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第16話(第2部 第5話)「森中が抱えている闇」
陸
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(アカン! コイツについて行くな、俺! そいつは晴霞の手先や! 俺の能力を利用して、黒縄を暴走させるつもりなんや! 術者協会なんかに入ったらあかん!)
森中の意志とは裏腹に、体は前進する。
さらに、死んだはずのマトイが後ろから抱きついてきた。
「お兄ちゃん!」
「ッ?! マトイ?!」
森中は振り返り、驚く。
マトイはにっこり微笑んだのち、責めるように兄を睨んだ。
「……ズルい。私は死んだのに、お兄ちゃんだけなんもかんも忘れて生きるやなんて、絶対許さへん。私のためを思うなら、術者協会に入ってよ!」
「マトイ……!」
マトイは恐ろしく強い力で、森中にしがみつく。かつて撃たれた傷から、真っ赤な血がどくどくと垂れる。
まるで怨霊だった。死してなお、森中を縛り続ける怨霊……森中は彼女がマトイ本人でないと分かっていても、振り解くことはできなかった。
再度、森中の口が開き、福徳を呼び止めようとしたその時、
「待ちな」
「あ痛っ!」
「マトイ?!」
どこからともなく声が聞こえ、マトイが額を撃たれた。実弾ではなく、先端が吸盤になっているオモチャの弾だ。
「いったぁ~。地味に痛いわ、これぇ」
マトイは額に吸盤をつけたまま、倒れる。やがて、スッと彼女の姿が消えた。同時に、森中の体を縛っていた、何らかの力も解けた。
入れ替わりに、子供用の電動パトカーが軽快にサイレンを鳴らしながら、ゆっくりと近づいてきた。ややあって、パトカーは森中と福徳の間へ割って入るように停車した。
運転席から降りてきたのは、アメリカンポリスのコスプレをした黒縄だった。ガムをくっちゃくっちゃと噛みながら、森中のもとへ近づいてくる。
「…………は?」
森中は唖然とした。子供の姿になっていることは知っていたが、「極悪非道の悪鬼」というイメージからは、だいぶかけ離れていた。
格好こそ警官だが、色つきのサングラスとオモチャの拳銃のせいで、全く威圧感がない。時折、噛んでいたガムを限界まで膨らませて遊んでいた。
「テメェには用がある。一緒に来てもらうぜ」
「行くって、ハロウィンかお遊戯会とちゃうやろな?」
「いいから来い!」
黒縄は森中の両手にオモチャの手錠をかけると、そこから鎖を伸ばし、森中をぐるぐる巻きにした。鎖の先を引っ張り、強引に連れて行こうとする。
「ちょおッ?!」
森中は身動きが取れず、コンクリートの地上へ倒れる。そのままザリザリと音を立てて引きずられた。
黒縄は運転席へ乗り込み、ドアを閉める。森中は乗り損ねた。
「おい! 俺は?!」
黒縄は森中を見下ろし、ニヤリと笑った。
「このパトカーはひとり乗り用なんだ。テメェは走れ」
「はァ?! 全身ぐるぐる巻きにされとんのに、走れるわけないやろ?!」
「なら、大人しく引きづられてろ」
黒縄は思い切りアクセルを踏み、パトカーを急発進させる。
去り際、噛んでいたガムを福徳の背中へ吐きつけた。興味がないのか、はたまた予想外の事態を検知する機能がないのか、全くの無反応だった。
「ちょおおおぉぉぉ?!?!」
森中は起き上がる間もなく、コンクリートの上を引きずられ、転がされ、叩きつけられる。さながら、ブライダルカーの後ろにくくりつけられている空き缶のようだった。
不思議と痛みはなかったが、「チープなコスプレをした黒縄に、オモチャのパトカーで引きずられる」のは、かなりの屈辱だった。
(殺す! どこへ連れて行く気なんか知らんけど、着いたら絶対殺す!)
