贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第16話(第2部 第5話)「森中が抱えている闇」

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「くッ……! 幽空を置いてきて正解だったな!」
(あいつがいたら、とっくに捕まってたかもしれねぇ)
 羅門は両手に小刀を握り、向かってくる鎖を一本一本切り落としていく。切っても切っても新たに生えてくるため、キリがない。
 なかなか羅門が捕まらないでいると、鎖は先端をトラバサミや鎌に変え、襲いかかってきた。切り落とし損ねたトラバサミや鎌の刃が羅門の顔や手足にかすり、傷をつけた。
 黒縄達は外から様子をうかがっている。このまま羅門を生捕りにするつもりらしい。飽きてきたのか、黒縄が大きくあくびをした。
「チッ、余裕かましやがって。そんなに暇なら、こっちに引き込んでやる!」
 羅門は部屋の闇を操作し、外にいる黒縄を引き寄せようとした。
 闇は黒縄を捕らえようと、廊下に向かっていくつもの黒く細長い手を伸ばした。襲いかかる無数の手に、黒縄は不快そうに顔をしかめ、朱羅と森中は「ひッ!」と息を呑んだ。
「黒縄様、ドアを!」
「早よ閉めんと、出てくるで!」
「はァ……結局こうなンのか。あいつの力を使う気はなかったンだがなァ」
 黒縄は懐から青いパイナップル型の塊を取り出すと、羅門に投げつけた。手が出てくる寸前で、事務所のドアを閉める。手はドアをすり抜けられず、ぶつかって闇に戻った。
 羅門は投げつけられた青いパイナップル型の塊を見た瞬間、直感的に「ヤバい」と感じた。
 ただの手榴弾であれば、問題はない。だが、その塊には蒼劔の妖力が宿っていた。
(闇の入口は開くまでに時間がかかる。廊下には黒縄と朱羅が。闇で爆発を防ぐってのもアリだが、予想より爆発の威力が強かったら終わる!)
「……つーことは、窓しかねぇ!」
 羅門はとっさの判断で窓をすり抜け、事務所の外へ脱出した。
 直後、青いパイナップル型の塊が盛大に爆散した。事務所は青白い光に包まれ、浄化される。やはり、蒼劔の妖力だった。
「っぶな! あれじゃ、しばらく近づけねぇや。帰ろ」
 羅門は空中で闇の入口を開くと、黒縄達に見つかる前に逃げ込んだ。

