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第15話(第2部 第4話)「魔弾の射手」
伍
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森中は標的の二人を倒すと、地上へ降りた。
武器を狙撃銃からサバイバルナイフに持ち替え、倒れている蒼劔に近づく。トドメを刺すつもりらしい。
陽斗は慌てて蒼劔と森中の間に割って入り、蒼劔をかばった。
「やめて! 蒼劔君を殺さないで!」
「君、そいつが何モンなんか知っとるん? 鬼やで?」
「でも、悪い妖怪から守ってくれるよ!」
「アホ。そんなん、人間の味方のフリして、君の霊力狙っとるだけやろ。手負いの異形は何するか分からへんからなぁ、逃げた方が身のためやで?」
「嫌だ! 蒼劔君は……そんな黒縄君みたいな卑怯者じゃない!」
「陽斗、そんな大声で言ってやらなくてもいいんじゃないか?」
その時、節木荘の一階のドアが勢いよく開け放たれた。一同が視線をやると、鬼の姿になった朱羅が森中に金棒を投げつけるところだった。
金棒は空中で一回転し、森中の顔にめり込む。金棒のトゲがヘルメットを貫通し、あと数センチで顔に刺さるところまで迫っていた。
「おあァァァッ! 金棒がヘルメットに刺さってるぅぅぅ?!」
森中はふらつき、腰を抜かす。
ヘルメットのおかげで直撃は免れたものの、金棒が当たった衝撃で脳しんとうを起こしていた。
「朱羅さん!」
「フーッ……フーッ……!」
朱羅は怒りで目を血走らせ、森中に近づく。歩みを進めるたび、ズンズンと大きく足音が響く。明らかに正気ではなかった。
「朱羅さん、何をする気?!」
「……黒縄様が撃たれたのです。人に手を下すのは不本意ですが、このままでは私の気が収まりません。どうかご容赦を」
「朱羅」
すると、倒れている蒼劔が朱羅を呼び止めた。
(蒼劔君、一緒に説得してくれるの?)
陽斗の期待もむなしく、蒼劔は朱羅にオダマリハリセンを差し出した。
「使え」
「助かります」
「ちょっと! 蒼劔君も朱羅さんを止めてくれるんじゃないの?!」
「俺も撃たれたのだ、致し方あるまい」
「安心してください。彼は逃亡中の術者、森中狩人です。このまま倒してしまっても、協会からは咎められませんよ」
朱羅はオダマリハリセンを受け取り、森中を睨む。
とてつもない殺気だった。森中には朱羅のハリセンが、熱した鉄板を重ねて作ったように見える。実際、朱羅が全力でハリセンを振り下ろせば、ただでは済まないだろう。
「て、天空! 霧や、霧! 早う、霧を喚べ!」
「ギャハハッ! 無様だなぁ、狩人!」
「やかましい! お前も消えたないなら、協力せぇ!」
「ヘッヘッ、仰せの通りに」
天空は皮肉めかして言うと、口から白いモヤのようなもの……霧を吐き出した。
周囲はたちまち白く染まり、視界は完全に奪われる。伸ばした手の先ですら、霧に埋もれて見えなくなった。
「待ちなさい!」
朱羅は森中がいた場所へ駆け寄り、ハリセンを振り下ろす。だが、既に森中と天空はいなくなっていた。
「森中と式神が消えました!」
「霧にまぎれたか……厄介だな」
「蒼劔君、どこー?」
蒼劔と朱羅は森中を警戒し、気配を探る。
一方、陽斗は方向感覚を完全に失い、霧の中をさまよっていた。蒼劔達の声を頼りに進むが、しばらく歩くと二人の声が遠ざかってしまう。幽空は痛みで気を失ったのか、声すら聞こえてこなかった。
(幽空君、大丈夫かな? 僕の霊力で良ければ、早く分けてあげたいんだけど)
方向感覚を失ったのは、陽斗だけではなかった。この状況を作り出した張本人、森中も霧の中で迷い、脱出できずにいた。
(危なっ! とっさに逃げてへんかったら、ハリセンに打たれてたわ! ところで俺、今どのへんにおんの?)
手探りで、壁を探す。壁伝いで真っ直ぐ進めば、霧から出られるはずだ。天空は気配でバレるので、一旦引っ込めた。
しばらく歩いていると、平らな何かが手に触れた。
(おっ! 壁か?! にしては、妙にやらかいような……)
「うひゃっ?!」
(うひゃ?)
