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第15.5話(第2部 第4.5話)「幽空の過去〈鳥に憧れた少年〉」
参
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「これはこれは! このような山奥へ、よくぞおいでくださいました! さぁさ、どうぞ中へ! 今宵は我が家でお泊まりください!」
村長は紫野ノ瑪達をいたく歓迎した。村長の家は屋敷と呼んで差し支えない、村で一番大きな家だった。
屋敷で働いている者達も客人が珍しいのか、それとなくこちらに視線を向けてきた。
「夕食はお済みで? 何か作らせましょうか?」
「お構いなく。寝床があれば、それで十分ですから」
少年の兄はいない。紫野ノ瑪達を村長の家まで案内した後、守衛に事情を話して去っていった。
そっけない態度ではあったが、守衛も「それが当然」とばかりに、特に引き留めようとはしなかった。四人の後をついて来ていた村人達も、あからさまに少年の兄を避けていた。
彼らの態度を不審に思っていた紫野ノ瑪は、思い切って村長に尋ねてみた。
「ところで、彼はなぜあのように疎まれていたのでしょうか?」
「彼、とは?」
「我々をここまで案内してくださった方のことです」
村長は誰のことか思い出したのか、「あぁ……」とあからさまに顔をしかめた。
「夕次郎ですか。あの者の家は呪われておるのです。正確には、あの家の三男……幽四郎が、ですが。身の程知らずにも、よく縁側に腰かけているそうですよ。おぉ、名前を口にするだけでもおぞましい」
村長はわざとらしく怯え、震え上がってみせる。村長の言う「幽四郎」とは、縁側にいたあの少年のことだろう。
紫野ノ瑪達は首を傾げた。彼らには少年が呪われているようには見えなかった。
「呪いだァ?」
「彼とはここへ来る前にお会いしましたが、何かの間違いでは?」
「そうそう。気のせいですって」
途端に、村長は血相を変えた。
「まさか……幽四郎と会ったのですが?!」
聞き耳を立てていた、使用人達もざわつく。
「えぇ、まぁ」
「おしゃべりもしたよね。俺達の旅の話とか、生い立ちとか!」
「おしゃべり?!」
「俺は喋ってねーぞ。あのガキの家の縁側で寝てただけだ」
「寝てたぁ?!」
村長はわなわなと震え、後ずさる。今度は本気で怯えていた。使用人達も我先にと、部屋の奥へ引っ込んだ。
「い、今すぐ浄化の儀式を! 誰か、祈祷師を呼んできなさい!」
「は、はい! ただいま!」
使用人のひとりが祈祷師を呼びに、走る。
紫野ノ瑪達は有無を言わさず、客間へ追いやられた。村長は部屋には入らず、ふすまの隙間から顔を覗かせていた。
「すぐに祈祷師が来ますので、こちらでお待ちになっていてくだされ」
「浄化など必要ありません! 幽四郎君は呪われていないのですから!」
「幽四郎の足を見たでしょう? アレの足を見た者は同じ呪いを受け、歩けなくなってしまうのです。実際、幽四郎の姿を見た者の足は岩のように重くなり、動くことも立ち上がることもできなくなったと」
「それ、腰抜かしただけじゃね?」
「うん。呪いじゃないよ」
「えぇから、そこにおってください! 他の者にも呪いが移ったら、大変なことになりますよ!」
ピシャッと、ふすまを閉められる。こうなっては、安易に抜け出せない。
朱禅は顔を曇らせた。
「……マズいなぁ。祈祷師が本物だったらどうしよう? 僕達、浄化されちゃうかも」
「はッ! こんなクソ田舎に、本物の祈祷師がいるかよ!」
「ですが、万が一ということも……」
「そんなに言うなら、祈祷師が本物か確かめて来てやるよ」
「信用できませんね。おひとりで逃げるつもりでは?」
羅門は舌打ちした。
「だったら、お前が行って来いよ。どの道、朱禅じゃ祈祷師が本物か見分けられねぇ。安心しな。お前がいなくなったってバレねぇよう、分身で誤魔化しといてやる」
「頼みましたよ」
紫野ノ瑪は鬼に戻り、障子をすり抜けて外へ出る。
入れ替わりに、給仕が夕食を運んできた。
「失礼します。祈祷の準備がございますので、先にお夕食を……あら?」
給仕は首を傾げる。
部屋には紫野ノ瑪の代わりに、羅門が作った紫野ノ瑪そっくりの分身が座っていた。頭の先から足の先まで紫野ノ瑪とそっくりだったが、実物よりも遥かにアホな顔をしていた。
(あのお客様、もっと聡明な感じだった気がするけど、見間違いだったのかしら?)
