贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第16話(第2部 第5話)「森中が抱えている闇」

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「さっさとゲロっちまえよ、おっさァん。俺の情報売って、森中からいくらもらったんだ? あ゛ァ?」
「早く白状した方が身のためですよ? 記憶を無理矢理ほじくり返されたくはないでしょう?」
 黒縄と朱羅は表へ出ると、稲葉を問い詰めた。
 稲葉の記憶は、あらじめ五代に調べさせた。森中が昨日の朝、稲葉の事務所を訪ねたことも分かっている。
 残念なことに、稲葉が森中と接触していた間の記憶はしていた。まるで録画に失敗したテレビ番組のように、映像と音声に砂嵐がかかっていた。五代曰く、「森中が契約している式神、天空の仕業かもしれない」らしい。復元も難しく、もはや稲葉本人から会話の内容を聞き出すしかなかった。
 稲葉が逃げられないよう、二人で壁へ追いやる。稲葉は二人の気迫に負け、森中のことを打ち明けた。
「た、確かに昨日、お前さんの居場所を教えるよう、森中から脅された! だがな、儂は教えんかったぞ! ここには贄原君や蒼劔がおるからな!」
「では、何も話さなかったと?」
 稲葉は「いいや」と首を振った。
「知らないと言ったら、そんなはずはないと信じてもらえんかった。だから、黒縄につながるかもしれない情報と偽り、儂が節木市で体験した心霊現象や仕事の話をしてやったんじゃ」
「なるほど……賢明な判断でしたね。頑なに話すのを拒んでいたら、どんな手を使われていたことか」
 朱羅は稲葉が真実を話しているか、スマホで五代にメッセージを送り、確認を取った。
 送って五秒も経たないうちに、絵文字だらけの返信が来た。
『嘘はついてないね。稲葉オッサンは森中に節木荘のことを話してない。森中に記憶を操作されていない限りは信じていいと思うよ』
 ただ、と気になる文面が続いていた。
『稲葉オッサン君さぁ……いくら黒縄氏の話すんの避けたって、オカ研のこと話しちゃダメっしょー? 森中ニキが興味持っちゃって、学校まで足運んでんじゃーん』
「陽斗殿の部活のこと、話されたんですか?!」
 朱羅は思わず、稲葉に確認する。
 「あ、あぁ」と稲葉は頷いた。
「専門家として協力している、とは言ったな。プライバシーに関わるんで、詳しい活動内容や部員は話しておらん。もちろん、贄原君の体質についてもじゃ」
「……どうやら、それがマズかったみたいですね。森中はオカルト研究部に興味を持ったことで、学校まで足を運んだそうです」
「なんと?!」
「けどよォ、クソガキの学校に行ったところで、俺の居場所が分かるのか?」
 すると五代が黒縄の問いを聞き、新たにメッセージを送ってきた。今度はギャル文字で打ってあった。
『ξれカゞ森Φ氏っナニら強ぇ軍τ″、ナニまナニま木交門カゝら出τ<ゑ卩易斗氏ー⊂蒼劔氏を見⊃レナちゃっナニωすょ(^_^)』
「暗号文でしょうか?」
「分からん。訳せ」
 朱羅が普通に読む倍の時間をかけて訳したところ、
『それが森中氏ったら強運で、たまたま校門から出てくる陽斗氏と蒼劔氏を見つけちゃったんすよぉ(笑)』
 と書いてあった。
「五代め……今度同じような暗号文送ってきたら、殺す!」
「つまり、森中は陽斗殿と蒼劔殿を尾行し、節木荘へたどり着いたと? いくら森中が気配を消していたとはいえ、蒼劔殿が殺気に気づかないはずがないと思いますが」
「最近アイツ、乱魔の件で調子悪かったからなァ。異形に注意がいって、気づかなかったんじゃねェの? いっそ、俺か朱羅がついて行けば良かったぜ」
 五代も『ソウケンシ、キヅカズ。マヂ、スランプ』と電報じみたメッセージを送ってくる。蒼劔には完全に復活するまで謹慎してもらう、と決まった。
「森中は今も事務所にいますか?」
「今朝帰ってきた。ずいぶん疲れた様子でな、爆睡しておったぞ」
「なら、好都合だな。行くぞ、朱羅」
「はい」
 朱羅は愛用の金棒が入ったバットケースを肩にかけ、頷く。
 居場所を知られた以上、いつまた森中が襲ってくるとも限らない。節木荘は蒼劔達に任せ、黒縄と朱羅は事務所へ向かうつもりだった。
「稲葉、テメェはついて来んなよ? 死にたくなきゃ、大人しくクソガキを祝ってろ」
「まっ、待て! 事務所へ行くつもりか?!」
「そうだが? 森中は昨日、俺と蒼劔を殺し損ねた。いつまた襲ってくるか分かりゃしねェなら、こっちから出向いてやった方がいいだろ?」
 黒縄は稲葉を睨みつける。邪魔をする気なら、鎖で椅子にくくりつけるつもりだった。
 すると稲葉は「なら、今は行かない方がいい」と忠告した。
「今朝、森中が事務所にいると術者協会に連絡した。今頃は協会の者が彼を捕らえているだろう。お前さん達が手を下さずとも、彼はこの街からいなくなるさ」

