301 / 327
第15.5話(第2部 第4.5話)「幽空の過去〈鳥に憧れた少年〉」
肆
しおりを挟む
「……紫野ノ瑪、遅いね」
朱禅は何杯目か分からない玄米をむさぼり、呟く。
既に食事を済ませた羅門は、「知らね」とそっけなく返した。
「浄化されるのが嫌で、逃げ出したんだろ? 今頃、村を出てるかもな」
「そんな……兄ちゃんじゃあるまいし、紫野ノ瑪は俺達を置いて行きやしないよ。ね、偽紫野ノ瑪?」
朱禅が問うと、紫野ノ瑪の分身は漬物をポリポリ食べながら頷いた。
「おつけものおいひい」
「ほら、偽紫野ノ瑪も"そうだぞ"って言ってる」
「言ってねぇよ。呑気に漬物食ってるだけじゃねぇか」
「きっと、祈祷師の家がものすごぉーく遠いんだよ。だから紫野ノ瑪も帰りが遅くなってるんだ。そうだよね、偽紫野ノ瑪?」
紫野ノ瑪の分身はご飯を食べながら、再び頷いた。
「げんまいうまうま」
「ほらぁ~」
「だから、言ってねぇって」
その時、部屋の外から使用人が声をかけてきた。
「祈祷師様がご到着されました。お客様の食事がお済みになりましたら、浄化の儀に入らせていただきます」
「え?」
朱禅は目を白黒させる。紫野ノ瑪の気配はしない。
「逃げたな」
羅門は「してやったり」とばかりに、ニヤつく。
「逃げてない! ……たぶん」
朱禅は自信なさげに、目をそらす。
残りのご飯にみそ汁をかけ、一気にかっ込んだ。紫野ノ瑪の分身も朱禅の真似をし、ご飯にみそ汁をかけて飲み干した。
「なんだ、お前も紫野ノ瑪を疑ってるんじゃねぇか」
「だって紫野ノ瑪と知り合って、まだひと月しか経ってないんだよ? 見返りもないのに、わざわざ俺達のために戻って来ると思う?」
「……思わねぇな。普通は、戻ってこねー前提で動く」
「でしょ?」
「げぷぁ」
「俺も逃げっかなぁー。朱禅、後は任せた」
「兄ちゃん……?」
「冗談だって。そんな怖ぇ顔すんなよ」
「おつゆ、うまうま」
その後、紫野ノ瑪は羅門と朱禅の読みどおり、浄化の儀が始まっても戻って来なかった。
◯
幽四郎の母、ハタは畑から家に帰る道中、聞こえるはずのない声を聞いた。
「……ッ! ……ッ!」
(……? 変だね、幽四郎の声がする)
空耳かと思ったが、共に畑仕事へ出ていた幽四郎の弟妹も騒ぎ出した。
「おっかあ、四郎兄の声がするよ!」
「遠くからじゃないよ! お空から聞こえるよ!」
言われるまま、夕日で不気味なほど赤くそまった空を見ると、背中に白い翼を生やした幽四郎が飛んでいた。
「母さん! 夕五郎! タエ!」
幽四郎は三人を見つけると高度を下げ、彼らの前に現れた。着物のすそから先はなくなっていた。
ハタと幽四郎の弟妹は呆然と、幽四郎を見上げた。
「見てみてぇ! 行商のおばあさんに頼んで、足と交換してもらったんだよぉ! 地面には降りられなくなっちゃったけど、これでみんなの手伝いができるねぇ!」
弟妹は怯え、ハタの背後へ隠れる。
ハタも恐怖を押し殺し、諭すように幽四郎に言った。
「何を言ってるんだい、幽四郎。お前は何もしなくていいって言っただろ? 今までどおり、家の中で大人しくしていておくれ」
「でも……」
「そんなみっともない姿を、よそ様に晒すなって言ってるんだよッ!」
「ッ?!」
ハタはこらえていたものを吐き出すように、怒号を上げた。
豹変した母に、幽四郎の笑顔が凍りつく。まるで別人だった。
「ど、どうしたの母さん? 僕が外に出られるようになって、嬉しくないの?」
「嬉しいはずないだろ?! 今までだって、お前の呪いとやらのせいで村八分にされてきたんだ! 出稼ぎに行ったお前の父さんと夕太郎も、"居心地が悪い"と帰ってこなくなった! 全部、お前のせいなんだよ!」
ハタはそれまでこらえてきたものを吐き出すように、幽四郎に当たった。弟妹も、幽四郎を責めるように睨んでくる。
幽四郎は悲しかった。家族を想って翼を手に入れたのに、喜んではくれなかった。それどころか、心の中では幽四郎を恨んですらいた。
(僕……間違ったことをしちゃったのかなぁ? 母さんの言うとおり、家に閉じこもってた方が良かったのかなぁ?)
