
「もし、そこの方々。失礼ですが、そちらの牛車でうちの屋敷まで送ってくださいませんか? 乗ってきた牛車が壊れてしまって帰れず、困っているのです」
 女は身なりが良く、髪の手入れも行き届いている。暗がりで、顔はよく見えない。おおかた、武家か貴族の女だろう。
 護衛達は困った様子で、互いに顔を見合わせた。
「そうしたいのは山々だが、我々も先を急いでおるのだ」
「どこの家の奥方だ? 使いの者くらいはやってやろう」
 護衛が足を止め、荷車を引いている牛も動きを止める。
 戸惑う一行に対し、屋根の上から様子をうかがっていた羅門は、柄にもなく驚いていた。
(あの女、いつからいた?! 気配が全くしなかったぞ?!)
 羅門をはじめ、ほとんどの忍びは人や物の位置を気配だけで探り当てられる。夜間でも、目を潰されても、だ。
 ところが、女が護衛の明かりに照らされるまで、羅門は彼女がそこにいることに気づけなかった。同業者にしろ、そうではない「何か」にしろ、只者でないのは確かだろう。
(どうする? 先に動かれる前に、仕留めるか? 武器を隠し持っている様子は無ぇ。だが、下手に目立つのはマズい。女が間合いに入るのを待つしか……)
 懐に忍ばせてある小刀を握る。
 女は微笑んだまま、動かない。否、
 護衛と牛が動きを止めた直後、地面や荷車から刃が剣山のように伸び、彼らの足と喉を貫いた。
「あがッ!」「げふぉッ!」「はぁっ?!」「なんッ?」「ブモッ?!」
 護衛と牛は血を流し、倒れる。
 倒れた先に地面はなく、底の見えない大穴が空いていた。まるで巨大な怪物の口へ飲み込まれるかのように落下していく。
 宝物を乗せた荷車だけは、どこからともなく飛んできた鎖によって引き上げられた。
「わざわざ宝物庫から出してくれるなンざ、人がいいねェ。ちょうど、どこに隠してあるか検討がつかなくて困ってたところだったンだよ」
 闇の中から、黒衣の美男と大鋸おおがを持った何者かが姿を現す。後者は人ではなく、顔と全身を無数の目に覆われた、人型の化け物だった。
 美男の手には、宝物を引き上げた鎖が握られていた。女も加わり、穴を覗き込む。三人は満足げにクスクスと笑っていた。
 その時、羅門の背後で、轟音と共に火柱が立った。
 振り返ると、町のいたるところで火の手が上がっていた。炎の熱、煙の臭い、悲鳴、建物が崩れる音……依頼人である豪族の屋敷も燃えている。町が炎に飲み込まれたのは一瞬で、明らかに普通の火事ではなかった。
「戻ったぞー」
「おかえりなさい、爪痕ソウコン
 ほどなくして、五人の大人・子供が燃え盛る炎をかき分け、現れた。まったくの無傷で、服も燃えていない。
 大人は、三人。かぶとを被っている痩身の男と、うさんくさい糸目の男と、黄金の能面をつけた派手な身なりの男。いずれもかぎ爪、包丁、弓矢と、武器を携えている。
 子供は、顔がそっくりな二人の少年で、こちらは素手だった。
「テメェらのほうの成果は?」
「なし」
「全て陽動」
「チッ、小賢しいマネしやがって」
「で・す・が! 肉づきの良い、新鮮ながたんまりと手に入りました! 後で、讐兜シュートものもくださいね?」
「(頷き)」
「はぁぁ、やっと帰れる。明日は、朝から能の稽古があるって言ったのに、無理やり連れ出されるなんてね」
 五人は賊の一味らしい。牛車を襲った三人を交え、親しげに話し込んでいる。
 幸い、屋根の上にいる羅門には気づいていなかった。

     ◯

(……何なんだ、あいつらは)
 羅門は混乱していた。
 彼らの口ぶりと町の惨状から察するに、陽動の牛車も襲われ、されたのだろう。屋敷がアレでは、依頼人の生死すら怪しい。
 せめて宝物だけでも回収したいが、宝物を載せた荷車は鎖が巻きついたままで、こっそり近づくことすらできない。
(脱出するしかねぇのか? 任務も、依頼人も、依頼品も捨てて?)
 朱禅と「親方」の顔が脳裏にチラつく。
 今まで、羅門の力不足が原因で依頼を失敗したことなどない。完璧な羅門に対し、「親方」は絶対的な信頼を置いていた。少々無茶な頼みでも聞き入れてもらえたのは、羅門の功績あってこそだ。
 失敗した羅門に対し、「親方」はどのような処罰を下すだろうか? 万が一、回される仕事の量が減れば、朱禅を養えなくなる。
(……逃げるわけにはいかん。せめて、宝物だけは取り返さねぇと)
 羅門は小刀を握り直し、覚悟を決めた。
 八人の賊の頭や額には、鬼の象徴であるツノが生えていた。



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