     ◯

 森中が目を覚ますと、あたりは真っ暗になっていた。
「あれ? もう夜になったん? そない寝た感じせぇへんけど……」
 電灯のスイッチを探し、壁を探る。
 ところが、いくら歩いても壁にぶつからない。深い闇が果てしなく続いているだけだった。
「いや、どないなっとんねん! 稲葉のオッサンが俺を外へ放り出したんやとしても、延々と真っ暗やなんてありえへんやろ! 絶っ対、ここ異界や! 誰かが俺を閉じ込めたんや!」
 森中は威嚇するつもりで、頭上へ発砲する。何かに当たったような音は聞こえず、発砲音がむなしく遠ざかっていった。
「おい、早よ出てこんかい! 誰か知らんけど、俺をこないなとこに閉じ込めて、何がしたいんや?! 用があるんやったら言うてみぃ!」
 怒りに任せて脅しているように見えるが、そうではない。
 森中は自身を捕らえた相手がのこのこ現れるのを待っているのだ。相手が入ってきた場所……異界の出口さえ分かれば、ここから脱出できる。
 そんな森中の企みを見透かすように、声が聞こえた。
「森中……お前は相変わらず、血の気が多い優等生だなァ」
「ッ! そこか!」
 すかさず、森中は声が聞こえた方へ発砲する。
 今使っている拳銃にも魔弾が憑依しているはずだが、手応えはなかった。
「おいおい、どこに撃ってんだよ」
「くッ!」
 今度はさっきと反対方向から聞こえた。森中は律儀に撃つが、やはり手応えはない。
 声の主は「こっちだ、こっち」とせせら笑う。森中をからかっているのか、声は森中の足元から聞こえた。
「えぇ加減にせぇ! 俺はヒマとちゃうんや! さっさと名乗れやアホ!」
「やれやれ。せっかちなヤツ」
 声の主は呆れた様子でため息をつくと、打って変わって冷たく言い放った。
「俺は術者協会の者だ。通報を受け、お前を本部へ連行しに来た」
「なんやとッ?!」
 森中は驚きを隠せなかった。
 追手は反徒湖サービスエリアで撒いたはずだ。そのためにわざわざ、鳥が入ってこられないアウトレットモールへ立ち寄ったのだから。
 考えられるルートは、一つしかなかった。
(稲葉のオッサンが通報したんか……まぁ、そりゃそうやろな。銃で脅すようなマネされたら、当たり前か)
 もともと、稲葉の事務所に戻る予定はなかった。節木市へ戻ったら、別の潜伏先を探すつもりだった。
 ただ……あまりにもトラックの荷台の乗り心地が悪過ぎて、恋しくなったのだ。脅されていたとはいえ、逃亡犯の自分に朝食を譲り、節木市で体験した心霊現象を臨場感たっぷりに語ってくれた、稲葉の優しさが。
「大人しく連行されるっつーなら、そこから出してやってもいい。だが、断ると言うのなら、そのまま己の"闇"へ沈め」
「俺の、闇?」
「人間は誰しも闇を抱えている。その闇に沈むっつーことがどういう意味か……分かるよな?」
「分からんわ! 闇だかヤミーだか知らんけど、俺をそんじょそこらの術者と一緒にすんなや!」
 森中は答える代わりに、声に向かって発砲する。それが森中の答えだと声の主は判断し、吐き捨てるように告げた。
「そこまで言うなら耐えてみろ。お前が耐えきるか、耐えられず精神が壊れるか……見ものだな」
 闇が、森中の視界を侵食する。
 すると世界は一変し、森中は忌まわしき記憶の渦へと飲み込まれた。
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