贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第15話(第2部 第4話)「魔弾の射手」

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 森中が引き金を引く直前、彼の背中に何かが飛びついた。
「うぉっ?!」
 森中の体に腕が巻きつき、羽交い締めにされる。反撃の隙を与えられる前に、体が急浮上した。
「うぉぉぉぉ?!」
「ん? 誰の声だ?」
「五代さんの雄叫びじゃない? ガチャでウルトラレアが出たとか」
 陽斗と蒼劔も異変に気づき、辺りを見回す。二人が気づいた頃には、森中は米粒大に見えるほど上昇していた。落下すれば、ひとたまりもないだろう。
 無事では済まない高さまで上昇しきると、浮上は止まり、空中で静止した。振り返ると、幽空が必死の形相で森中にしがみついていた。
「やっぱりお前か、鳥妖怪! ホンマしぶといやっちゃなぁ!」
「うるさい! 僕だって、一人で来たくなかったよ! なのに、紫野ノ瑪も羅門も"他の仕事で忙しい"って手伝ってくれないんだもん! 僕、戦うの得意じゃないのに! ねぇ、ひどいと思わない?!」
「そんなん知らんわ! 嫌やったら帰れ!」
「か、え、り、ま、せーん!」
 森中と幽空は空中でいがみ合う。森中にとって幽空は「しつこく付きまとってきた、術者協会の手先の妖怪」で、幽空にとっての森中は「瀕死の怪我を負わせたお尋ね者」だった。
 幽空は逃走した森中を探し出し、監視するよう、晴霞から命じられていた。
 幽空は鳥に変じ、気配まで鳥になりきることができる。万が一見失っても、他の鳥達から情報を聞き出し、居場所を探ることができた。
 森中の監視はそれらの能力を駆使し、順調に進んでいたはずだった。しかし、節木市に入ったところで「運悪く」見つかってしまい、深手を負わされたのだ。
 尾行に気づかれた現在、幽空の仕事は「監視」から「捕縛」に変わった。殺しさえしなければ、多少のは多めに見てくれるらしい。
「お前を捕まえて、紫野ノ瑪と羅門をギャフンと言わせてやるんだから!」
「ぐッ?!」
 森中は全身から急激に力が抜けていくのを感じた。幽空が森中の霊力を吸収しているのだ。
 森中の体から緑がかった白い煙が立ち上り、幽空の体へと流れていく。陽斗の時は途中で止めたが、今度は止める気はないらしい。
 森中は気を失いそうになるのをなんとかこらえ、叫んだ。
天空テンクウ! 砂を喚べ!」
「ヒャッハー!」
 次の瞬間、背中に小さな翼が生えた犬が空中に召喚された。
 柴犬に似た日本犬で、額に陰陽魚の印が刻まれている。幽空はその印を目にし、驚愕した。
「な、なんで?! 森中のは回収されたはず……?!」
「ところがどっこい、オレは晴霞が気に入らねーから裏切ったのさ。どうせなんだ、好きにさせてもらうぜ」
 天空と呼ばれた犬はニヒルに笑い、口から砂混じりの突風を放つ。森中はフルフェイスヘルメットを被っているおかげで平気だったが、顔を無防備に晒していた幽空は反射的に顔を背けた。
 その隙に、森中が狙撃銃を後ろへ構え、幽空を撃った。両腕に一発ずつ、片翼にも一発当たった。
「痛っ……!」
 幽空の手が、森中の体から離れる。さらに、森中は幽空のみぞおちに肘をくらわせた。
 片翼では空を飛べない。幽空は重力には逆らえず、落下していった。傷口から薄い空色の光の粒子が散り、流れ星のように尾を引いた。

