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第16.5話(第2部 第5.5話)「羅門の過去〈闇を手に入れた忍び〉」
弐
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闇に潜み、闇へ耳を澄ます。
潜入、諜報、盗み、暗殺、なんでもござれ。
我ら、忍ぶ者なれば。果たせぬ依頼など、ありはせぬ。
「あっ、兄ちゃん! 仕事終わった?」
「バカ! 今、話しかけんな!」
「むっ? おぬし、何奴!」
「わわっ! 見つかちゃった!」
「チッ、とりあえず殴っとけ! 撤収するぞ!」
「可哀想だけど……えーいっ!」
ボコッ
「ぐぇっ」
「そこの者! 何をしている!」
「やべっ」
「にっげろー!」
……訂正。人によっては、忍べない者もいるかもしれない。
◯
時は、室町時代の終わり。動乱の戦国時代へ突入しようとしている頃。
「鬼が住んでいる」と恐れられる山奥に、鬼のごとく能力を持った人間の里があった。どの家も山に隠れるようにこじんまりとしていたが、一棟だけ大岩のごとく立派な屋敷が建っていた。
里の長「親方」の屋敷である。外観こそ質素だが、室内は贅を尽くした造りになっており、高価な置物や調度品がところ狭しと飾られていた。
それらの宝物に埋もれるように、肥え太った男がでっぷりと座していた。屋敷の主人、「親方」である。「親方」は通称で、本当の名は誰も知らない。
「朱禅! お前はまた羅門の足を引っ張りおって……!」
「親方」は目の前で膝をついている朱禅を睨めつけ、声を荒げた。太ったまぶたと頬の肉に埋もれているものの、その眼光は蛇のように鋭い。
朱禅は「ひッ!」と青ざめ、平伏した。
「も、申し訳ありません! ずっと一人で潜入してたから心細くって! 兄ちゃん見つけて、つい……はしゃいじゃいました!」
「はしゃぐな、毎回毎回! 今まで何度、組ませたと思うておる?! 羅門がおらねば何もできん出来損ないが、羅門がおってもこのザマか!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 次こそは気をつけますから!」
「親方」はひとしきり怒りをぶつけると、朱禅の横で膝をついている羅門へ視線を移す。朱禅の時とは打って変わり、人が変わったように猫撫で声で、羅門を労った。
「羅門、ご苦労だったなぁ。お前が持ち帰った情報のおかげで、また一儲けできそうじゃわい」
「ども」
羅門は素っ気なく返す。「さっさと帰りたいんだが」と言わんばかりに、不機嫌だ。「親方」が朱禅にキツく当たっていたのも影響しているのかもしれない。
当時の羅門と朱禅は人間で、いわゆる「忍び」だった。里は忍びが暮らす隠れ里、「親方」は彼らをまとめる頭目というわけになる。
二人に親はない。物心つく前に里へ売られ、来る日も来る日もつらい修行と命がけの任務が待っていた。
羅門は小柄な体格を生かし、殺し、盗み、潜入、諜報、なんでもそつなくこなした。周りからは「里一番の忍び」と評されている。
対して、弟の朱禅は大柄で剛力。いかにも強そうな見た目から、護衛や門番としては人気があったものの、忍びとしてはイマイチだった。
優しい性格と精神的なもろさのせいで、失敗ばかり。羅門がいなければ、暮らしていけなかっただろう。
同僚の忍びには「図体ばかりの出来損ない」「兄頼りの間抜け」と嗤われ、親方からも「いるだけでいい」「前金さえもらえばいい」と最初から期待されていなかった。
「次の仕事だが、」
「親方」は羅門の心中を察したのか、慌てて話を進めた。
「さる豪族から護衛の依頼が入った。屋敷の改修に伴い、宝物の移送を行うそうだ。羅門、お前に一任したい」
「一任? 護衛なら、頭数あったほうがいいだろ。朱禅と、あと何人か連れて行く」
「移送は極秘だ。なるたけ、数は少ないほうがいい。それに、朱禅には新たに別の任務がある」
「任務?!」
朱禅が嬉しそうに顔を上げる。
「どこに潜入するんです?! 今度こそ、屋根裏に潜り込めますか?!」
「いや、お前じゃ無理じゃろ。天井落ちるわ。前回もやった、足軽じゃ」
「ですよねー」
朱禅はあからさまに落胆した。
「最近、無名だったり、出自のはっきりせんかったりする武士が増えておるからのう。しばらく戦場へ出て、偵察してこい」
「はい!」
話が終わり、羅門と朱禅は屋敷から出て行く。
入れ替わりに、柱の裏から男がぬっと現れた。どこにでもいそうな顔立ちと体つきで、影のように存在感がない。
男は「親方、」とかろうじて聞こえる音量で、「親方」に声をかけた。
「宝物移送の護衛、俺にやらしちゃくれませんか? いくら使い勝手がいいとはいえ、羅門を働かせすぎかと」
「呵呵ッ! よぅ言うわ。あやつに仕事を奪われて焦っておるのだろう、甚三?」
「……そういうわけでは」
男は一瞬、目をそらす。
彼の心の内を見抜き、「親方」は鼻で笑った。
「例の依頼、お前では力不足じゃ。最悪、命を落とすことになる。達成できる者がおるとするなら、羅門の他におるまい」
「大げさな。ただの護衛でしょう?」