◯
紫野ノ瑪は村長宅から脱出し、祈祷師を呼びに行った使用人を追いかけた。
社を目指し、民家を抜け、山の石段を上る。長い道のりに、使用人は息を切らしていた。
「はぁ、はぁ。何でオイラがよそ者なんかのために走らなくちゃならないんだよ? 村長も見栄っ張りだよなぁ。あの家に勝手に近づいたのはあいつらなんだから、ほっとけばいいってんだ!」
(すみませんね、走らせてしまって)
愚痴る使用人に、紫野ノ瑪は心の中で謝った。
石段の中腹まで来た時、近くの茂みがガサゴソ動いた。使用人は気づかず、通り過ぎていく。
(タヌキでもいるのでしょうか?)
紫野ノ瑪は茂みを振り向き、ギョッとした。見覚えのある病的に細い二本の足が、茂みの下に転がっていた。
「幽四郎君?! 大丈夫ですか?!」
紫野ノ瑪は幽四郎が倒れていると思い、駆け寄る。茂みをかき分けると、村の入口で出会った行商の老婆が隠れていた。
老婆は紫野ノ瑪と目が合うとニタリと笑い、両手で彼の顔をつかんだ。
「"お前の体はオレの物だ"」
「ッ?!」
そう老婆が唱えた瞬間、紫野ノ瑪は意識が遠のいていくのを感じた。
指の先からジワジワと感覚を失っていき……やがて、完全に意識が途切れた。
村長は紫野ノ瑪達をいたく歓迎した。村長の家は屋敷と呼んで差し支えない、村で一番大きな家だった。
屋敷で働いている者達も客人が珍しいのか、それとなくこちらに視線を向けてきた。
「夕食はお済みで? 何か作らせましょうか?」
「お構いなく。寝床があれば、それで十分ですから」
少年の兄はいない。紫野ノ瑪達を村長の家まで案内した後、守衛に事情を話して去っていった。
そっけない態度ではあったが、守衛も「それが当然」とばかりに、特に引き留めようとはしなかった。四人の後をついて来ていた村人達も、あからさまに少年の兄を避けていた。
彼らの態度を不審に思っていた紫野ノ瑪は、思い切って村長に尋ねてみた。
「ところで、彼はなぜあのように疎まれていたのでしょうか?」
「彼、とは?」
「我々をここまで案内してくださった方のことです」
村長は誰のことか思い出したのか、「あぁ……」とあからさまに顔をしかめた。
「夕次郎ですか。あの者の家は呪われておるのです。正確には、あの家の三男……幽四郎が、ですが。身の程知らずにも、よく縁側に腰かけているそうですよ。おぉ、名前を口にするだけでもおぞましい」
村長はわざとらしく怯え、震え上がってみせる。村長の言う「幽四郎」とは、縁側にいたあの少年のことだろう。
紫野ノ瑪達は首を傾げた。彼らには少年が呪われているようには見えなかった。
「呪いだァ?」
「彼とはここへ来る前にお会いしましたが、何かの間違いでは?」
「そうそう。気のせいですって」
途端に、村長は血相を変えた。
「まさか……幽四郎と会ったのですが?!」
聞き耳を立てていた、使用人達もざわつく。
「えぇ、まぁ」
「おしゃべりもしたよね。俺達の旅の話とか、生い立ちとか!」
「おしゃべり?!」
「俺は喋ってねーぞ。あのガキの家の縁側で寝てただけだ」
「寝てたぁ?!」
村長はわなわなと震え、後ずさる。今度は本気で怯えていた。使用人達も我先にと、部屋の奥へ引っ込んだ。
「い、今すぐ浄化の儀式を! 誰か、祈祷師を呼んできなさい!」
