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第12.5話(第2部 第1.5話)「2023年エイプリルフール企画」
「鏡の国の不知火先生」
しおりを挟む「黒縄はともかく、不知火まで引き込まれたのは意外だったな。"懐かしい顔を見たから"と言っていたが……」
「おキョウも"その人が一番望んでいるもの"を映しただけで、何が映っていたのかまでは知らないみたい」
「オイラのリサーチでも分からなかったぽよ。あの目白氏を引き込むって、相当のモンっしょ? 超知りてェェェ!!!」
「だから教えなかったのではないですか? ご自分の弱点になりますからね」
「不知火先生が思わず飛びついちゃうものかぁ……何だろうね?」
◯
桜が舞っていた。
不知火は校舎の廊下で立ち止まり、桜の花びらを目で追う。校庭の桜は満開に咲き乱れていた。
(……何か、忘れているような気がする。私は何をしに学校へ来たのだろうか?)
その時、
「目白!」
「ッ?!」
振り返ると、■■■■が立っていた。
眼鏡が壊れているのか、姿がボヤけて見える。
「■■、どうしてここに……」
「どうしてって、もうすぐ始業式が始まるから呼びに来たんじゃないか。早く教室に行かないと、君の生徒達が困ってしまうよ」
■■は不知火の手を引き、走る。
次第に、■■の姿がはっきりしてきた。
年のわりに幼く、中性的な顔立ち。サラサラとなびく■色の髪。不知火ほどではないが、背が高く、スラリと長い手足。不知火にとっては見慣れぬ、現代の装い……。
春の陽気に当てられていた頭も、ようやく覚めてきた。
(……思い出した。彼は私と同じ教師になった■■。そして、今日は始業式だ)
◯
■■■■は不知火の古馴染みであり、親友だった。
担当は国語。古文が得意で、大学では専門的に研究していた。
学生に混じっても違和感のない童顔だが、実は不知火の先輩で、学年主任を任されている。
「人が良さそうに見えて、内心腹黒い」
「他人を手のひらの上で転がすクセがある」
と恐れられており、実際その通りだった。
「目白のクラスはどうだった?」
「騒がしくなりそうだ。オカ研のメンバーが全員そろっている上に、黒縄まで加わってしまった」
「大変そうだなぁ。何か困ったことがあったら呼んでくれよ?」
昼食の時間、二人は職員室の一角で弁当を食べていた。
おにぎりと簡単なおかずのみだが、■■の手作りだ。不知火がコンビニ弁当やカップラーメンばかり食べるので、■■が心配して毎日作って持って来てくれるようになった。
「暗梨の様子はどうだった?」
「馴染んでいたよ。制服をゴスロリ風に改造してきたのはビックリしたけど」
「申し訳ない。一応注意したんだが、"この格好じゃなきゃ、学校に行かない"と言って聞かなくてね」
「まっ、いいんじゃない? 似合ってるし」
「いいのか」
■■は暗梨がいる一年生のクラスを担当していた。
暗梨は不知火が訳あって預かっている親戚の娘なのだが、かなりの問題児で、不知火も手を焼いているのだ。■■でなければ、安心して任せられなかっただろう。
「……ッ! ……ッ!」
その時、誰かに名前を呼ばれたような気がした。
「どうしたの? 目白」
「いや、誰かが私を呼んでいるような……」
耳を澄ます。
しかし校舎にいる生徒の笑い声や、グラウンドで練習している運動部の掛け声が聞こえるだけだった。
「気のせいじゃない? 目白、いつもぼーっとしてるから」
「……そのあだ名、いい加減やめてくれ。恥ずかしい」
「そう? 私は呼びやすくて気に入ってるんだけどなぁ」
■■は微笑ましそうに、ニコニコと笑う。
不知火は幼い頃、鳥のメジロが好き過ぎて自ら「目白」と名乗っていた。年齢を重ねるうちに名乗るのをやめたのだが、なぜか■■は未だに不知火のことを「目白」と呼んだ。
「目白、頬にお弁当ついてるよ」
身を乗り出し、不知火の頬へ手を伸ばす。
ついていた米粒を取ると、自らの口へと運んだ。
「ふふふ。相変わらずズボラだねぇ」
「……」
近くに人がいなくて良かった、と不知火は心の底から安堵した。あだ名といい、■■は不知火が幼いままだと思っているのかもしれない。
◯
昼休みが終わり、不知火が教室で授業をしていた時だった。
空が割れ、人のような白い影が落ちてくるのが見えた。白い影は地面へ落ち、青い光を放つ。
(なんだ、あの光は?)
