贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
311 / 327
第16話(第2部 第5話)「森中が抱えている闇」

しおりを挟む
「くッ……! 幽空を置いてきて正解だったな!」
(あいつがいたら、とっくに捕まってたかもしれねぇ)
 羅門は両手に小刀を握り、向かってくる鎖を一本一本切り落としていく。切っても切っても新たに生えてくるため、キリがない。
 なかなか羅門が捕まらないでいると、鎖は先端をトラバサミや鎌に変え、襲いかかってきた。切り落とし損ねたトラバサミや鎌の刃が羅門の顔や手足にかすり、傷をつけた。
 黒縄達は外から様子をうかがっている。このまま羅門を生捕りにするつもりらしい。飽きてきたのか、黒縄が大きくあくびをした。
「チッ、余裕かましやがって。そんなに暇なら、こっちに引き込んでやる!」
 羅門は部屋の闇を操作し、外にいる黒縄を引き寄せようとした。
 闇は黒縄を捕らえようと、廊下に向かっていくつもの黒く細長い手を伸ばした。襲いかかる無数の手に、黒縄は不快そうに顔をしかめ、朱羅と森中は「ひッ!」と息を呑んだ。
「黒縄様、ドアを!」
「早よ閉めんと、出てくるで!」
「はァ……結局こうなンのか。あいつの力を使う気はなかったンだがなァ」
 黒縄は懐から青いパイナップル型の塊を取り出すと、羅門に投げつけた。手が出てくる寸前で、事務所のドアを閉める。手はドアをすり抜けられず、ぶつかって闇に戻った。
 羅門は投げつけられた青いパイナップル型の塊を見た瞬間、直感的に「ヤバい」と感じた。
 ただの手榴弾であれば、問題はない。だが、その塊には蒼劔の妖力が宿っていた。
(闇の入口は開くまでに時間がかかる。廊下には黒縄と朱羅が。闇で爆発を防ぐってのもアリだが、予想より爆発の威力が強かったら終わる!)
「……つーことは、窓しかねぇ!」
 羅門はとっさの判断で窓をすり抜け、事務所の外へ脱出した。
 直後、青いパイナップル型の塊が盛大に爆散した。事務所は青白い光に包まれ、浄化される。やはり、蒼劔の妖力だった。
「っぶな! あれじゃ、しばらく近づけねぇや。帰ろ」
 羅門は空中で闇の入口を開くと、黒縄達に見つかる前に逃げ込んだ。

