贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
309 / 327
第16話(第2部 第5話)「森中が抱えている闇」

しおりを挟む
 森中が撃った六発目の弾丸は、狙っていた標的には当たらなかった。
 それどころか、全く見当違いの方角へ飛んでいった。
「おい、魔弾! 百発百中で当たるんとちゃうんか?! どないなっとんねん?!」
 幸い、銃にサイレンサーをつけていたため、標的には気づかれなかった。森中は新たに弾を装填し、標的を撃った。今度はちゃんと当たった。
 憤る森中に、魔弾は「ケケケ」と愉快そうに笑った。
「言っテいなかっタカ? オレが憑依しテイル銃は、六発ゴトニ"大切なモノ"を撃ち抜くンダヨ」
「大切なもん、やと……?」
 真っ先に、マトイの顔が浮かんだ。とてつもなく嫌な予感がした。
 森中は手早く報告を済ませ、マトイに連絡した。いつもなら電話でもメールでも、すぐに返事が来るのに、今日はなかなか来ない。
 電話を何回かかけ直した末、ようやく繋がった。出たのはマトイではなく、マトイを搬送中だという救急隊員だった。
「マトイさんは何者かに頭を狙撃され、重症です。ただ今、最寄りの病院へ搬送中ですので、ご家族の方もすぐに来てください」
「わ、分かりました!」
 森中は通話を終えると、魔弾を睨んだ。
「なんでや……なんでこない大事なこと、今まで黙っとたんや! 知ってたら、契約なんかせんかったのに!」
 魔弾は悪びれもなく、「ケケケ」と笑った。
「だかラダヨ。オレも生き抜くノニ必死でネ。こうヤッテ騙しでもしナキャ、契約してクレなかったダロウ?」
「残念やったな! お前との契約は打ち切りや! 一生、ロッカーの奥におれ!」
「無理ダナ。オマエがオレを使っテ百発撃つマデ、契約は続ク決まりニなってイル。契約からハ逃げらレナイ」
「使わんかったらえぇだけやろ?! 今後は自力でなんとかする! お前はもう、必要あらへん!」
 森中は部隊の本部へ戻ると、魔弾が憑依している狙撃銃をロッカーの奥へ仕舞った。誰かがうっかり使わないよう、銃身とロッカーの扉に「故障中」と張り紙までした。
「ほなな。もう一生、会うことあらへんやろうけど」
 森中は魔弾を入れたロッカーの扉を乱暴に閉め、鍵をかける。そのまま足早に部屋を出、マトイがいる病院へ向かった。
 森中が去った後も、魔弾はロッカーの中で不気味に笑っていた。
「ケケケ……サテ、どうカナ? オレを喚んだノハ、オマエだ。一度手にシタ力は、簡単には捨てらレマイ」

     ◯

 マトイは森中の到着を待たず、息を引き取った。警察は森中を恨んでいる者の犯行として捜査していたが、何の手がかりもつかめなかった。
 ……森中は分かっていた。マトイを撃ったのは、自分だと。あの見当違いの方角へ飛んでいった六発目の弾丸が、マトイの命を奪ったのだと。
 その証拠に、マトイを撃ち抜いたのは森中が使った弾と同じものだった。
 マトイの葬儀の後、森中は上司に魔弾のことを打ち明けた。
「マトイを殺したんは俺なんです! 俺を逮捕してください!」
 涙ながらに懇願する彼に、上司は諭すように言った。
「森中……妹さんのことショックなんは分かるけど、あんまし自分のこと責めたらアカンで。しばらく休んだらどうや?」
「俺は正気です! 魔弾アイツを見れば、俺が言うてることがホンマやって分かるはずや!」
「うーん……前見た時は、そないおかしな銃には見えへんかったけどなぁ」
 上司の言った通り、森中以外の人間には魔弾の姿が見えず、声も聞こえなかった。上司はますます彼を休ませようとし、周りも「森中は妹が死んだショックでおかしくなった」と憐れんだ。
 できれば、森中も「魔弾などいない」と思いたかった。今まで好調だったのは森中の実力で、マトイは警察が推察した通り、森中を恨む何者かの手によって命を奪われたと信じたかった。
 だが、魔弾は森中を放ってはおかなかった。森中がピンチになるたびに銃へ憑依し、彼の意思に関係なく、百発百中の弾丸を撃たせた。
「せやから、勝手に取り憑くな言うてるやろ?!」
「ケケッ! オレだっテ、来たクテ来てルんじゃネェ。オマエがオレの力を求メルから、勝手に取り憑イちまうンダヨ」
「そないなこと、俺は望んでへん!」
 何をしても無駄だと分かると、森中は方針を変えた。魔弾を封じるのではなく、契約を遂行して自由になろうと決めたのだ。
 六発撃つごとに課される「制約」は気にならなかった。マトイ以上に大切なものなど、あるはずがない。
(もう何失くしてもどうでもえぇわ。さっさと百発撃って、終わらしたる!)
 そう意気込み、十二発目の弾を撃った。
 瞬間、森中の視界が赤く染まった。弾は大きく軌道を変え、森中の商売道具である右目を撃ち抜いていた。