「先生、どうかしたんすか?」
成田が不審がる。
すかさず、岡本と神服部が妄想を膨らませた。
「宇宙からの交信を待っているんじゃないかい?!」
「いやいや、窓の外に霊がいたんですよ!」
「ハチでも飛んでたんじゃないか?」
「「「それが一番怖い!!!」」」
遠井のひと言に、周囲の生徒は悲鳴を上げる。彼らには光が見えていないらしい。
不知火は光の正体を確かめようと、窓に近づいた。
すると、校庭で蒼劔が乱魔と相対していた。青く輝く日本刀を手に、陽斗と飯沼を守っている。平和な学園に似つかわしくない、殺伐とした空気が流れていた。
「ッ!」
彼らを目にした瞬間、不知火の頭にかかっていたモヤのようなものが一気に晴れた。
(違う。今日は始業式ではない……まだ春休みだ。今日学校へ来たのは、備品整理のため。他の先生と手分けして備品を運んでいる最中に、廊下の窓に■■が映っているのが見えたんだ。それでつい……)
近づいて、鏡の中へ引き込まれた。
そのことに気づいた瞬間、不知火は教室を飛び出していた。背後で生徒が「自主勉だー!」と盛り上がる。
階段を降り、蒼劔達から一番近い出口を目指す。すると、■■が出口の前に立っていた。
「目白、そんなに急いでどうしたの?」
「貴方こそ、授業はどうしたんです?」
「んー、ちょっとサボリたくなった。というか、何で敬語?」
■■は首を傾げる。
見れば見るほど、本物だ。幻だと疑うのが馬鹿らしくなってくる。
だが……本物であるはずがない。本物であれば、こんなところで教師をしているはずがない。
「どうやって■■のことを知ったかは知らないが、よく出来ているよ。異形とも術者とも縁がない彼と同じ職場で働いているなんて、私の理想そのものだ。叶うなら、この嘘だらけの世界に永遠に浸っていたいとすら思う」
だが、と不知火は感情のない目で、■■を見下ろした。
「私は現実の貴方を救わなければならない。私が偽りの世界を楽しんでいる間に、本物の貴方は消えてしまうかもしれない。だから、君とはここでお別れだ」
「……そうか」
■■は寂しげに微笑み、道を譲った。
「それじゃあ、本物の私をよろしく頼んだよ」
■色の瞳が細氷のように煌めく。
不知火は■■の本当の瞳の色を二百年ぶりに見た。本物の彼の瞳は、不知火と同じ色に濁っていた。
◯
■■の横を通ろうとして、何かにつまづきかけた。振り返ると、■■が通路に足を伸ばし、不知火を転けさせようとしていた。
「……」
不知火は恨めしそうに、■■を睨む。■■は満足げに、ニヨニヨと笑っていた。
姿勢を整え、先を急ぐ。振り返ったのはそれっきりだった。
校庭には蒼劔、陽斗、飯沼がいた。とりあえずひと段落ついたようで、乱魔はいなくなっていた。
「不知火先生! 無事だったんですね!」
「あぁ、なんとかね。他に引き込まれたのは?」
「黒縄よ。クラスの人気者になってたでしょ?」
「アレ、本物だったのか。ずいぶん馴染んでいたようだけど戻って来られるかな?」
「力づくで連れ帰るしかあるまい。でなければ、朱羅までこちらへ来ると言い出すぞ」
四人は教室へ急ぐ。
道中、不知火は首に下げていた金の錫杖を撫でた。大切な宝物だというのに、正気に戻るまで存在すら忘れていた。
(今日のことは誰にも知られないよう、記憶を封じておかなければ。晴霞や五代君に知られたら、マズいことになる)
校庭の桜は校舎から見るより、ずっと美しかった。
不知火は「いつか■■にも見せてやりたい」と、願わずにはいられなかった。
(2023年エイプリルフール企画「鏡の国の不知火先生」終わり)
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