「それがのう、最近あのあたりで出るらしいんじゃ」
「何がです?」
「親方」は意地が悪そうに、ニンマリと笑った。
「鬼の賊さ」
潜入、諜報、盗み、暗殺、なんでもござれ。
我ら、忍ぶ者なれば。果たせぬ依頼など、ありはせぬ。
「あっ、兄ちゃん! 仕事終わった?」
「バカ! 今、話しかけんな!」
「むっ? おぬし、何奴!」
「わわっ! 見つかちゃった!」
「チッ、とりあえず殴っとけ! 撤収するぞ!」
「可哀想だけど……えーいっ!」
ボコッ
「ぐぇっ」
「そこの者! 何をしている!」
「やべっ」
「にっげろー!」
……訂正。人によっては、忍べない者もいるかもしれない。
◯
時は、室町時代の終わり。動乱の戦国時代へ突入しようとしている頃。
「鬼が住んでいる」と恐れられる山奥に、鬼のごとく能力を持った人間の里があった。どの家も山に隠れるようにこじんまりとしていたが、一棟だけ大岩のごとく立派な屋敷が建っていた。
里の長「親方」の屋敷である。外観こそ質素だが、室内は贅を尽くした造りになっており、高価な置物や調度品がところ狭しと飾られていた。
それらの宝物に埋もれるように、肥え太った男がでっぷりと座していた。屋敷の主人、「親方」である。「親方」は通称で、本当の名は誰も知らない。
「朱禅! お前はまた羅門の足を引っ張りおって……!」
「親方」は目の前で膝をついている朱禅を睨めつけ、声を荒げた。太ったまぶたと頬の肉に埋もれているものの、その眼光は蛇のように鋭い。
朱禅は「ひッ!」と青ざめ、平伏した。
「も、申し訳ありません! ずっと一人で潜入してたから心細くって! 兄ちゃん見つけて、つい……はしゃいじゃいました!」
「はしゃぐな、毎回毎回! 今まで何度、組ませたと思うておる?! 羅門がおらねば何もできん出来損ないが、羅門がおってもこのザマか!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 次こそは気をつけますから!」
「親方」はひとしきり怒りをぶつけると、朱禅の横で膝をついている羅門へ視線を移す。朱禅の時とは打って変わり、人が変わったように猫撫で声で、羅門を労った。
「羅門、ご苦労だったなぁ。お前が持ち帰った情報のおかげで、また一儲けできそうじゃわい」
「ども」
羅門は素っ気なく返す。「さっさと帰りたいんだが」と言わんばかりに、不機嫌だ。「親方」が朱禅にキツく当たっていたのも影響しているのかもしれない。
当時の羅門と朱禅は人間で、いわゆる「忍び」だった。里は忍びが暮らす隠れ里、「親方」は彼らをまとめる頭目というわけになる。
二人に親はない。物心つく前に里へ売られ、来る日も来る日もつらい修行と命がけの任務が待っていた。
羅門は小柄な体格を生かし、殺し、盗み、潜入、諜報、なんでもそつなくこなした。周りからは「里一番の忍び」と評されている。
対して、弟の朱禅は大柄で剛力。いかにも強そうな見た目から、護衛や門番としては人気があったものの、忍びとしてはイマイチだった。
優しい性格と精神的なもろさのせいで、失敗ばかり。羅門がいなければ、暮らしていけなかっただろう。
同僚の忍びには「図体ばかりの出来損ない」「兄頼りの間抜け」と嗤われ、親方からも「いるだけでいい」「前金さえもらえばいい」と最初から期待されていなかった。
「次の仕事だが、」
「親方」は羅門の心中を察したのか、慌てて話を進めた。
「さる豪族から護衛の依頼が入った。屋敷の改修に伴い、宝物の移送を行うそうだ。羅門、お前に一任したい」
「一任? 護衛なら、頭数あったほうがいいだろ。朱禅と、あと何人か連れて行く」
「移送は極秘だ。なるたけ、数は少ないほうがいい。それに、朱禅には新たに別の任務がある」
「任務?!」
朱禅が嬉しそうに顔を上げる。
「どこに潜入するんです?! 今度こそ、屋根裏に潜り込めますか?!」
「いや、お前じゃ無理じゃろ。天井落ちるわ。前回もやった、足軽じゃ」
「ですよねー」
朱禅はあからさまに落胆した。
「最近、無名だったり、出自のはっきりせんかったりする武士が増えておるからのう。しばらく戦場へ出て、偵察してこい」
「はい!」
話が終わり、羅門と朱禅は屋敷から出て行く。
入れ替わりに、柱の裏から男がぬっと現れた。どこにでもいそうな顔立ちと体つきで、影のように存在感がない。
男は「親方、」とかろうじて聞こえる音量で、「親方」に声をかけた。
「宝物移送の護衛、俺にやらしちゃくれませんか? いくら使い勝手がいいとはいえ、羅門を働かせすぎかと」
「呵呵ッ! よぅ言うわ。あやつに仕事を奪われて焦っておるのだろう、甚三?」
「……そういうわけでは」
男は一瞬、目をそらす。
彼の心の内を見抜き、「親方」は鼻で笑った。
「例の依頼、お前では力不足じゃ。最悪、命を落とすことになる。達成できる者がおるとするなら、羅門の他におるまい」
「大げさな。ただの護衛でしょう?」
「それがのう、最近あのあたりで出るらしいんじゃ」
「何がです?」
「親方」は意地が悪そうに、ニンマリと笑った。
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