     ◯

「幽空君!」
 陽斗は空から落ちてくる塊が幽空だと気づき、青ざめた。蒼劔は駆け寄ろうとする陽斗を制し、代わりに助けに向かう。
 幸い、幽空は地面に叩きつけられる前に、空中で止まった。まるで地面と反発し合っているような不自然な止まり方で、反動で幽空の体からミシッと骨が軋む音がした。
「大丈夫、幽空君?!」
「早く手当てを……」
 駆け寄る二人を、幽空はキッと睨んだ。
「僕のことはいいから、早く逃げて! ハルト君はともかく、蒼劔は今すぐ!」
「どういう……」
 ことだ、と続ける前に、銃声が鳴り響いた。天空の背に乗った森中が、上空から狙撃してきたのだ。
 蒼劔はとっさに、刀で銃弾を防ぐ。が、銃弾は刀を貫通し、彼の胸に当たった。
「うぐッ」
「蒼劔君!」
 蒼劔は胸を押さえ、倒れる。
 森中は続けて、黒縄がいる節木荘へ狙撃した。節木荘の周囲には異形と術者避けの特殊な結界が張られていたが、銃弾はいとも容易く貫き、一階で五代とテレビゲームをしていた黒縄の頭を撃ち抜いた。
「うっし、俺の勝ぢッ?!」
「黒縄様ぁぁぁッ!」
「黒縄氏がリアルで撃たれたぁぁぁ?!」
 ちょうど、黒縄がゲームの中のゾンビを拳銃で倒したのと同じタイミングで、黒縄は片手を上げてガッツポーズしたまま倒れた。
 朱羅は作りかけの夕飯を放り出し、黒縄へ駆け寄る。黒縄の隣に座っていた五代は「少し位置がズレていたら、自分が撃たれていたかもしれない」と、ワナワナ震えていた。
「五代殿! また仕事をサボったのですか?!」
「オ、オイラ知らないお……?! ちょっと外の天候が荒れてる程度で、おかしな異形も術者もいな……あれ? 一匹増えてる?」
「五代殿ッ!」
 朱羅は激怒し、五代に詰め寄る。感情が昂るあまり、目が金色に変わっていた。
「待った待った! 相手は空飛ぶワンコロだ、銃は持っちゃいない! 黒縄氏を撃った犯人は他にいる!」
「……本当ですね? 嘘だったら、今晩のおかずのカツオと一緒にタタキにしますよ?」
「ひ、ひぃッ! 黒縄氏を撃ったのはどこのダボじゃあッ!」
 ふと、五代はカーペットの上に銃弾が落ちているのに気づいた。おそらく黒縄を撃ったものだろう。
 拾うと、銃弾が「ケケケ」と歯を見せ、笑った。
「あーッ! これ、知ってるぅ! 異形電子図鑑作った時に調べたもん!」
「不気味な銃弾ですね。それに、わずかに妖気を感じる……まさかこれ、妖怪ですか?」
「ざっつらいだよ、朱羅氏ぃ!」
 五代はアニメのキャラクターがプリントされたチャックつきの小さなビニール袋に銃弾を仕舞い、説明した。
「正確には、この弾を発射した銃に憑依する妖怪! その名も魔弾! 狙った相手を確実に仕留める、ぶっ壊れ性能持ち! 強力な分、契約するのに必要な条件はかなーり厳しいともっぱらのウワサ! おかげで、今の魔弾の契約者が誰か分かったんだけどね。何せ、全国に一人しかいないから」
「つまり、黒縄様を撃った人物ということですね! 誰ですか、その不届き者は!」
「それは、」
 五代の眉間に冷や汗が垂れた。
「……森中狩人。蒼劔氏と黒縄氏を逆恨みしてる、元術者のお尋ね者さ」
「何ですって……?!」
 朱羅は絶句した。
 森中のことは蒼劔や黒縄から聞いていたが、「晴霞に利用されたザコ術者」としか知らされていなかった。まさか、そこまで強力な妖怪と契約していたとは。
「森中がどうやってここを突き止めたかは分からねっす。けど、今問題なのはこの状況をどう切り抜けるかっしょ?」
「何か打開策がおありで?」
「いんや。オイラ達にできることは。強いて言えば、相手さんが黒縄氏だけで満足して帰ってくれるのを祈るくらいかにゃ? 魔弾は標的に当たるまで、どんな壁も結界も貫通するっすから。下手に動いて狙われるよか、ジッとしてた方が助かる確率上がると思うっすよ?」
「……ません」
 朱羅は拳を震わせ、呟く。額からは赤黒いツノが一本生えていた。
「……できません。目の前で主が撃たれたというのに、むざむざ見逃せるはずがないでしょう?」
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