◯
「そんな妖怪みたいな格好してたら、もっと酷い目に遭うかもしれないだろ?! 母さんが取ってやるから、大人しくしてな!」
ハタは幽四郎の片翼をつかむと、力づくで引きちぎろうとした。
「痛っ! やめて! やめてよ!」
「うるさい! この村を追い出されたら終わりなんだ! お前も追い出されたくなかったら、言うこと聞きな!」
弟妹も「そうだ、そうだ!」と、もう一方の翼へ石を投げる。
実体化しているためすり抜けず、石が当たるたびに鈍い音がした。時折、幽四郎の頭や体にも当たった。
「四郎兄のせいで、タミ姉は好きな人と結婚できなかったんだからね!」
「次郎兄だって、そうだ! 本当は町で働きたいのに、僕達のために我慢して残ってくれてるんだぞ!」
そこへ、家からいなくなった幽四郎を探していた夕次郎と姉のタミが駆け寄ってきた。
「三人とも、何をしてるんだ?!」
「その化け物……まさか、幽四郎?!」
二人も変わり果てた幽四郎の姿を見て、絶句する。
立ち尽くす二人に、ハタが声を荒げた。
「なにボーッと突っ立ってんだい?! お前達も手伝いな!」
「でも、幽四郎が痛がってますよ?」
「だったら、なんだい?! これ以上、ここでの生活が苦しくなってもいいのかい?!」
「っ!」
夕次郎とタミはハッとした。
幽四郎と、自分達の暮らし……選ぶのは簡単だった。夕次郎は母と共に翼をつかみ、タミは幽四郎をはがいじめにした。
「兄さん、姉さん?!」
「幽四郎、お前が悪いんだぞ。お前が余計なことをしなければ……!」
「そうよ! 私達だって、ホントはこんなことしたくないんだから!」
朱禅は何杯目か分からない玄米をむさぼり、呟く。
既に食事を済ませた羅門は、「知らね」とそっけなく返した。
「浄化されるのが嫌で、逃げ出したんだろ? 今頃、村を出てるかもな」
「そんな……兄ちゃんじゃあるまいし、紫野ノ瑪は俺達を置いて行きやしないよ。ね、偽紫野ノ瑪?」
朱禅が問うと、紫野ノ瑪の分身は漬物をポリポリ食べながら頷いた。
「おつけものおいひい」
「ほら、偽紫野ノ瑪も"そうだぞ"って言ってる」
「言ってねぇよ。呑気に漬物食ってるだけじゃねぇか」
「きっと、祈祷師の家がものすごぉーく遠いんだよ。だから紫野ノ瑪も帰りが遅くなってるんだ。そうだよね、偽紫野ノ瑪?」
紫野ノ瑪の分身はご飯を食べながら、再び頷いた。
「げんまいうまうま」
「ほらぁ~」
「だから、言ってねぇって」
その時、部屋の外から使用人が声をかけてきた。
「祈祷師様がご到着されました。お客様の食事がお済みになりましたら、浄化の儀に入らせていただきます」
「え?」
朱禅は目を白黒させる。紫野ノ瑪の気配はしない。
「逃げたな」
羅門は「してやったり」とばかりに、ニヤつく。
「逃げてない! ……たぶん」
朱禅は自信なさげに、目をそらす。
残りのご飯にみそ汁をかけ、一気にかっ込んだ。紫野ノ瑪の分身も朱禅の真似をし、ご飯にみそ汁をかけて飲み干した。
「なんだ、お前も紫野ノ瑪を疑ってるんじゃねぇか」
「だって紫野ノ瑪と知り合って、まだひと月しか経ってないんだよ? 見返りもないのに、わざわざ俺達のために戻って来ると思う?」
「……思わねぇな。普通は、戻ってこねー前提で動く」
「でしょ?」
「げぷぁ」
「俺も逃げっかなぁー。朱禅、後は任せた」
「兄ちゃん……?」
「冗談だって。そんな怖ぇ顔すんなよ」
「おつゆ、うまうま」
その後、紫野ノ瑪は羅門と朱禅の読みどおり、浄化の儀が始まっても戻って来なかった。
◯
幽四郎の母、ハタは畑から家に帰る道中、聞こえるはずのない声を聞いた。
「……ッ! ……ッ!」
(……? 変だね、幽四郎の声がする)