やがて景色は歪み、闇へ戻る。
気がつくと、森中は稲葉の事務所の外へ放り出されていた。
「あ痛ァ!」
コンクリートの上へ、思い切り叩きつけられる。今度は痛みを感じた。起き上がろうとしたが、両手に手錠をかけられていて上手くいかなかった。
手錠は鎖とつながっており、その先を黒縄が手に巻きつけて握っていた。子供のままではあったが、アメリカンポリスのコスプレはしておらず、子供用の電動パトカーにも乗っていなかった。
「黒縄……!」
「よォ、まだ壊れてなかったか。上々、上々」
黒縄は森中を見下ろし、ニヤリと笑う。
アメリカンポリスのコスプレをしていた黒縄と同じ、壊してもいい新しいオモチャを見つけたような笑みだった。
「俺を殺そうとした落とし前は、キッチリ払ってもらわねェとなァ。払う前に壊されちゃ、たまンねェや」
◯
「あの……思い切り床に叩きつけられてましたけど、大丈夫ですか?」
朱羅は心配そうに、森中の顔を覗き込む。
黒縄は「ほっとけ」と投げやりに言った。
「また撃たれるのは御免だ。骨の一本か二本折れてた方が、都合がいい」
「それもそうですね」
朱羅は態度を一変させ、頷く。彼は黒縄を撃った森中のことを、未だに恨んでいた。
「いったいどういうことや? ついさっきまで、けったいなコスプレした黒縄に引きずられとったのに、何で稲葉のおっさん事務所の前におんねん?」
「あ゛? コスプレ?」
黒縄は見に覚えがないらしく、眉をしかめる。
朱羅は黒縄がしていたコスプレに興味があるのか、「ほう」と神妙な顔をした。
「詳しくお聞きしたいところですが、今は自重しておきますね」
「聞くな、アホ朱羅。永久に自重してろ」
朱羅は「見えますか?」と事務所の中を指差した。
部屋はカーテンが閉まっている上、明かりが点いておらず、薄暗い。どういうわけか、鎖がチャラチャラと動く音が絶えず聞こえる。
森中が目を凝らすと、見知らぬ赤髪の少年が、天井や壁や床から生えてきた大量の鎖と格闘しているのが見えた。人ではなく、額に赤黒いツノが一本生えていた。
「誰や、あいつ? お前らの仲間とちゃうんか?」
「あのお方は羅門お兄様です。貴方を始末しに来られた、術者協会の術者ですよ」
「なんやと?!」
森中は改めて羅門を見る。いくら疲れて眠っていたとはいえ、追手の気配に気づけなかったのは失態だった。
「貴方は羅門お兄様の術によって、"心の闇"へ閉じ込められていたのです。貴方が今まで見ていた光景は全て、貴方の心の中にある闇を具現化した幻だったのですよ。羅門お兄様は幻を繰り返し見せることで、貴方の心を壊そうとしていたのです。術者協会にとって邪魔な貴方を、亡き者にするために」
「幻……そうか……」
森中は安堵した。黒縄と朱羅が助けに来なければ、確実に羅門の思惑どおりになっていただろう。
「おおきに。助かったわ」
「いえ。こちらにも事情がありますので」
森中はギッと歯を食いしばった。
(事情? 事情やと? 誰のせいでこないなことになったと思ってんねん!)
ズボンのポケットへ手を入れ、バイクの鍵につけているショットガンのキーホルダーを握る。鍵から取り外し、握ったまま手を元の位置に戻した。
(覚悟せぇ。お前らが部屋におる鬼を始末したら、今度はお前らが始末される番や)
森中の意志とは裏腹に、体は前進する。
さらに、死んだはずのマトイが後ろから抱きついてきた。
「お兄ちゃん!」
「ッ?! マトイ?!」
森中は振り返り、驚く。
マトイはにっこり微笑んだのち、責めるように兄を睨んだ。
「……ズルい。私は死んだのに、お兄ちゃんだけなんもかんも忘れて生きるやなんて、絶対許さへん。私のためを思うなら、術者協会に入ってよ!」
「マトイ……!」
マトイは恐ろしく強い力で、森中にしがみつく。かつて撃たれた傷から、真っ赤な血がどくどくと垂れる。
まるで怨霊だった。死してなお、森中を縛り続ける怨霊……森中は彼女がマトイ本人でないと分かっていても、振り解くことはできなかった。
再度、森中の口が開き、福徳を呼び止めようとしたその時、
「待ちな」
「あ痛っ!」
「マトイ?!」
どこからともなく声が聞こえ、マトイが額を撃たれた。実弾ではなく、先端が吸盤になっているオモチャの弾だ。
「いったぁ~。地味に痛いわ、これぇ」
マトイは額に吸盤をつけたまま、倒れる。やがて、スッと彼女の姿が消えた。同時に、森中の体を縛っていた、何らかの力も解けた。
入れ替わりに、子供用の電動パトカーが軽快にサイレンを鳴らしながら、ゆっくりと近づいてきた。ややあって、パトカーは森中と福徳の間へ割って入るように停車した。
運転席から降りてきたのは、アメリカンポリスのコスプレをした黒縄だった。ガムをくっちゃくっちゃと噛みながら、森中のもとへ近づいてくる。
「…………は?」
森中は唖然とした。子供の姿になっていることは知っていたが、「極悪非道の悪鬼」というイメージからは、だいぶかけ離れていた。
格好こそ警官だが、色つきのサングラスとオモチャの拳銃のせいで、全く威圧感がない。時折、噛んでいたガムを限界まで膨らませて遊んでいた。
「テメェには用がある。一緒に来てもらうぜ」
「行くって、ハロウィンかお遊戯会とちゃうやろな?」
「いいから来い!」
黒縄は森中の両手にオモチャの手錠をかけると、そこから鎖を伸ばし、森中をぐるぐる巻きにした。鎖の先を引っ張り、強引に連れて行こうとする。
「ちょおッ?!」
森中は身動きが取れず、コンクリートの地上へ倒れる。そのままザリザリと音を立てて引きずられた。
黒縄は運転席へ乗り込み、ドアを閉める。森中は乗り損ねた。
「おい! 俺は?!」
黒縄は森中を見下ろし、ニヤリと笑った。
「このパトカーはひとり乗り用なんだ。テメェは走れ」
「はァ?! 全身ぐるぐる巻きにされとんのに、走れるわけないやろ?!」
「なら、大人しく引きづられてろ」
黒縄は思い切りアクセルを踏み、パトカーを急発進させる。
去り際、噛んでいたガムを福徳の背中へ吐きつけた。興味がないのか、はたまた予想外の事態を検知する機能がないのか、全くの無反応だった。
「ちょおおおぉぉぉ?!?!」
森中は起き上がる間もなく、コンクリートの上を引きずられ、転がされ、叩きつけられる。さながら、ブライダルカーの後ろにくくりつけられている空き缶のようだった。
不思議と痛みはなかったが、「チープなコスプレをした黒縄に、オモチャのパトカーで引きずられる」のは、かなりの屈辱だった。
(殺す! どこへ連れて行く気なんか知らんけど、着いたら絶対殺す!)