「は、はい! ただいま!」
使用人のひとりが祈祷師を呼びに、走る。
紫野ノ瑪達は有無を言わさず、客間へ追いやられた。村長は部屋には入らず、ふすまの隙間から顔を覗かせていた。
「すぐに祈祷師が来ますので、こちらでお待ちになっていてくだされ」
「浄化など必要ありません! 幽四郎君は呪われていないのですから!」
「幽四郎の足を見たでしょう? アレの足を見た者は同じ呪いを受け、歩けなくなってしまうのです。実際、幽四郎の姿を見た者の足は岩のように重くなり、動くことも立ち上がることもできなくなったと」
「それ、腰抜かしただけじゃね?」
「うん。呪いじゃないよ」
「えぇから、そこにおってください! 他の者にも呪いが移ったら、大変なことになりますよ!」
ピシャッと、ふすまを閉められる。こうなっては、安易に抜け出せない。
朱禅は顔を曇らせた。
「……マズいなぁ。祈祷師が本物だったらどうしよう? 僕達、浄化されちゃうかも」
「はッ! こんなクソ田舎に、本物の祈祷師がいるかよ!」
「ですが、万が一ということも……」
「そんなに言うなら、祈祷師が本物か確かめて来てやるよ」
「信用できませんね。おひとりで逃げるつもりでは?」
羅門は舌打ちした。
「だったら、お前が行って来いよ。どの道、朱禅じゃ祈祷師が本物か見分けられねぇ。安心しな。お前がいなくなったってバレねぇよう、分身で誤魔化しといてやる」
「頼みましたよ」
紫野ノ瑪は鬼に戻り、障子をすり抜けて外へ出る。
入れ替わりに、給仕が夕食を運んできた。
「失礼します。祈祷の準備がございますので、先にお夕食を……あら?」
給仕は首を傾げる。
部屋には紫野ノ瑪の代わりに、羅門が作った紫野ノ瑪そっくりの分身が座っていた。頭の先から足の先まで紫野ノ瑪とそっくりだったが、実物よりも遥かにアホな顔をしていた。
(あのお客様、もっと聡明な感じだった気がするけど、見間違いだったのかしら?)
◯
紫野ノ瑪は村長宅から脱出し、祈祷師を呼びに行った使用人を追いかけた。
社を目指し、民家を抜け、山の石段を上る。長い道のりに、使用人は息を切らしていた。
「はぁ、はぁ。何でオイラがよそ者なんかのために走らなくちゃならないんだよ? 村長も見栄っ張りだよなぁ。あの家に勝手に近づいたのはあいつらなんだから、ほっとけばいいってんだ!」
(すみませんね、走らせてしまって)
愚痴る使用人に、紫野ノ瑪は心の中で謝った。
石段の中腹まで来た時、近くの茂みがガサゴソ動いた。使用人は気づかず、通り過ぎていく。
(タヌキでもいるのでしょうか?)
紫野ノ瑪は茂みを振り向き、ギョッとした。見覚えのある病的に細い二本の足が、茂みの下に転がっていた。
「幽四郎君?! 大丈夫ですか?!」
紫野ノ瑪は幽四郎が倒れていると思い、駆け寄る。茂みをかき分けると、村の入口で出会った行商の老婆が隠れていた。
老婆は紫野ノ瑪と目が合うとニタリと笑い、両手で彼の顔をつかんだ。
「"お前の体はオレの物だ"」
「ッ?!」
そう老婆が唱えた瞬間、紫野ノ瑪は意識が遠のいていくのを感じた。
指の先からジワジワと感覚を失っていき……やがて、完全に意識が途切れた。
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