     ◯

(……そうや。俺は魔弾に右目を撃たれて、警察を辞めた。隊長は"教官として残って欲しい"言うてくれはったけど、生徒を危ない目に遭わせられへんから断ったんや)
 森中は欠けていた記憶を取り戻し、正気に戻った。
 暗転し、景色が闇へと消える。再び視界が開けると、勤めていた警察署を背に立っていた。先ほどは持っていなかった、大量の荷物を抱えている。
(今度は……警察を辞めて、出て行った時の記憶か)
 森中は忌々しそうに舌打ちした。今すぐこの場から立ち去りたかったが、体が言うことを聞いてくれなかった。
 森中の体は、名残惜しそうに警察署を見上げる。そこへ、
「森中狩人さんですね?」
 と声をかけられた。振り返ると、スーツを着た神経質そうな男が立っていた。
 森中は無視するつもりだったが、口が勝手に動いた。
「誰や? 取材やったらお断りやで」
「ご心配なく。私はメディア関係者ではございません」
 男はおもむろに、名刺を差し出した。シンプルなデザインで、「術者協会所属 福徳貴人フクトクタカヒト」とあった。
「術者協会ぃ? なんや、けったいな組織やなぁ」
 森中は名刺を見て、うさんくさそうに顔をしかめた。
「けったいとは失礼な。我々術者協会は日夜、悪しき異形から人々を守っているのですよ?」
 お望みならば、と福徳は眼帯で覆っている森中の右目を指差した。
「貴方が魔弾と交わした契約を安全に達成できるよう、お手伝いさせていただいても構わないのですが?」
「なッ?!」
 森中は言葉を失った。
 魔弾のことを話したのは、上司と同僚だけだ。SATではいかなる情報も箝口令が敷かれているため、彼らがバラしたとも考えにくかった。
「何で魔弾のこと知って……?!」
「当然です、我々は独自の情報網を持っておりますから。魔弾のことだけではありません。貴方がなぜSATに入ったのか、なぜ魔弾と契約したのか、なぜ警察をやめなければならなかったのか……全て存じております」
 福徳はとうとうと、森中の秘密を口にした。森中を怯えさせる意図はなく、ただ「仕事だから話した」といった様子だった。
「もし、貴方が魔弾との契約解除を諦めていないのであれば、ぜひご連絡ください。術者協会は貴方を歓迎します」
 森中の返事を待たず、福徳は背を向ける。
 要するに、スカウトだった。魔具の銃を使えば、魔弾の能力で異形を確実に仕留められる。術者協会はそれを狙って、森中を誘ったのだ。
(……契約を安全に達成できるやと? それがホンマやったら、願ったり叶ったりやないか!)
 正直、森中は警察をやめた後、どう生きるか全く決めていなかった。
 合計百発撃って契約を解除するにしても、警察をやめた森中が実銃を撃てる機会は限られてくる。その手伝いをしてくれる上、安全に達成できるよう「制約」の解消法も用意してくれるのであれば、断らない手はなかった。
「ちょお、待ってくれ! 俺、術者協会に入るわ!」
 森中は福徳を追い、駆け寄っていった。
しおりを挟む

処理中です...