壁らしき何かは悲鳴を上げ、振り返る。森中が触れたのは、陽斗の背中だった。
「だ、誰? 僕の背中触ったの?」
「ッ!」
森中は反射的に、陽斗を撃った。
相手の顔は見えなかった。考えるより早く、彼の指は動いていた。
◯
「わっ?! なに?! 花火?!」
陽斗が振り返った瞬間、目の前から銃声が聞こえた。思わず、両手で耳をふさぐ。
目の前で発砲したにもかかわらず、銃弾は当たらなかった。陽斗を避けるように大きく軌道を変え、全く見当違いな方角へ飛んでいく。その標的は霧の中にいる蒼劔達でもなければ、節木荘にいる黒縄達でもなかった。
「陽斗、無事か?!」
陽斗の悲鳴を耳にし、蒼劔が声をかける。
「う、うん! よく分かんないけど、おっきい音がしてびっくりしただけ……ふごっ?!」
その時、陽斗は背後から森中に手で口を押さえられた。
「陽斗、どうした?! "ふご"ってなんだ?!」
「……俺がおることはバラすな。大人しくせぇ」
アゴの下に狙撃銃の銃口を当てられる。
陽斗は涙目で「ふごっ! ふごっ!」と小刻みに頷いた。
「君には俺が逃げのびるまで、人質になってもらう。用が済めば無事に解放するさかい、言うこと聞いてや」
「ふご!」
「……どっちなんか分からんな。オッケーっちゅうことにしとくわ」
森中は壁を背に、ジリジリと進む。陽斗という最強の人質を手に入れたにもかかわらず、森中の表情は冴えなかった。
「"用が済めば無事に解放する"……か。まさか、自分がそのセリフを言うとは思わんかったな。アイツらも、ホンマにその気があったんやろうか? だとしたら、俺は……」
「?」
森中は陽斗に聞かれているとも知らず、ブツブツと呟く。
陽斗には森中が何のことを話しているのかは分からなかった。ただ、声の様子からして、陽斗を人質にしたこととは別に、ひどく後悔しているように聞こえた。
(よく分かんないけど……森中さんって、本当はいい人なのかな?)
節木荘で陽斗の心の声を聞いていた五代は、すかさずツッコんだ。
「いやいや、銃で脅す人間がいい人なわきゃないっしょ。陽斗氏、現実見てぷりーず」
武器を狙撃銃からサバイバルナイフに持ち替え、倒れている蒼劔に近づく。トドメを刺すつもりらしい。
陽斗は慌てて蒼劔と森中の間に割って入り、蒼劔をかばった。
「やめて! 蒼劔君を殺さないで!」
「君、そいつが何モンなんか知っとるん? 鬼やで?」
「でも、悪い妖怪から守ってくれるよ!」
「アホ。そんなん、人間の味方のフリして、君の霊力狙っとるだけやろ。手負いの異形は何するか分からへんからなぁ、逃げた方が身のためやで?」
「嫌だ! 蒼劔君は……そんな黒縄君みたいな卑怯者じゃない!」
「陽斗、そんな大声で言ってやらなくてもいいんじゃないか?」
その時、節木荘の一階のドアが勢いよく開け放たれた。一同が視線をやると、鬼の姿になった朱羅が森中に金棒を投げつけるところだった。
金棒は空中で一回転し、森中の顔にめり込む。金棒のトゲがヘルメットを貫通し、あと数センチで顔に刺さるところまで迫っていた。
「おあァァァッ! 金棒がヘルメットに刺さってるぅぅぅ?!」
森中はふらつき、腰を抜かす。
ヘルメットのおかげで直撃は免れたものの、金棒が当たった衝撃で脳しんとうを起こしていた。
「朱羅さん!」
「フーッ……フーッ……!」
朱羅は怒りで目を血走らせ、森中に近づく。歩みを進めるたび、ズンズンと大きく足音が響く。明らかに正気ではなかった。
「朱羅さん、何をする気?!」
「……黒縄様が撃たれたのです。人に手を下すのは不本意ですが、このままでは私の気が収まりません。どうかご容赦を」
「朱羅」
すると、倒れている蒼劔が朱羅を呼び止めた。
(蒼劔君、一緒に説得してくれるの?)