     ◯

 浄化され、無人になった事務所を見て、朱羅は顔面蒼白になった。
「ら……羅門お兄様ッ!」
 駆け込もうとして、黒縄にマフラーの先をつかまれる。
「ぐぇっ」
「入ンな、バカ。残念だが、ヤツは逃げたぜ。悪運の強ェヤローだな」
「お、脅しに使うだけだっておっしゃっていたではありませんか! まさか、本当に使われるなんて!」
 黒縄と朱羅は稲葉の事務所へ来る前に、蒼劔に頼んで妖力手榴弾を作ってもらっていた。森中を迎えに来た術者が人間だったら、同じく蒼劔から借りたオダマリハリセンを使うつもりだった。
 朱羅は怒り、黒縄を責める。
 すると轟音と共に、黒縄が背後から心臓を撃たれた。二人が振り返ると、森中が寝転がった状態でショットガンを構えていた。
「き……貴様ッ! 一度ならず、二度までも!」
 朱羅は怒りの矛先を森中に変え、金棒でショットガンを叩き壊す。「ヒヒッ」と魔弾が笑い、ショットガンから抜け出た。
 黒縄の胸には大きな穴が空いていた。普通なら助かる見込みのない大怪我だったが、魔石から妖力を供給され、穴はみるみるうちに塞がった。
「頭より治りが早ェな。意識を飛ばさずに済んだぜ」
「お前……何で治んねん? 不死身か?」
「そうだ。だから、俺を狙うのはもうやめておけ。弾と銃が無駄になる」
 それに、と黒縄は森中を冷たく見下ろした。
「俺を倒せたとしても、テメェが置かれてる状況は何ひとつ変わらねェぞ。晴霞はテメェを消したがってるからな」
「そんなん、お前のせいやろ?! お前が本物ほんまもんの魔石を隠さんかったら、俺は計画を遂行して、術者協会から追われずに済んだのに!」
 黒縄は「いいや?」と首を振った。
「テメェが俺を暴走させられたとしても、晴霞はテメェを始末したと思うぜ?」
「何でや?! 地獄八鬼元総長の討伐にかかわったんやで?! そんなん、表彰もんやないか!」
「五代……五代童子に、テメェが計画を遂行したらどうなってたか調べさせた」
「っ!」
 五代の名を耳にした途端、森中の顔色が変わる。森中も五代の情報がいかに信用できるか、よく知っていた。
「術者協会は俺を処分した後、全ての責任をテメェに押しつけてたぜ。今みたいに逃げる間もなく、魔弾のとしてこき使われてた。死ぬことすら許されず、魔弾として、今度はとして術者に使われてたっけな。俺の口からじゃ信用できねェだろうし、後で五代に聞いてみろよ。ご丁寧に、映像つきで解説してくれるはずだぜ?」
「……も、もうえぇ。お前の説明で充分や」
 砲台、同化、式神……次々に飛び出す猟奇的な単語に、森中は吐きそうな顔で震えていた。
 いくら術者といえども、契約している式神の力を使い過ぎると、式神の妖力に影響されてしまう。最悪、自らも異形と化し、術者から式神にするケースも少なくない。素人ならまだしも、プロである術者が式神に堕ちるのは、最も屈辱的な未来だった。
「そうならへんかったっちゅーことは、結果的に俺はお前らに助けられたんやな」
「そうなるな」
「で? 今度は何で助けた? なんか、俺にやらせたいことでもあるんか?」
「ある」
 黒縄は断言した。
「魔石を取り戻した今、俺はただ静かに暮らしてェ。だから、俺が"始末する必要のない鬼"だと、術者協会のバカ共に認めさせる。そのために、テメェには証言してもらいたい。暗殺を指示したのが晴霞だってな。晴霞の命令が不当なものだと認められれば、俺の評価も変わる。ついでに、テメェの無実も証明すればいい」
「……」
 森中は考えた。
 そんな面倒なことに協力せずとも、黒縄を晴霞への手土産にすれば、術者協会へ戻れるのではないか、と。
 だが、こうも考えた。
 自身の無実を証明し、会長の晴霞が諸悪の根源だと他の術者や十二人将に認めさせたら、どんなに清々しい気分になれるのだろうか、と。
「……」
 森中はポケットから拳銃のキーホルダーを取り出し、元の大きさに戻した。うつ伏せのまま構え、銃口を黒縄に向ける。
「黒縄様!」
「いい。やらせてやれ」
 朱羅が森中を止めようとしたが、黒縄に手で制された。
 森中は黒縄の頭を狙い、撃つ。しかし弾は大きく外れ、空の彼方へ消えていった。
「外れた……? 魔弾は百発百中のはずでは?」
「珍しいこともあるもんだなァ」
 黒縄と朱羅は魔弾の「制約」を知らず、不思議そうに弾を見送る。
「ははっ……あの時と同じ、か。俺の運命は、撃つ前から決まっとったんかもしれへんなぁ」
 森中は力なく笑った。弾のカウントがリセットされたため、二人を仕留めることもできたが、そうはしなかった。
 拳銃をキーホルダーのサイズに縮め、ポケットへ仕舞う。朱羅に壊されたショットガンも、縮めて回収した。
「分かった、協力したる。その代わり、しっかり俺を守ってな?」
 朱羅は「えぇ」と爽やかに微笑んだ。
「貴方が裏切らない限りは、こちらも協力を惜しまないつもりです。とりあえず、禊ぎとして二発ほど殴らせていただいてもよろしいでしょうか? 貴方が黒縄様に撃った、頭と胸に一発ずつでどうでしょう?」
「え゛」
 森中は青ざめる。
 爽やかな笑顔とは裏腹に、朱羅の腕の筋肉は異常に盛り上がっていた。

(第16.5話(第2部 第5.5話)へ続く)
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