やがて景色は歪み、闇へ戻る。
気がつくと、森中は稲葉の事務所の外へ放り出されていた。
「あ痛ァ!」
コンクリートの上へ、思い切り叩きつけられる。今度は痛みを感じた。起き上がろうとしたが、両手に手錠をかけられていて上手くいかなかった。
手錠は鎖とつながっており、その先を黒縄が手に巻きつけて握っていた。子供のままではあったが、アメリカンポリスのコスプレはしておらず、子供用の電動パトカーにも乗っていなかった。
「黒縄……!」
「よォ、まだ壊れてなかったか。上々、上々」
黒縄は森中を見下ろし、ニヤリと笑う。
アメリカンポリスのコスプレをしていた黒縄と同じ、壊してもいい新しいオモチャを見つけたような笑みだった。
「俺を殺そうとした落とし前は、キッチリ払ってもらわねェとなァ。払う前に壊されちゃ、たまンねェや」
◯
「あの……思い切り床に叩きつけられてましたけど、大丈夫ですか?」
朱羅は心配そうに、森中の顔を覗き込む。
黒縄は「ほっとけ」と投げやりに言った。
「また撃たれるのは御免だ。骨の一本か二本折れてた方が、都合がいい」
「それもそうですね」
朱羅は態度を一変させ、頷く。彼は黒縄を撃った森中のことを、未だに恨んでいた。
「いったいどういうことや? ついさっきまで、けったいなコスプレした黒縄に引きずられとったのに、何で稲葉のおっさん事務所の前におんねん?」
「あ゛? コスプレ?」
黒縄は見に覚えがないらしく、眉をしかめる。
朱羅は黒縄がしていたコスプレに興味があるのか、「ほう」と神妙な顔をした。
「詳しくお聞きしたいところですが、今は自重しておきますね」
「聞くな、アホ朱羅。永久に自重してろ」
朱羅は「見えますか?」と事務所の中を指差した。
部屋はカーテンが閉まっている上、明かりが点いておらず、薄暗い。どういうわけか、鎖がチャラチャラと動く音が絶えず聞こえる。
森中が目を凝らすと、見知らぬ赤髪の少年が、天井や壁や床から生えてきた大量の鎖と格闘しているのが見えた。人ではなく、額に赤黒いツノが一本生えていた。
「誰や、あいつ? お前らの仲間とちゃうんか?」
「あのお方は羅門お兄様です。貴方を始末しに来られた、術者協会の術者ですよ」
「なんやと?!」
森中は改めて羅門を見る。いくら疲れて眠っていたとはいえ、追手の気配に気づけなかったのは失態だった。
「貴方は羅門お兄様の術によって、"心の闇"へ閉じ込められていたのです。貴方が今まで見ていた光景は全て、貴方の心の中にある闇を具現化した幻だったのですよ。羅門お兄様は幻を繰り返し見せることで、貴方の心を壊そうとしていたのです。術者協会にとって邪魔な貴方を、亡き者にするために」
「幻……そうか……」
森中は安堵した。黒縄と朱羅が助けに来なければ、確実に羅門の思惑どおりになっていただろう。
「おおきに。助かったわ」
「いえ。こちらにも事情がありますので」
森中はギッと歯を食いしばった。
(事情? 事情やと? 誰のせいでこないなことになったと思ってんねん!)
ズボンのポケットへ手を入れ、バイクの鍵につけているショットガンのキーホルダーを握る。鍵から取り外し、握ったまま手を元の位置に戻した。
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