陽斗の期待もむなしく、蒼劔は朱羅にオダマリハリセンを差し出した。
「使え」
「助かります」
「ちょっと! 蒼劔君も朱羅さんを止めてくれるんじゃないの?!」
「俺も撃たれたのだ、致し方あるまい」
「安心してください。彼は逃亡中の術者、森中狩人です。このまま倒してしまっても、協会からは咎められませんよ」
朱羅はオダマリハリセンを受け取り、森中を睨む。
とてつもない殺気だった。森中には朱羅のハリセンが、熱した鉄板を重ねて作ったように見える。実際、朱羅が全力でハリセンを振り下ろせば、ただでは済まないだろう。
「て、天空! 霧や、霧! 早う、霧を喚べ!」
「ギャハハッ! 無様だなぁ、狩人!」
「やかましい! お前も消えたないなら、協力せぇ!」
「ヘッヘッ、仰せの通りに」
天空は皮肉めかして言うと、口から白いモヤのようなもの……霧を吐き出した。
周囲はたちまち白く染まり、視界は完全に奪われる。伸ばした手の先ですら、霧に埋もれて見えなくなった。
「待ちなさい!」
朱羅は森中がいた場所へ駆け寄り、ハリセンを振り下ろす。だが、既に森中と天空はいなくなっていた。
「森中と式神が消えました!」
「霧にまぎれたか……厄介だな」
「蒼劔君、どこー?」
蒼劔と朱羅は森中を警戒し、気配を探る。
一方、陽斗は方向感覚を完全に失い、霧の中をさまよっていた。蒼劔達の声を頼りに進むが、しばらく歩くと二人の声が遠ざかってしまう。幽空は痛みで気を失ったのか、声すら聞こえてこなかった。
(幽空君、大丈夫かな? 僕の霊力で良ければ、早く分けてあげたいんだけど)
方向感覚を失ったのは、陽斗だけではなかった。この状況を作り出した張本人、森中も霧の中で迷い、脱出できずにいた。
(危なっ! とっさに逃げてへんかったら、ハリセンに打たれてたわ! ところで俺、今どのへんにおんの?)
手探りで、壁を探す。壁伝いで真っ直ぐ進めば、霧から出られるはずだ。天空は気配でバレるので、一旦引っ込めた。
しばらく歩いていると、平らな何かが手に触れた。
(おっ! 壁か?! にしては、妙にやらかいような……)
「うひゃっ?!」
(うひゃ?)
壁らしき何かは悲鳴を上げ、振り返る。森中が触れたのは、陽斗の背中だった。
「だ、誰? 僕の背中触ったの?」
「ッ!」
森中は反射的に、陽斗を撃った。
相手の顔は見えなかった。考えるより早く、彼の指は動いていた。
◯
「わっ?! なに?! 花火?!」
陽斗が振り返った瞬間、目の前から銃声が聞こえた。思わず、両手で耳をふさぐ。
目の前で発砲したにもかかわらず、銃弾は当たらなかった。陽斗を避けるように大きく軌道を変え、全く見当違いな方角へ飛んでいく。その標的は霧の中にいる蒼劔達でもなければ、節木荘にいる黒縄達でもなかった。
「陽斗、無事か?!」
陽斗の悲鳴を耳にし、蒼劔が声をかける。
「う、うん! よく分かんないけど、おっきい音がしてびっくりしただけ……ふごっ?!」
その時、陽斗は背後から森中に手で口を押さえられた。
「陽斗、どうした?! "ふご"ってなんだ?!」
「……俺がおることはバラすな。大人しくせぇ」
アゴの下に狙撃銃の銃口を当てられる。
陽斗は涙目で「ふごっ! ふごっ!」と小刻みに頷いた。
「君には俺が逃げのびるまで、人質になってもらう。用が済めば無事に解放するさかい、言うこと聞いてや」
「ふご!」
「……どっちなんか分からんな。オッケーっちゅうことにしとくわ」
森中は壁を背に、ジリジリと進む。陽斗という最強の人質を手に入れたにもかかわらず、森中の表情は冴えなかった。
「"用が済めば無事に解放する"……か。まさか、自分がそのセリフを言うとは思わんかったな。アイツらも、ホンマにその気があったんやろうか? だとしたら、俺は……」
「?」
森中は陽斗に聞かれているとも知らず、ブツブツと呟く。
陽斗には森中が何のことを話しているのかは分からなかった。ただ、声の様子からして、陽斗を人質にしたこととは別に、ひどく後悔しているように聞こえた。
(よく分かんないけど……森中さんって、本当はいい人なのかな?)
節木荘で陽斗の心の声を聞いていた五代は、すかさずツッコんだ。
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