     ◯

 浄化され、無人になった事務所を見て、朱羅は顔面蒼白になった。
「ら……羅門お兄様ッ!」
 駆け込もうとして、黒縄にマフラーの先をつかまれる。
「ぐぇっ」
「入ンな、バカ。残念だが、ヤツは逃げたぜ。悪運の強ェヤローだな」
「お、脅しに使うだけだっておっしゃっていたではありませんか! まさか、本当に使われるなんて!」
 黒縄と朱羅は稲葉の事務所へ来る前に、蒼劔に頼んで妖力手榴弾を作ってもらっていた。森中を迎えに来た術者が人間だったら、同じく蒼劔から借りたオダマリハリセンを使うつもりだった。
 朱羅は怒り、黒縄を責める。
 すると轟音と共に、黒縄が背後から心臓を撃たれた。二人が振り返ると、森中が寝転がった状態でショットガンを構えていた。
「き……貴様ッ! 一度ならず、二度までも!」
 朱羅は怒りの矛先を森中に変え、金棒でショットガンを叩き壊す。「ヒヒッ」と魔弾が笑い、ショットガンから抜け出た。
 黒縄の胸には大きな穴が空いていた。普通なら助かる見込みのない大怪我だったが、魔石から妖力を供給され、穴はみるみるうちに塞がった。
「頭より治りが早ェな。意識を飛ばさずに済んだぜ」
「お前……何で治んねん? 不死身か?」
「そうだ。だから、俺を狙うのはもうやめておけ。弾と銃が無駄になる」
 それに、と黒縄は森中を冷たく見下ろした。
「俺を倒せたとしても、テメェが置かれてる状況は何ひとつ変わらねェぞ。晴霞はテメェを消したがってるからな」
「そんなん、お前のせいやろ?! お前が本物ほんまもんの魔石を隠さんかったら、俺は計画を遂行して、術者協会から追われずに済んだのに!」
 黒縄は「いいや?」と首を振った。
「テメェが俺を暴走させられたとしても、晴霞はテメェを始末したと思うぜ?」
「何でや?! 地獄八鬼元総長の討伐にかかわったんやで?! そんなん、表彰もんやないか!」
「五代……五代童子に、テメェが計画を遂行したらどうなってたか調べさせた」
「っ!」
 五代の名を耳にした途端、森中の顔色が変わる。森中も五代の情報がいかに信用できるか、よく知っていた。
「術者協会は俺を処分した後、全ての責任をテメェに押しつけてたぜ。今みたいに逃げる間もなく、魔弾のとしてこき使われてた。死ぬことすら許されず、魔弾として、今度はとして術者に使われてたっけな。俺の口からじゃ信用できねェだろうし、後で五代に聞いてみろよ。ご丁寧に、映像つきで解説してくれるはずだぜ?」
「……も、もうえぇ。お前の説明で充分や」
 砲台、同化、式神……次々に飛び出す猟奇的な単語に、森中は吐きそうな顔で震えていた。
 いくら術者といえども、契約している式神の力を使い過ぎると、式神の妖力に影響されてしまう。最悪、自らも異形と化し、術者から式神にするケースも少なくない。素人ならまだしも、プロである術者が式神に堕ちるのは、最も屈辱的な未来だった。
「そうならへんかったっちゅーことは、結果的に俺はお前らに助けられたんやな」
「そうなるな」
「で? 今度は何で助けた? なんか、俺にやらせたいことでもあるんか?」
「ある」
 黒縄は断言した。
「魔石を取り戻した今、俺はただ静かに暮らしてェ。だから、俺が"始末する必要のない鬼"だと、術者協会のバカ共に認めさせる。そのために、テメェには証言してもらいたい。暗殺を指示したのが晴霞だってな。晴霞の命令が不当なものだと認められれば、俺の評価も変わる。ついでに、テメェの無実も証明すればいい」
「……」
 森中は考えた。
 そんな面倒なことに協力せずとも、黒縄を晴霞への手土産にすれば、術者協会へ戻れるのではないか、と。
 だが、こうも考えた。
 自身の無実を証明し、会長の晴霞が諸悪の根源だと他の術者や十二人将に認めさせたら、どんなに清々しい気分になれるのだろうか、と。
「……」
 森中はポケットから拳銃のキーホルダーを取り出し、元の大きさに戻した。うつ伏せのまま構え、銃口を黒縄に向ける。
「黒縄様!」
「いい。やらせてやれ」
 朱羅が森中を止めようとしたが、黒縄に手で制された。
 森中は黒縄の頭を狙い、撃つ。しかし弾は大きく外れ、空の彼方へ消えていった。
「外れた……? 魔弾は百発百中のはずでは?」
「珍しいこともあるもんだなァ」
 黒縄と朱羅は魔弾の「制約」を知らず、不思議そうに弾を見送る。
「ははっ……あの時と同じ、か。俺の運命は、撃つ前から決まっとったんかもしれへんなぁ」
 森中は力なく笑った。弾のカウントがリセットされたため、二人を仕留めることもできたが、そうはしなかった。
 拳銃をキーホルダーのサイズに縮め、ポケットへ仕舞う。朱羅に壊されたショットガンも、縮めて回収した。
「分かった、協力したる。その代わり、しっかり俺を守ってな?」
 朱羅は「えぇ」と爽やかに微笑んだ。
「貴方が裏切らない限りは、こちらも協力を惜しまないつもりです。とりあえず、禊ぎとして二発ほど殴らせていただいてもよろしいでしょうか? 貴方が黒縄様に撃った、頭と胸に一発ずつでどうでしょう?」
「え゛」
 森中は青ざめる。
 爽やかな笑顔とは裏腹に、朱羅の腕の筋肉は異常に盛り上がっていた。

(第16.5話(第2部 第5.5話)へ続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

夢の中でもう一人のオレに丸投げされたがそこは宇宙生物の撃退に刀が重宝されている平行世界だった

竹井ゴールド
キャラ文芸
 オレこと柊(ひいらぎ)誠(まこと)は夢の中でもう一人のオレに泣き付かれて、余りの泣き言にうんざりして同意するとーー  平行世界のオレと入れ替わってしまった。  平行世界は宇宙より外敵宇宙生物、通称、コスモアネモニー(宇宙イソギンチャク)が跋扈する世界で、その対策として日本刀が重宝されており、剣道の実力、今(いま)総司のオレにとってはかなり楽しい世界だった。

処理中です...