空耳かと思ったが、共に畑仕事へ出ていた幽四郎の弟妹も騒ぎ出した。
「おっかあ、四郎兄の声がするよ!」
「遠くからじゃないよ! お空から聞こえるよ!」
言われるまま、夕日で不気味なほど赤くそまった空を見ると、背中に白い翼を生やした幽四郎が飛んでいた。
「母さん! 夕五郎! タエ!」
幽四郎は三人を見つけると高度を下げ、彼らの前に現れた。着物のすそから先はなくなっていた。
ハタと幽四郎の弟妹は呆然と、幽四郎を見上げた。
「見てみてぇ! 行商のおばあさんに頼んで、足と交換してもらったんだよぉ! 地面には降りられなくなっちゃったけど、これでみんなの手伝いができるねぇ!」
弟妹は怯え、ハタの背後へ隠れる。
ハタも恐怖を押し殺し、諭すように幽四郎に言った。
「何を言ってるんだい、幽四郎。お前は何もしなくていいって言っただろ? 今までどおり、家の中で大人しくしていておくれ」
「でも……」
「そんなみっともない姿を、よそ様に晒すなって言ってるんだよッ!」
「ッ?!」
ハタはこらえていたものを吐き出すように、怒号を上げた。
豹変した母に、幽四郎の笑顔が凍りつく。まるで別人だった。
「ど、どうしたの母さん? 僕が外に出られるようになって、嬉しくないの?」
「嬉しいはずないだろ?! 今までだって、お前の呪いとやらのせいで村八分にされてきたんだ! 出稼ぎに行ったお前の父さんと夕太郎も、"居心地が悪い"と帰ってこなくなった! 全部、お前のせいなんだよ!」
ハタはそれまでこらえてきたものを吐き出すように、幽四郎に当たった。弟妹も、幽四郎を責めるように睨んでくる。
幽四郎は悲しかった。家族を想って翼を手に入れたのに、喜んではくれなかった。それどころか、心の中では幽四郎を恨んですらいた。
(僕……間違ったことをしちゃったのかなぁ? 母さんの言うとおり、家に閉じこもってた方が良かったのかなぁ?)
◯
「そんな妖怪みたいな格好してたら、もっと酷い目に遭うかもしれないだろ?! 母さんが取ってやるから、大人しくしてな!」
ハタは幽四郎の片翼をつかむと、力づくで引きちぎろうとした。
「痛っ! やめて! やめてよ!」
「うるさい! この村を追い出されたら終わりなんだ! お前も追い出されたくなかったら、言うこと聞きな!」
弟妹も「そうだ、そうだ!」と、もう一方の翼へ石を投げる。
実体化しているためすり抜けず、石が当たるたびに鈍い音がした。時折、幽四郎の頭や体にも当たった。
「四郎兄のせいで、タミ姉は好きな人と結婚できなかったんだからね!」
「次郎兄だって、そうだ! 本当は町で働きたいのに、僕達のために我慢して残ってくれてるんだぞ!」
そこへ、家からいなくなった幽四郎を探していた夕次郎と姉のタミが駆け寄ってきた。
「三人とも、何をしてるんだ?!」
「その化け物……まさか、幽四郎?!」
二人も変わり果てた幽四郎の姿を見て、絶句する。
立ち尽くす二人に、ハタが声を荒げた。
「なにボーッと突っ立ってんだい?! お前達も手伝いな!」
「でも、幽四郎が痛がってますよ?」
「だったら、なんだい?! これ以上、ここでの生活が苦しくなってもいいのかい?!」
「っ!」
夕次郎とタミはハッとした。
幽四郎と、自分達の暮らし……選ぶのは簡単だった。夕次郎は母と共に翼をつかみ、タミは幽四郎をはがいじめにした。
「兄さん、姉さん?!」
「幽四郎、お前が悪いんだぞ。お前が余計なことをしなければ……!」
「そうよ! 私達だって、ホントはこんなことしたくないんだから!」
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる